おまけ シャロンの日記
今日から日記を書くことにした。3才になってようやくまともにペンが握れるようになったから。でも手が小さいせいで、まだあまり上手く書けない。ガタガタだけど読めなくはないから、毎日少しずつ書いていこう。
私の名前はシャロン・ライリー。日本語で書くとこうなると思う。どうしてだか、前世の記憶があるらしい。というより、私がそのまま新しい肉体をゲットした感じかな。本当のシャロンを追い出したんじゃなくて、母親のお腹にいるときからずっと私だったような気がする。たぶん。
シャロンはそこそこのお嬢様みたい。両親以外にお世話してくれる人がいるし、専属の料理人も庭師もいるし、執事までいる! 貴族かな。今度、爵位名を聞いてみよう。ライリーはたぶん、個人の苗字だよね?
私の髪は銀色。父親も銀色。母親は緑。あり得ないんだけど違和感がなくて、私や父親の銀髪も、白髪みたいな印象にならない。DNAレベルで地球人とは何かが違うらしい。ちなみに今の所、黒髪黒目は見たことない。
この世界には魔法がある。私も少し使える。おもしろくなって魔法をたくさん使ったら、貧血みたいになった……。
今ままで日記なんて三日坊主にもなれなかったくらいなのに、けっこう長く続いてる。シャロンの人生も続いてる。まだどこか他人事みたいだなぁ。
家庭教師がマンツーマンでいろんなことを教えてくれる。質問し放題だし、学校みたいに友達はできないけど勉強の環境としては良いと思うから、おとなしく勉強してよう。他に何をするってこともないし。
家庭教師と勉強する。暇な時は本を読む。時間になったら食事をして、夜は寝る。いつまで続くんだろう。
同じ年頃の女の子たちとお茶した! みんな小さくても立派なレディだった。まだ10才くらいなのにもう結婚のこと考えてるみたいでほんとすごい。私も貴族の家に生まれたからには、いつか親の決めた相手と結婚するんだろうな。恋愛結婚だったら無理だったな。何を隠そう、私はオタクで腐女子で干物女だったのだ。
そう言えばこの世界に、そういうやつはあるんだろうか。私しか読めない日本語の日記でぼかす必要ないんだけど。あったとしても、まだ10才の私には手に入れられないだろうなぁ。
シャロンお嬢様はお人形さんみたいですね、だって。確かに今の顔、かわいいんだよね。前と比べたらだけどね。それにしても、もうちょっとわがままの回数増やしたほうがいいかな? 大人しすぎて変に思われてる? 子供っぽいふるまいってどうしたらいいんだろう。
この体で初めて風邪引いたかも。一晩うなされてたみたいなんだけど、変なこと口走ってないよね……。
なんで前世の記憶があるんだろう。確かに、記憶持ったまま生まれ変わったら楽しそうだなって思ったこともあったんだけど、実際そうなると結構きつい。ぽつぽつ思い出すんじゃなくて、記憶も人格もそのままだし。両親も未だに他人感ある。いい人たちなのに、本当に申し訳ない……。
巷で人気の恋愛小説を手に入れた! 平民の娘と貴公子の王道ラブストーリー、ずっとこういう娯楽に飢えていた! 父が大衆向け小説に嫌な顔しないタイプの人でよかった。にしても、BLは……この世に存在しているのか……?
ついにきました、婚約の話。名前聞いたけど忘れちゃった。タウンハウスはそれなりに近いらしいけど知らない人。顔も知らない人と結婚って、戦国時代の姫か!
ああああついに明日は婚約者と初対面の日。さすがにどんな人か気になりすぎる。結婚したら人生の大半その人と過ごすわけだもんね。私たちのは家同士の結婚な訳だし、それなりに上手くやっていければいいな。あ、明日会って名前覚えてないのはまずいので、ちゃんと覚えました。オリヴァー・ルーフェン様。
(ミミズのような字がしばらく続く)
やばい! オリヴァー様やばい! 萌え! 萌え! この世界で初めての萌えに出会ってしまった! あの人が私の結婚相手なんてやばい! ありがとうお父様! 初めて世界が輝いて見える!
〈オリヴァー様の萌えポイント〉
・垂れ眉、釣り眼、ちょっと三白眼?
・髪の毛が濃いめの紫、いい感じにウェーブしてる(天パらしい)
・背が高い、ただし少々猫背
・肩書がなんかすごい(魔法省所属の呪術専門研究員)
・徹夜することもあるのか、ちょっと目の下にくま
・声がいい
・戸惑い気味なところがかわいい
・ぱっと見性格悪そう、陰険ぽい、魔王の参謀
・でもすごく礼儀正しい
・存在
オリヴァー様と一緒に夜会に参加! オリヴァー様、全然顔に似合わないけどダンスが上手で本当に死ぬかと思った。でも社交自体はあんまり得意じゃないみたい。私が頑張ってしゃべって、いい感じに間を取り持ちますからね!
オリヴァー様はヘビの化身(神経毒持ちの毒ヘビ)か、冥界の王のようだ……萌え。太陽を浴びたら灰になりそうな顔してるのに、天気がいい日はちょっと足取りが軽くなってしまうらしい。私の方が灰になりそう。
今までとは違う意味で友人ができた。ふとしたきっかけで彼女の秘密の本棚を見せてもらうことになって、私はこの世界で初めてその手の本に触れた。思わず夢中で読んでしまったけど、一冊読み終わったときには、私たちは同士になっていた。やっぱりあるところにはあるな! また秘密のお茶会をする約束をした。おすすめの書店も紹介してもらったし、お茶会も本屋さんも楽しみ!
オリヴァー様と街にでかけた! すごい、普通のデートみたい! オリヴァー様に似合いそうな小物をみつくろってみたら、勧めた通りに買っていた。律儀か! 本当は私がお金出して貢ぎたい……。
秘密のお茶会で新しい同士ができた! バラを私たちの秘密のモチーフにした。この世界にはバラとかユリとかの隠語?はないみたい。家に帰ってからリスベスにもほんのちょっとだけ話してみたら、思った以上に興味を持ってしまった。おすすめの一冊を渡して、こっちの世界に引きずり込んだ。
オリヴァー様の家の本家の跡取りだというトラヴィス様に、婚約者として紹介してもらった。こっちはオリヴァー様よりも王道系の見た目だ! ずいぶん仲が良いんですね。同性であり、互いに婚約者のいる身であり……障害が多いほど萌え、燃えるよね! 大丈夫です、私、ちゃんとわきまえますから! お飾りの婚約者・妻はもちろん、状況に応じて当て馬対応もいたします!
オリヴァー様の目のくまが濃い。呪術の研究も、家の仕事もすごく頑張ってるみたい。仲のいい従兄のトラヴィス様と、ずっと対等な立場でいたいんだって。周りもちょっとうるさくて、分家の人間がご機嫌取りで忙しいとか、金魚のフン的な陰口言ってるの、私も前にちょっと聞いた。そっくりそのままブーメランだろうが! あんまり無理はしないでほしいけど、応援したい。やっぱり真実の愛、それすなわち同性愛。
オリヴァー様はあんまり甘い物は得意じゃないらしい。シュガークッキーより、ほろ苦ココアクッキーの方が減りが早かった。紅茶も砂糖や牛乳は入れず、濃いめのストレート派。本人には自覚がなかったみたいで、自分の食の好みにも無頓着ときた。そんなところも萌える! 好き嫌いなく何でも食べるオリヴァー様萌え!
リスベスが「オリヴァー様のことはお好きですよね?」だって。今までさんざん好き好き言ってたのに、改まっちゃって。オリヴァー様はこの世の何よりも愛する私の最推しだからね! 妻の座に納まればずっと推しを見ていられるのか……妻っていいね。私はオラトリを応援しています。
指輪をもらってしまった
昨日はキャパオーバーしてて一言しか書けなかった。オリヴァー様が指輪をプレゼントしてくれた。まだちょっと信じられない。友人たちの話を聞いてると、宝石をプレゼントされるのは割と当たり前みたいだから良いとして……ダイヤモンドみたいに透明だけど複雑なカッティングで輝きまくる石が一粒だけのシンプルなデザイン、日本じゃこれ結婚指輪。バグった私はあろうことか、オリヴァー様につけてほしいとお願いしてしまった。指を十本差し出して。そしたら左手の薬指に……サイズぴったり! なんで! この世界に結婚指輪という概念はないし、左手の薬指にも何の意味もないんだけど……とりあえず推しからもらった結婚指輪、家宝にしよう。私にできるのはそれだけだああ!
明日は晩餐会! 私のドレスと色を合わせてくれるって、婚約者っぽい! 楽しみだなー。コルセットなければもっといいんだけどなー。
オリヴァー様に好きって言われた。流石に冗談では流せなくなって、オリヴァー様は本気なんだって思って……そしたら、申し訳なくて、いたたまれなくなってしまった。私は今まで、オリヴァー様含め周りの人たちを、私と同じ人間だと思っていなかった。前の人生の続きでおまけ。映画かゲームなんかのつもり。オリヴァー様もオリトラのコンテンツ扱い。私、オリヴァー様に本当に失礼なことを言ってしまった。この世界でちゃんと生きて、考えて、私のことを想って言葉で伝えてくれた人に、なんてこと言ってしまったんだろう。どうしてごまかそうとしたんだろう。いまさら日記に書いて反省しても遅いのに。オリヴァー様はおやすみって言って、あっさり帰っちゃった。愛想つかされてもしかたない。明日、朝一で届くよう手紙を書いたけど、読んでもらえるかな。オリヴァー様のこと一番分かってないのは私だった。
手紙は読んでもらえたみたい。また会いに来てくれるって。もしかしたら別れ話かな。リスベスにも心配か(インクがにじんでいる)
オリヴァー様に全部話しちゃった! 前世の記憶については頭ごなしに否定したり、嘘つき呼ばわりしなかった。信じているようでもなかったけど、受け入れようとしてくれたのが嬉しい。本当に嬉しい。やっぱり大好き。今まで恋愛対象として見ないようにしてたけど、これからは素直になろう。はずかしいけど。毎日口説くって……あの顔で……ああもう、本当に萌え! オリヴァー様、昨日はお父様に色々言われてたけど、今日の仕事大丈夫かな。いきなり私の部屋に現れたのも転移魔法使ったって言ってたし、すごく疲れているのでは……。
トラヴィス様の新しい婚約者が決まったって言うから名前を聞いてみたら、なんと晩餐会の日に解釈違いで雰囲気悪くなっちゃった令嬢だって! あの後何があったの!? ちゃんと謝りたいから、もう一度会っていただけないかな。何がどうなってそうなったのかも聞いてみたいし!
私たちの結婚式の日取りが確定した。オリヴァー様、今からそわそわしてるって。まだ日取りしか決まってないのに。あれからオリヴァー様は宣言通り毎日好きだって言ってくれて、会えない日は手紙をくれる。私もいくら元干物女とは言え、そろそろちゃんと言わないと……でも恥ずかしい……。精神年齢はいい年なはずなのに、情けない。
今日は天気がよかった。オリヴァー様が足取り軽くなるって言ってたの、ようやく分かった気がする。
私には前世の記憶がはっきり残ってる。名前も生年月日も、死因も享年も覚えてる。でも、特に名前なんかは、あえてこの日記には書いてこなかった。口にしたこともない。だからといって、忘れようと努力した訳でもなかった。せっかくだから最後に書いておこうかと思ったけど……やっぱりいいか。今の私はシャロン・ライリー。もうすぐシャロン・ルーフェンになる。この日記は私以外の誰にも読めないはずだけど、一応、ずっととっておくことにした。オリヴァー様にお願いして劣化防止の魔法もかけてもらった。もう少ししたらルーフェン家の書庫にこっそり紛れ込ませておく。いつか捨てられてもいいし、読める誰かの手に渡ってもいい。役に立つようなことは何も書いてないけど、私と同じような人がいないとも限らないから。とりあえず、この世界が現実だということだけでも分かってもらえたらいいな。
日記を書くのは今日で終わり。思ったより長く続いてすっかり習慣になってるから、もしかしたらまた始めるかもしれない。その時は新しいノートに、この世界の文字で書くよ。
それではまだ見ぬ誰かへ、さようなら。