第58話 王家直轄近衛飛行隊
ローレニア民主王国。
バルセル国境から北東に200キロ地点にある都市
「ゼイセル」
第一次産業がメインの人口20万の小都市には、街の外れに国境を警備するための空軍の基地があった。
ゼイセル空軍基地。
この空軍基地は、滑走路一本、格納庫六棟、隊舎四棟、倉庫四棟の中規模の飛行場だ。
そこに王都から新しく派遣された飛行隊が先程到着し、割と広い駐機場に止まっていた。
飛行隊といっても普通のそれとは違う、それは珍しいもので、機首に黄色い二等辺三角形の国籍マークを描いた暗灰色で主翼の両端が赤色に塗られた有人機のSu-57フェロンが1機に、同喑灰色の無人機が3機という編成だ。
その飛行隊の名前は。
「ローレニア王立空軍王家直轄近衛飛行隊、第2試験中隊、コールサイン”クロウ”」
王族出身者が配属される近衛飛行隊所属の中隊だ。
この戦闘機パイロットも王族、王位継承第7位の「シール・メイセンジャー・ローレ」王女。
歳は24歳、パイロットにしては少し若い気もするが、彼女は既に8年の間空を飛んでいる、技術は近衛飛行隊として申し分のないものだった。
容姿も王女として申し分無しで文句無しの美女。背丈は170センチとスラリとして脚の長い身体に、母性を感じる大きな胸、髪の毛は前髪を6対4ぐらいで分けたロングヘアで、陽の当たる方向で若干色の変わるスカイブルーの毛色、顔つきもキリッとしていて凛々しく、どことなくサヤ陛下やツルギ王子にも似ていた。
彼女はツルギ王子とは違い、時々政治の表舞台にも出ていて、その容姿からなのか人気は絶大だった。女王は早くに亡くなり不在、それも理由の1つだろう。
しかし、彼女は純粋なローレ家ではなく所謂親戚、前アブルニ王の父親の姉の娘にあたる彼女は、伝統に従い軍に入隊し現在飛行隊長をするまでになっていた。現在は無人機を従えているが、つい最近までは、サヤ陛下が隊長を勤める隊と一緒に飛んでいたぐらいだ。
●
「これはシール様、はるばる王都からこのような辺境の地へようこそお越しくださいましたっ!」
頭を地面に擦り付けて言わんばかりの彼は、ここゼイセル基地の司令、ザーイル中佐。王都の太った指揮官クラスの幹部に比べると細身で、上唇の上に髭を蓄え、まだ清潔感があった。彼は深々と頭を下げたまま上げようとしない。
「呼び捨てで結構、今の私は貴方の部下よ?」
「しかし、一国の王女であるお方を呼び捨てなど。それに貴女様は陛下の直轄部隊、私共には恐れ多く・・・・・・」
これだから田舎の兵隊は面倒くさい、王女であっても私は高々空軍大尉、階級社会の軍なのだからそれはそれ、これはこれと区別して欲しいものだ。
それに、いくら大元の部隊がサヤ兄さんの直轄といえども今からこの基地の所属、直轄権限が発動するのは有事の時だけだ、そんなことでとやかく言うような人間ではない。
「これは命令よ、せめて大尉と呼びなさい」
「ははっ、それでは仰せのままに、シール大尉」
中佐が部下たる私を階級をつけて呼ぶ、それは別に変なことではないが、彼のそれはなんだかぎこちなかった。
「それでは大尉、飛行隊長を呼んでまいりますっ!」
「だからね、私は大尉なの、隊長は少佐でしょ?私から行くわよ」
全く面倒くさい、これでは視察に来たただの王女だ。
「はははっ!それではこちらでございます」
ぎこちないくカクカク歩くザーイル中佐、緊張しすぎだ。
しばらく彼の後ろを歩くと格納庫の前に案内され、黒板を使ってパイロット達に何か説明をしている人が見えた、あの人かな?
「ジフ飛行隊長、シールさ・・・大尉がお目見えだ」
ジフのという名前なのか、背丈は私と同じぐらいで髪型は軍人らしくスポーツ刈りでガタイもよく、顔もソース顔と言うやつか、従兄弟とは全く違う印象だ。
「これはこれは、王女殿下自ら。飛行隊長のジフ・ストレイン少佐です」
すっと手を差し出す彼。
「こら!王女と握手など100年早いぞ!」
忠誠過ぎるのも考えものだな、私は呆れてしまう。
「もういいわ、貴方は帰ってちょうだい」
「は・・・、ははぁー!」
煩いのが1人いなくなった。
私は気まずく差し出したままのジフ少佐の手を握って握手を交わす。
「私は大尉です、ここでは王女ということは忘れて気軽に接してください」
若干冷や汗をかいている彼にそう言うと。
「いやー、助かります。こういうの苦手でして」
ハハハと、彼はぎこちなく苦笑いする。
近衛飛行隊は身内しかいないし、多少の礼儀を弁えておけば大したところじゃない。しかしここはお堅い人が多いのか、怯えているのか、この先不安になってくる。
まあ、王族にいきなりタメ口をきけと言うのも無理な話か。
「敬語はよしてくださいね」
「わ、わかった」
早く慣れてくれるのを祈ろう。
●
そして私は待機室に案内される。
「とりあえず、他のパイロットに紹介するな」
なんだかぎこちないタメ口、それに私は笑ってしまいそうになる。
待機室に入るとそこにはこの基地にいるパイロット全員が揃っていた。人数は30人程。
ザッ!と立ち上がるパイロット達、私とジフ隊長はそのまま歩き大きなモニターの前で立つ。
ご丁寧にもモニターにはローレニア国旗と王家の紋章が映し出されていた。だから視察に来たわけじゃないのよっ、と内心呆れる。
「今日配属となった近衛飛行隊所属のパイロット、シール大尉だ。みんな仲良くやってくれ」
じっと黙り込んだままのパイロット達、その顔は真っ直ぐ私の後ろの壁しか見いない。
こんなにやりずらい物なの?やっぱりこの先心配だ。
「シール・メイセンジャー・ローレ大尉よ。私が王女だからって遠慮はいらないわ、普通の大尉として接してちょうだい」
どういうこと?と顔を見合わすパイロット達、普通の軍人として接して欲しいだけなのに、察しの悪い人達だ。
「わかった?」
「「はっ!」」
ビシっ!と敬礼するパイロット。はぁー、と私は頭を抱える。
そして、みんな座るようにジフ隊長に言われてパイロット達が席に着くと。
「えーっと、リルスは居るか?」
誰かを探しているジフ隊長、これだけ多いと一瞬では見分けがつかない。
「はい!」
部屋の奥の方で、小柄で茶髪の飛行服を着た女性パイロットが立ち上がった。あの人がリルスという人かな?頬に少しそばかすが目立つ。
「しばらくシール大尉とエレメントを組んでくれ、それと基地での生活も教えてやって欲しい」
あーよかった、困ったことがあっても王女だからと誰も取り合ってくれなさそうで心配してたのよ、強引だけど私に着いてくれる人を用意してくれるのなら助かるわ、なんて思っていると。
「えぇぇぇぇ!?私!?なんで私なんですか!荷が重すぎます!」
唾でも飛んでるんじゃないかしら、はしたない。必死になって無理だと言っているようだけど。まあ、そんな簡単に、はいわかりました、とは言えないわよね。
「バカ、失礼だぞ!それに女はお前しかいないだろ!」
「うぅぅ、確かに・・・・・・」
簡単に言いくるめられていた。ハハハと周りの者が軽く笑っているが、私をちらっと見ると黙ってしまう。
そうか、ここには彼女しか女性パイロットはいないのか。まあ、近衛飛行隊でもそんな感じだったし今更感は否めない。
「では、リルスを残して別れ」
ザッ!と立ち上がりバッ!と敬礼しゾロゾロと部屋から出ていくパイロットたち、統率は行き届いている模様、士気が高そうで何より。
残ったのはリルス、どうやら中尉のようだ。困ったように首を掻きながら私の方に近寄ってくる。
「リルス・ジェリン中尉です。えっとー・・・」
私の顔をチラチラ見てはよそを向く彼女、どう接していいのか分からない、といった感じた。
「シールでいいわよ」
「じゃあ、シール大尉、部屋まで案内します!」
彼女もぎこちない、ジフ隊長同様早くなれて欲しいものだ。
そして、一旦駐機場にある私の機体に戻って荷物をとる。
「大尉、フェロンに乗ってるんですか?初めて見ました・・・・・・」
「ええ、試験中隊だからね」
コックピットの荷物を取っている間に、機体を舐めるように見渡すリルスさん、エンジンのインテークを覗いてみたり、タイヤを触ってみたり、飛行機が好きなんだろうなとすぐわかった。
「さてと、部屋はどこかしら?」
「あっ、すいません。こっちです」
我を忘れて見入っていたのだろう、彼女は恥ずかしそうに顔を赤くして部屋へと案内してくれた。
※
私が王女のエレメントなんて聞いてない、確かにこの基地の女パイロットは私しかいないが、私だってここへ来てまだ3ヶ月ぐらいだし、2機編隊を組む技量にはまだ達していないと思う。近衛飛行隊の編隊長を持つなんてさっきも飛行隊長に言ったが荷が重すぎる。
もし万が一、彼女に何かあったら私の首が飛んでしまうだろう。社会的にも物理的にも。
考えただけで恐ろしい。
私の後ろを歩くシール大尉をチラッと見ると、「ん?」と言った感じに首を傾げる。
女の私でもうっとりしてしまいそうな王女様の美貌、本人を間近で見るのも初めてだったが、絶大なる国民の人気には頷けた。普通にどこかの女優とかよりキレイだし。
どうせこの先しばらく一緒に生活しないといけないんだ、意を決して振り向き彼女に話しかける。
「シール大尉ってテレビで何度か見ましたけど、本当に綺麗ですよね!」
他愛もない世間話、彼女はニコッと笑う。こ、これがロイヤルスマイルか、眩しくて直視出来ない。
「あら、ありがとう。リルスも可愛らしいわよ」
王女様にお世辞を言われた!それだけでも卒倒しそうだったが、もう名前まで覚えてくれている、意識が遠のきそうになってしまう。
「そんなそんな!私なんて、ずっと男の世界で生活してますから!おっさんですよおっさん!」
変な謙遜をしてしまうが、おっさんで間違いはなかった、兄弟も男しかいないし、軍隊に入っても今までずっと男の世界だった。周りも私を女として見てるような感じはしないし、スタイル微妙だし、貧乳だし、そばかすもコンプレックスだし。
「あら、私もそうよ?パイロットになってからはずっと男の世界」
でも、私とは随分違う環境だと思う、比べ物にならないだろう。
そして隊舎2階の隅にある部屋に着いた、鍵を開けて中に入ると。
「あ"!」
「ん?」
部屋がぐちゃぐちゃなのを忘れていた、一人部屋なのをいいことに好き放題していたんだった。洗濯物は干しっぱなし、ベッドは起きた時のまま、下着も放ったらかし。
「シール大尉、ちょっと待ってください!」
「??」
王女を外に待たせてバババッと放置された荷物をかっさらいベッド下に押し込む、後でどうにかしよう、あとで・・・。そして、ものの十数秒で彼女のベッド周りを綺麗にして。
「お待たせしました!」
中に入ってもらう。
ふーん、と部屋の中を見回す王女様、私は部屋の隅に落ちていたパンツを見つけて冷や汗をかくが、シュバッと回収して難を逃れる。
「小汚くてすいません、ベッドもボロっちくて」
「そう?こんなものでしょ」
「えぇっ、でも、普段はヒラヒラ付きのでっかいベッドとかに寝てるんじゃ・・・・・・」
「貴女それ偏見よ」
「んなっ!?」
てっきりそうなのだとばかり思っていた、でも逆にそんなベッドで寝てないの?みんなの憧れの的の王女様なのに?よく分からないや。
そして彼女は自分のベッドに荷物を置き、荷解きを始める、するとヒラヒラと床に何か落ちた。
「ん?大尉何か落ちましたよ・・・・・・ってかわいい!」
その何かを拾うと少し古い写真で、布切れを首に巻いてマントのようにしてカッコつけてる少年と。可愛らしくピースをして笑う少女。それともう1人、女の子に引っ付かれ不機嫌そうな男の子か女の子か分からない子供が3人で写っていた。
「ああ、ごめんなさい」
2人で写真を見る。
「これが私、こっちがサヤ従兄さん、こっちがツルギちゃん。二人とも可愛いでしょ?」
えぇっ!?こんなに可愛い子供が今や国王陛下のサヤ王!?それにシール大尉、今と昔で雰囲気が全く変わっていない、小さい頃から王女様感を出している。
「可愛いですね!・・・・・・でも、ツルギ王子って」
もう1人の少年、私の記憶が正しければツルギ王子は先の戦争の終戦後に死亡しているはずだ、なんと言っていいのか困る。
「えぇ、ホント・・・・・・、どこで生き方を間違えたのかしらね」
シール大尉は写真を持って遠く、窓の外を見つめていた。




