第41話 レイ
2ヶ月後、4月2日。
アルサーレ飛行場。
ここには現在、訓練生のレイを含めて3人のパイロットしかいなかった。
教官兼戦闘機パイロットのアサギさん。
訓練生上がりの私に。
まだ飛んだことの無いレイ。
一応、あと2人パイロットがいるのだけど、今はバルセルに長期の研修に行ってしまっている。たった3人、いや、2人で事実上休戦下のこの国を守っていた。
格納庫で私は整備員と一緒に機体の整備をしていると、レイが格納庫の前の駐機場にあるベンチで本を読みながら何やら頭を掻いているのが見えた。何してるんだろう?私は整備のキリも良かったしあとは整備員に任せてそこに近寄る。
「レイ、何してるの?」
「ああ、チグサ」
この2ヶ月で呼び捨てで呼び合うほど仲は良くなっていた、と思う。ずっと、さん付けで呼んでくれてたんだけどなんだかむず痒くて、最近いっその事呼び捨てでって私が提案した。
「どこ見てんよの!」
「見てないっ!」
近寄ると胸元に視線を感じる。本当にレイといったらすぐに私の胸元を見てくる、女の子は視線に敏感なんだから学習して欲しいよ。
まあ、作業してたら暑くてついついジッパーを胸元にまで開けてしまう自分も悪いのかな?レイの他にほとんど男の人居ないしあまり気にしてなかった、気をつけないといけないかなぁ。そう考えつつ、私は胸元を隠しながらジッパーを閉める。
「もう・・・、それは?」
「アサギさんから借りた教本、僕には難しいよ・・・」
あー、その本なら私も見たことある、航空力学かな、これ難しいよね。
「あー、どこが分からない?」
一応これでもアサギさんの元生徒だ、ちょっとぐらい力になれるはず。私はレイの横に座って一緒に教本を睨んだ。
「ちょっとチグサ、近いって・・・」
「え?いいじゃん別に」
太ももや肩が当たるぐらいに近寄る、私は全然気にならないけどレイはなんだか恥ずかしそうにしている、変なところはうぶなんだから。
そんな恥ずかしそうにしてる彼を気にせず、どこどこ?と私は続ける。
「こことか・・・」
観念したレイが、自信なさそうに教本に指を指す。
「んーと、これはね!」
たまたま分かるとこでよかった!レイが分かるか分からないけど砕いた感じで説明する。
「あ、なるほどね!」
「へへぇ」
良かった分かってくれた、ちょと嬉しくてニヤついてしまう。
「じゃー、これは?」
「これはねー」
教えるのも意外と楽しいな、親切丁寧に自分のわかる知識を使って説明していた。
●
2週間後。
いよいよレイは実機を使っての訓練が始まっていた。
実機と言ってもまだ飛びはしない。ここにはシュミレーターとかないので操作手順の説明や、ヘルメットにある機能を使いARでのシュミレーション。
実機だから変な操作をしてレイはアサギさんに怒られていた。
「それは触るな!」
「は、はい!」
アサギさんは私の時より相当怖い、レイがちょっとミスをするとかなり怒っていた。
それだけ早く成長して欲しいのか、ただ単にレイの要領が悪いのか、遠くから見ている私には分からない。
一緒に勉強してても、特別要領は悪くはないと思うのだけど。
「だからそうじゃない」
「すみません・・・」
「・・・少し休憩だ」
「・・・はい」
聞いている方が、いつぶたれるんじゃないかとハラハラしてくる。
アサギさんとレイは戦闘機から降りて、アサギさんは庁舎に、レイはとぼとぼと歩いていつものベンチに腰を下ろした。
私はすかさずフォローのために彼の横に座る。
「大丈夫?」
かなり落ち込んでいるレイ、項垂れて顔を上げない。
「うん、頑張らないと・・・」
ギュッと拳を握るレイ。
「アサギさんも焦ってるだけだと思うから、あんまり気にしないで」
「そんな訳にはいかないよ、早く1人前にならないと・・・」
「そう・・・」
私のわがままで軍に入隊したようなものだったけど、彼の向上心は凄かった。分からないことがあればすぐに私に聞いてくるし、アサギさんに物怖じせずについて行っている。
その努力の結晶とでもいうのか。
「レイ、すごいクマじゃん。ちゃんと寝てる?」
たまたまチラッとこっちを見たレイを見てビックリした。初めて出会った時よりは痩せこけてはいなかったけど目の下のクマが酷く真っ黒だ。
「うん、一応ね・・・」
「だけど・・・」
アサギさん、無茶な課題とか出してないだろうか、後で確認しておこう、このままじゃレイが過労死してしまう。
すると急にレイは私の肩に体重を載せて、頭を預けてきた。
「?」
なんだか頭がコクリ、コクリと揺れている。
俯いている顔を覗き込むと、目は瞑っていてヨダレが垂れそうになり寝息をたてていた。酷い顔だけどちょっと可愛い。
「あら」
やっぱり寝れてないじゃん、どうしようかなと考えていると、彼は私の肩からずり落ちて膝枕をしている格好になる。
私の膝の上でスースーと寝息をたてているレイ。
「お疲れ様・・・」
こんなの起こせないよ、とりあえず頭を撫でて彼を労った。
●
夜、アサギ宅。
私とアサギさんの家は近所、というか同じ建物で階が違うだけなので、たまにお酒をお土産に食事を共にしていた。
「アサギさん、レイが過労死しちゃいますよ」
お酒を飲みながら昼間にあったことを簡単に説明する。肘枕してたことは一応隠した。
「あれぐらい耐えれんと優秀なパイロットにはなれん」
「いや、でもー」
かなりのスパルタだ、心配で見ていられない。
「あいつも一応男だ、みんなを引っ張って行けるぐらいにならんとな、私だっていつまで生きてるかわからん」
「そんな事言わないでくださいよー」
ここにいる人達はたまたま前の紛争を生き残った人達、いつまた紛争が始まるかもわからないし、いつ死ぬかも分からない。アサギさんは後々のことを考えてレイにキツく当たっているようだ。
「お前も、あいつの事が好きなのは良いが程々にしとけよ」
「なっ!そんなんじゃないですよ!」
身体がポッと熱くなり、それを隠すようにお酒を一気飲みする。好きか嫌いかって言われるとそりゃ好きだけど、別にそんなんじゃない、そう思いたかった。
「まあ、私は構わんがな」
「だから違いますってぇ!」
そしてその日はなんだか恥ずかしくて、酔いが回るのが早かった気がした。
●
さらに2週間後、5月初め。
レイが薄灰色のF-15戦闘機に乗って空を飛んでいた。
彼の前方にはアサギさんの機体。いくら昔に比べて機械による補助が優秀だからと言っても、ゆっくりだけどちゃんと彼は飛んでいる。
私はそれだけでも嬉しかった。
建物の間に隠れるようにしていたやせ細っていた難民のレイが、辛い訓練を乗り越えて今じゃ戦闘機に乗って空を飛んでいる。
まさに感無量。
初飛行を終えて2人が滑走路に着陸してきた。
私は駐機場で待っていて、2機の戦闘機が誘導されてくる。
レイがコックピットから降りてきた、私は一目散に駆け寄った。
「すごいじゃんレイ!ちゃんと飛べたね!」
人目もはばからずキャッキャと飛びつく。
「いや、ただ飛んだだけだから、まだまだだよ」
謙遜するレイ、いやいや、ちょっとは誇ってもいいと思うよ?飛べるって凄いことだもん。
「初めてにしては上出来だな、明日からビシバシいくからな」
「は、はい!」
当事者じゃないのになんだか怖かった、明日からどんなことするんだろ・・・、考えたくもない。
「時間も時間だ、昼休憩して昼一から復習だな」
「分かりました、失礼します」
レイはビシッと敬礼して駐機場を後にする。それにちょっと笑ってしまいそうになる、飛行服を着てるというより飛行服に着られているって感じでなんだかおかしかったから。
レイの姿が見えなくなるのを見計らって、アサギさんに話しかける。
「アサギさん」
「なんだ?」
「レイ、大丈夫そうですか?」
「あぁ、レイには言うなよ」
レイはすぐに調子に乗るからと釘を刺されてアサギさんは続ける。
「頭が弱いがセンスはある、私の厳しい訓練に弱音ひとつ吐かずに付いてきているし、可愛いやつだよ、ホント」
そういうアサギさんの口元は少し笑っていた、彼女の笑顔なんて初めて見た気がする。それだけ、彼の成長が嬉しいのか、付いてきてくれるのが嬉しいのか。
「もうしばらくしたらあいつを家に呼ぼうと思うんだが、チグサも来るか?」
「へ?・・・行きます行きます!絶対行きます!」
めっちゃ楽しみ!早くレイと一緒にお酒が飲みたいな。そんな遠足前の子供みたいに私はウキウキしていた。
まあ、レイ、お酒飲めなかったけどね。
■
基地の裏にはボロボロの掘っ建て小屋がいくつかあった。そのうちの1つに表札が貼ってある。
「レイ・アスール」
入隊してからしばらくの間住んでいた彼の家、ここに来たのはかなり久しぶりだった。
戸をノックすると建付けが悪いのかバンバンと大きな音が鳴り響く。
返事はなかったけど戸を引いてみると鍵はかかってなかった、中を覗いてみる。
「レイ・・・」
いた、部屋の真ん中で座り込んでいる。
「入るよー?」
返事はない、入らない訳にもいかないので構わず中に入った。
「どうしたの大丈夫?」
こちら側に背中を向けて微動だにしないレイに近寄ると、彼の目の前には木の箱が置かれてあった。
え、これって・・・。
「アサギさん・・・」
「え・・・」
嘘だ、そんなはずはない。
「や、やめてよそんな冗談、全然面白くないよ・・・」
ハハハと笑いながらレイの言ったことを受け入れようとしない私。それにレイはバッと振り向いて、私の胸ぐらを掴む。
「死んだんだよ!アサギさんは!」
涙を流し、悔しそうな顔をしているレイ。
「もう居ないんだよ・・・・・・」
そう言うと私の胸ぐらを掴んでいた手から力が抜けて、ペタンと力なく床に座りこむ。
そこにルリが近寄ってレイの袖をギュッと握る。
「ごめん・・・」
「ううん、大丈夫」
私もしゃがんでレイの肩に手をやる、こんなに取り乱している彼は見たことがない。そりゃそうだよ、こんな身近な人が死んでしまうなんて想像もしなかったし、しかも空戦じゃなくて空襲で、遺骨がちゃんとあるのがまた堪えた。
ドン、ドン・・・、とレイは握った拳で床を殴り続ける。
「僕が敵を食い止めれなかったから・・・」
自分を責める、それを言えば私だってそうだしナナリスもそう思っているはず、あの時は誰も敵機を止めることが出来なかった。
「レイのせいじゃないよ・・・」
「・・・・・・うん」
ルリと一緒に慰める、聞いてくれてるかどうかは分からないけど。
※
ナナリスがどうもうるさくてチグサさんの後を追って来てしまった、なんで俺がこんなことを・・・。それに、俺の後ろにはなんだかんだみんな着いてきていた。
追っていたチグサさんとルリさんは、ボロボロの掘っ建て小屋に入って行ってしまう。
俺たちは忍び足で戸の近くに近づき、聞き耳を立てる。
「レイ、いるっぽいけどどーしたのかなぁ?」
「黙ってろっ」
シッとナナリスを黙らす。
すると少しすると。
「死んだんだよ!アサギさんは!」
レイの怒鳴り声が中から響いた。
「・・・・・・」
みんな絶句してしまう。
やっぱり来るんじゃなかった・・・、俺もあの人には結構世話になった、簡単には信じられなかったが、レイの取り乱しぶりからすると本当なのだろう。
ここまで来たのはいいが、今更中に入る訳にもいかない、動けずにじっとしていると。
「きっとナナリスがアサギさんの機体に何かしたんだ・・・」
え?と耳を疑う俺の隣にいるナナリス。あの野郎・・・。
俺は反射的に力任せに戸を開けた。
※
バーンッ!
建付けの悪い戸がものすごい勢いで開き、そこには鬼の形相をしたツルギさんが立っていた。
「レイ!お前この野郎、言っていいことと悪いことがあるぞ!」
ズカズカと足音大きく僕に近づく彼は、勢いそのままに僕の胸ぐらを掴み無理やり立たせる。
「どんな思いでナナリスがここに来たと思ってんだ、仲間を捨てて、国を捨てて。お前の為だろ、お前と戦いたくないからだろ!」
僕は言葉が出なかった。
「ツルギ、大丈夫だよ、私気にしてないから・・・」
少し涙目になっているナナリスが、僕の胸ぐらを掴むツルギさんの腕を掴んで止めさせようとする。
「良くないね。謝れ、ナナリスに謝れ」
そういうとツルギさんは掴んだ手を荒っぽく離す。
「・・・・・・」
涙が込み上げてくるが内唇を噛んで何とか我慢する、僕はなんてことを言ってしまったんだろう、ツルギさんに怒られて少し冷静に慣れた気がした。
「・・・・・・ごめん、ナナ」
掠れそうな声で言うと、ナナリスはガバッと僕に抱きついた。いつものような荒々しさはなく、ゆっくり優しく。
「いいよ、疑われて仕方ないもん」
それを聞いて僕はナナリスの服をギュッと握りしめ、彼女を抱く腕に力が入った。
パンパン。
アヤメさんが手を叩き、みんなが彼女に視線を集める。
「はい、湿っぽいのはおしまい、アサギも喜ばないわ。切り替えて頑張りましょう」
アヤメさんの言う通りだ、いつまでも悲しんでたって彼女は、僕の1番機は帰ってこない、気合いを入れ直してアサギさんの仇をとる。
この戦争を生きて、この戦争に勝つ。




