龍 鬼 狐
おはようございます。こんにちは。こんばんは。
「地蔵さんの志しあげっとおおおくれいぃ」
「地蔵さんの志ざあぁし──────」
夏の入り口、夏休み。
近所の神社では、八月に行われる盆祭りに向け掃除の最中である。
夏休みに入ると、いろいろと楽しむことが多いなか【鬼】の様子がヘンだった。
出入りの少なかった神社にも、人が集まるようになり賑わいを取り戻したというのに。
「こんなに賑わうと楽しいがなんとも心持ちが・・・」
ソワソワする【鬼】がいた。
「ミーンゥミンミンミンミ─────」
「ジゥジゥィイウウジィ──────」
大きな杉の木が生える横にあるクヌギの木には、ミンミンゼミとアブラゼミが競うように羽を震わせ音を立てる。
この中で、ソワソワする【鬼】が見えているのは自分だけかと思っていると、時折、寺の住職が目の端で追いかけている気がした。
(見えているのかな? まぁ、どっちでもいいか)
考えたあと、また作業をし始める。
皆が汗かいて用意がほぼ終えるとスイカが出てきた。
やはり夏だ。
こんな日には、スイカがうれしく、手にとるとシャクシャク音を言わせ食べた。
参加した者すべてに人気である。
「いいなぁ。ほしいなぁ。スイカ」
(はいはい)
スイカをよばれた後、また作業が続いた。
ロウソクを立てる燈籠を磨き、提灯の設置に藪など危ない所に侵入しないようにバリケードの設置が終わると今回の作業は終了した。
「はい、お疲れさま。ジュースと、スイカまだあるからほしい人どうぞ」
(おお、ラッキー。まだあるとは、うれしいなぁ。どれどれ・・・シャクシャク)
自分の分を食したあと、スイカを欲しがる鬼のために、神社の横にある地蔵に供えた。
そういった場所に供えたモノは、見えないモノ達に上げたことになるらしく、喜んで【鬼】が食べにきた。
この神社は横に地蔵がズラッと並び、なぜか知らないが菩薩像が祀ってある。
そして、裏には小さな稲荷神が祀ってあるというおかしな組み合わせの神社なのだ。
(ううん、見てる側からすると神仏混淆・神仏繚乱なんてね。神仏繚乱なんて言葉はない。自分で作るほどまぁ、それぐらい周りが入り乱れている気がする)
夏休み入って久々の登校は花壇の水やり当番だった。空は青々としており、運動部は夏の大会に向け練習をしており、文化部も秋に向けコツコツと頑張る最中、帰宅部の者は気楽な夏休みを過ごしていた。
(自分は帰宅部のひとりで、今はホースの水を振り回している。楽しいね)
水を振り回していると、ホースから出る水しぶきが陽の光を浴びて虹ができるのが楽しくバシャバシャしていると薄いヒラヒラが見え隠れする。────が今回は水のキラメキだった。
(まぁ、いつも見えても困るし)
その矢先に雨が降る。
(お天気雨か・・・【狐の嫁入】)
呑気に天気のことを考えていると耳に鈴の音が届く。
(おやっ、近くの場所で結納をしてましたか、今回は白無垢かな? それとも十二単かな? あの行列に一度は入ってみたい・・・・)
一度、近所の堤防で視たことがあるがキレイの印象しか残らなかった。
狐とは、化かされない程度の付き合いをしている。
【コックリ】の件はあれだけでは終わらず、近くの小学校でもあり、その時に【狐】と知り合い【縁】を結んだ感じだが軽い程度である。
まぁ、今の【鬼】のように軽い感じだが、【狐】は時に守ってくれているので助かっている。この話しも出来たらしたいが、今回には終わりそうにないのでまたの機会にでも・・・・
さてさて、この暑い中だが日々の犬の散歩は変わることなく行かされる。
喜ぶ犬のために散歩に行かねばとリードを持って家を出る。
今日も、あの松の木に向かって行くが今日は吠えない─────。
(あれ? どうした。珍しい)
その日は、何ごともなく普通に散歩が済み、少し気持ち足りない程度で終わった。
確かにここ最近あの場所では姿を視ないがどうしたんだろうと考えていると、違う場所で遭遇する。
(おお、こんな所で、しかもデカ!)
それは公園にある、沼の上で寝そべる龍を発見したのだが見えてる部分が顔と腹でしかも白いものだから置物のようで・・・・・
(おい。松の上の方がカッコ良かったよ)
この公園は桜の木や、クヌギがいい形で生えており、よく独りで写生画をしに訪れていた。
こうして見渡すと緑にあふれた場所にすんでおり伝承も結構多いものでいろいろと視たり聞いたりするのであろう。
まだまだ話しは尽きないが今度のときにまとめて上手に話せればと思っている。
まぁ、こんな変人はたぶん自分だけだろうがもしかすると、【小さいおじさん】を目撃した時点であなたも変人であるだろうと思う。
そうそう、この間、また【蓑のコ】が現れ、手招きだけして消えていった。
あれは、どう言う意味なのだろうか。
【怪談】【怪異】異形のモノ達の扉は常に横に存在する。
ある寺の住職のひと言。
そこから手を出すモノに導かれるか、ないかはその人自身が決めることで、またその中にある出会いもその人の数奇、良し悪しである。
とも。
「地蔵さんの志し───────」
八月の盆に向かって準備の際のこのかけ声の意味はもしかすると別にあるのかも知れないが【真意】は誰も知らず、昔の名残で伝わっている。
そして開かれる地蔵盆は、供養もあるがこれからの子ども達の成長を願って行われる小さな祭り。
あなたが気がつかないだけで【怪】はもう横で隠れて手をこまねいてるかも知れない・・・
『今回はここまで』
すみません。上手に語れなくて────
今度、機会があるときは上手に語れるようになっておきます。それにむかーし昔の話しゆえに。
では、また、ご機嫌よう・・・・・・・・
情報資料提供:Tさん。Fさん。近所のおじいさん、おばあさん。近所の寺の住職。県またいだ住職。様々ありがとうございます。
お疲れさま。読んでいただきありがとうございます。勉強させていただきました。またの機会があればお願いします。ありがとうございます。




