第61話 誰が
9月25日、トモパーレ飛行場。
あれから5日経ったがバルセルの戦闘機は一度も飛来していない、よほどローレニアが脅威なのだろう、北の国境の守備を固めていると思われた。
これを気に休戦に持ち込もうとする意見もあり、政府はいろいろな交渉を行ったらしいが、バルセルはアルサーレの割譲を譲らずとの事で全く交渉は進まなかったらしい。
そして。
僕は駐機場のいつものベンチで空を見上げていた。
ゴーーー・・・・・・。
遠くに聞こえるエンジン音、はるか上空を飛ぶC-5輸送機が飛行機雲を引っ張りながら東へ飛んでいるのが見えた、アルサーレに来てくれていた陸軍高射部隊を載せて本国へと帰投している。
エルゲートはグレイニアを見限ったのか?守る価値がなくなってしまったのか?僕は何も考えたくなかった。
「大丈夫だって、端島で点検したらまた戻ってくるらしいから」
多分嘘だ、ツルギさんの悪い癖、嘘を言っている時は僕から目をそらす。
しかし、嬉しいこともあった。
エルゲートからF-35の追加の部品が届いたのだ、これが届くという事はまだ彼らは帰らないという事だと思っていい。
「疑ってるのか?俺は帰らないって」
今度はちゃんと目を見て言ってくれる彼、僕はその言葉を信用した。
さてと、機体の点検でもしようかな、チグサとナナは2人でどっかに行ってるみたいだし、ルリさんも待機室にいるだろう。
僕は立ち上がり格納庫に向かって歩き出す。
ナナについてはツルギさんが探っていると言ってから何も進展はない、僕が見る限りも不審な点は一切ないし何らいつも通り。むしろ僕とツルギさんを弄ってばっかりだ。
もし彼女じゃなかったとして、じゃあカメラに写っていた人影は誰だったのだろう。
首を捻りながらそんなことを考えていると、格納庫にある自分の機体に着いた。
煤や油でだいぶ汚れてしまっている薄灰色のF-15、今まで掃除もする暇もなかった、点検したら拭き掃除もしよう。僕は格納庫奥にある工具台の上に、雑巾、バケツ、ブラシを置いて、ガラガラと機体の横に押していく。
「さて」
整備だ!と言っても整備員よりは詳しくはない。
カバーを開けてボルトやネジの締めつけの確認や、異物の有無、ミサイルの取り付け金具の確認、コックピットに入って電気系統の確認、念には念を入れての確認だ、もし空で何かあったら遅い。
アヤメさんやアサギさんの姿が目に浮かび、作業する手が止まってしまう。
僕はブンブンと頭を振って作業に集中する、今落ち込んでも仕方ない、今やるべきことをやるんだ。
次はヘルメットのバイザーに表示される情報や見え方の確認、これもまた途中で接続が切れたりでもしたら死活問題だからね。
僕が確認できるところはあらかた終わった、これと言って異常なし。次は機体の清掃、雑巾を絞って機体の汚れているところをゴシゴシと拭きあげる。
「ごめんね、無理ばっかりさせて・・・・・・」
機首にある自由グレイニア解放空軍の国籍マーク、放射状に広がる青の二本線を優しく機体に声をかけながら。
機銃口もブラシで磨が煤が酷くてなかなか取れない、銃本体の清掃は整備員がやってくれてるみたいだけど、さすがにがわまで手が回らないよな。
汗を垂らしながら磨いた。
「よしっ」
十五分ぐらい磨いてようやく取れて下の薄灰色が見えた、もういっその事黒に塗ってしまおうか。ん?あ!だからルリさんの機体は黒色なのか?いやいや、そんなこと言ったらまた抓られそうだ。
さーてと次は・・・。
ふと、インテークが目に止まった。
んー、一応見とくか。
エンジンに繋がる吸気口、インテークの下に脚立を持ってきてライト片手に頭を覗き入れる。
何もなければ・・・・・・。
「え・・・・・・」
奥の方になにか見えた、僕は半身乗り込んでそれに手をやる。
「なんだ、これ・・・・・・」
磁石か何かでくっついていたそれは簡単に取れ、手のひら大の黒い半球にはアンテナのような物が伸び、薄ら緑色の光が点滅していた。
「レーイッ!」
「っ!!」
ゴンッ。
突然真後ろからナナに呼ばれ、驚きのあまり後頭部を強打する。
「大丈夫ぅ?何してんの?そんなところに頭突っ込んで」
僕は慌ててその半球の物を胸ポケットにしまい、インテークから顔を出した。
「いてて・・・・・・、ただの点検だよ」
打った後頭部を擦りながら脚立から降りる。
ナナは、ふーん、とだけ言って僕の機体をキョロキョロと見ている。
「で、どうしたの?チグサは?」
「えー、チグサは待機室でルリと話してるよ。私は暇だったから駐機場にレイいるかなーって思って出たけどいなかったからこっち来たの」
「あー、そう」
彼女がスパイじゃない可能性が高いにしてもまだ確証はない、ついついよそよそしくなってしまう。ダメだダメだ、もっと平常心で。
「んー?どうしたの?」
「へ?いや、なんもないけど?」
ナナはニコニコしながらゆっくり僕に近づいてくる、やばい、どうしよう!顔を合わせないように他所を見て雑巾を絞る振りをしてやる過ごそうと考えるも冷や汗が止まらない。
「にっ!?」
突然右頬をナナに抓られる。逸らしていた目で彼女の顔を見るといつものなんだかアホそうな顔ではなく、真っ直ぐな目で僕を見ていた。
「レイ、私に何か隠してるでしょ?」
「そ、そんなことなひよ・・・・・・」
頬を抓られたままだから上手く喋れない。
グググと、抓る力が強くなる。
「私が気づいてないとでも思った?」
いつものように語尾は伸ばさず彼女らしからぬ真面目な声。これは誤魔化すの無理だな、僕は観念した。
あー、でもツルギさんに怒られるな、いや、怒られる前にもし彼女がそうだったら死んでるな。
「他の人に言わないって約束できる?」
「えぇ、内容によるぅ」
さっきまでの真面目そうなナナはどこに行ったのか、いつものアホそうな顔に戻り語尾は伸ばしている、その言動に困っていると。
「じょーだーんー」
とニコニコした顔で言ってくれた。んー、信用するしかない。
そして、みんなナナリスを疑っている状況を詳しく話した。
でも、証拠がないこと、正確に言うとナナリス以外にも怪しい人はいること、全て。
「まあ、普通そうなるでしょ。私バルセルから来てるしぃ」
意外にもその状況を受け入れてくれた。
「でも!私はそんな姑息なことしないからね!レイたちを殺すなんてありえないっ!」
プンスコと怒り出す彼女、こればっかりは本当だと思いたい。彼女の言うことを信じるとして、じゃあ一体誰が・・・・・・。
「私が言うのもなんだけどさぁ、ライド隊の人たちも怪しいんじゃないのぉ?」
一応彼女なりに考えて話してくれる、だけど。
「それだとアサギさんの件が説明つかないんだよ」
「あー、だから私が疑われてるのかぁ」
んー、と首を傾げながら考えるナナ。本当に考えてるのは分からないけど。
「わかんないや!」
そんなに吹っ切れられても困る、僕は生きた心地がしないんだよ。
「でも、言ってくれてありがと。何かあったら相談してねぇ」
チュッ。
「ん!?」
僕の唇に彼女は優しくキスすると、「待機室で待ってるねぇ」っと走り去っていった、2回目だけど柔らかくていい匂いだった・・・・・・。
えぇ、と僕は唖然としていると、入れ替わるようにツルギさんがやって来た。危なかった、見られるところだった。
「あ!ツルギさんいいところに!」
僕が声をかけると回れ右をして格納庫から出ようとする。
「なんで逃げるんですか!?」
「は?お前にとって良いところ、イコール俺にとっては悪いところだろ」
「た、確かに・・・・・・。ってそんな場合じゃないんです!」
「なに、どうした?」
危うく言いくるめられるところだった、僕の喧騒に聞く耳を持ってくれたツルギさんをF-15まで引っ張ってくる。
「これがインテークの中に・・・・・・」
胸ポケットからさっきの黒い半球のよく分からないものを出して彼に渡す。
「お前の機体に?」
「はい・・・・・・」
「他には無かったか?」
「僕が見た限りでは・・・」
「どこを見た?」
「見れるところは全部・・・」
なんだか尋問されてるようだったけどツルギさんは僕を心配してくれての事だろう、正直に話す。
「・・・・・・クソ野郎が」
珍しく汚い言葉を使ったと思うと、彼はそれを地面に叩きつけて破壊し、さらに踵で押しつぶす。
僕に言ったのではないだろうけど、僕に言われてる気がしてビクッとしてしまった。
「お前が狙われてる、出来ることなら出撃しない方がいいが、そうも言ってられん。クソっ、どうすりゃいいんだよ・・・・・・」
僕のために彼は怒り、悩んでくれていた。
頭を掻きながらウロウロする彼、僕はどうしたらいいのだろう。
「ツルギさん・・・・・・」
「なんだよ・・・・・・」
呼んだ僕を見たツルギさんは泣いていた、目じりから涙をスーッと流しすぐにゴシゴシと拭く。
「え、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもない!レイはこの国のために必死になって戦ってるのに、こんなのあんまりだろ!空戦で死ぬならまだ分かる、戦闘機乗りだからな。だがな、こんな暗殺じみた事で死んでられるか!俺が必ず証拠を掴んでやる・・・・・・」
僕のために唾を飛ばしながらかなり怒ってくれているツルギさん、彼は肩で息をしている。確かに僕は戦闘機乗り、空戦で死ぬのならまだ諦めはつく、死にたくはないけどさ。僕はなんて言っていいか分からない。
「俺はこれでも王家直轄部隊にいたんだ・・・・・・、何とかしてみせる」
「ごめんなさい・・・・・・」
「謝るな、レイが好きだからやってんだよ」
ツルギさんは僕の頭をくしゃくしゃと、少し乱暴に撫でてくれた。
彼の言う、王家直轄部隊がどんな所なのかは僕には想像もつかないけど、申し訳ないが彼に任せるしかなさそうだ。
《ーーアルサーレ付近に目標探知、グレイ隊出撃せよーー》
「何かあったら迷わずベイルアウトしろよ!」
「はいっ!」
ツルギさんにパンと背中を叩かれ僕はそのままコックピットに乗り込んだ、ちゃんと全部見た、大丈夫、そう自分に言い聞かせて準備をしていると、チグサ、ルリさん、ナナが格納庫に入ってきて颯爽と機体に乗り込む。
《早いね、ちょっと待ってね》
チグサの声でハッとした、彼女達の機体は大丈夫なのか、僕の機体に細工がしてあったという事は彼女達の機体にしてあっても何らおかしくない。
しかし、出撃しない訳にもいかないし、確認する暇はない、祈るしかなかった。
《ブロッサム1、行けるよ》
《グラム、準備よし》
《エレイン、準備よーし!》
不安を胸に滑走路へと進む、こんなに心臓がバクバクするのは初めての出撃の時、いや、それ以上だ。
何も起こりませんように、何も起こりませんように、と何回も祈る、本当にそれだけしかできない。
《ーーグレイ隊、離陸許可ーー》
《了解、グレイ隊出撃します》
そして僕達は空に舞い上がった。
※
あいつが離陸した。
この絶好の機会を逃す訳にはいかない。
あいつさえ居なければ、あいつさえ居なくなれば、この戦争はすぐに終わる。
まあ、恨むなら私を雇った人を恨むのね。
私は静かに、右手に持つ無線機のスイッチを押した。




