第36話 好きって
「白色のラプター?」
僕はチグサと一緒にいつものベンチで居残り組だったミサキさん、ケイさんにさっきの出来事を話していた。
アサギさんは大佐にさっきの事を報告に行っていて、ここには居ない。
「もうなんか、飛び方が尋常ではなくて」
「完全に遊ばれてて・・・」
普通のバルセル機とは全然違っていた、少し前にバルセルに研修に行っていたアヤメさん、ルリさんも見たことがないと言っていたし、いったいあの機体はなんなのか。
「ラプターかぁ、勝てるかなぁ」
何だか不安そうなミサキさん、確かにいくら彼女たちが乗っているF-35はF-22の後継機と言えども劣化版、機体性能だけでいえば厳しい気もする。
「勝つしかないです」
ミサキさんが自信なさげに言う隣で、ケイさんが拳をギューッと握りながら弱い声で呟く。彼女の目は相変わらずジトッとしていて光はない。
今日は外にいるけど、彼女大丈夫なのかな?いつも部屋で休んでる様だし。
「ケイさん、体調は大丈夫なんですか?」
「大丈夫です、頑張らないと・・・、ゴホッゴホッ」
「啓ちゃん無理しなくていいよ?」
全部言い切る前に咳き込んでしまうケイさん、全然大丈夫じゃないよ。空戦の腕は確かなんだろうけど、こんな調子でいつでも飛べるのか、何だか見るに耐えなくなってきた。
「大丈夫です、隊長の為に頑張らないと」
ミサキさんに背中を擦られながらも急に雰囲気が変わり、力強く言う彼女。
隊長ってあの死んだって言ってた人だよね?もうダメ、見てられない!
この暗い雰囲気、どうにかしたいけど他の話題が浮かばない、何をどうすれば・・・。
「あのー、ミサキさん?」
「ん?なに?」
口を開いたのはチグサ。
よかった、珍しく助け舟を出してくれた!
「言いたくなかったらいいんですけど、隊長ってどんな人だったんですか?」
バカヤロー!この前僕がミスった事をなんでわざわざ繰り返すの!またケイさん泣いちゃうじゃん!
などと思い、アワアワしているとミサキさんが口を開いた。
「隊長のこと?いいよ、とてもカッコよかったんだからね」
案外あっさり了承してくれた。
名前はツルギ・ササイ、傭兵だったらしい。歳は当時20歳、今の僕と同じだけど彼の階級は特務大尉で僕は少尉、もう土台が全然違った。だから歳だけみればミサキさんからしたら弟みたいで可愛い感じだけど、空戦の技術はピカイチ、ありとあらゆる敵を落としていったらしいが、無茶が多かったとか。
単機で無人機の群れに突っ込んだりを繰り返し、3番機のケイさんによく怒られていたのだと。
どこかの誰かさんに似てるな。
「ソラさんにそっくり」
チグサが漏らす。確かに、無茶苦茶な感じが似ていた。
「ソラさん?」
それに食いついたのはケイさんだった。
「はい、この前まで傭兵でここにいた人で、ソラ・アオイさん。無茶苦茶な人だったんですけど、カッコよかったなぁ」
まあねぇ、チグサは基本的にソラさんと組んでたし僕の知らない事も知ってそうだ。遠目で見ても彼は無茶苦茶な飛び方をしていた、近くで見ていたチグサはハラハラものだったろう。
「そうなんですか」
興味ありげに聞いていたケイさん、ソラという人はもうここにはいないことを聞くと興味をなくしたのか、すぐによそを向いてしまった。
「それでね、私も啓ちゃんも、隊長、ツルギくんのことが好きだったんだ」
「え・・・」
言葉を失うチグサ、ケイさんは「水咲さん、余計なことは・・・」と、ほんのちょっと恥ずかしがっている様子。よかった、感情はあるのかな?
「チグサさんはどうなの?」
「へ?あ、チグサでいいです。どうって・・・?」
ミサキさんの意味深な言葉、僕もなんの事だろう首を傾げる。
「レイくんの事、好きなんでしょ?」
突然の事に思わず吹き出す僕に、一瞬で顔を真っ赤にするチグサ。
「すすすす、好きだなんてそんな!・・・・・・同僚としてです!同僚として!」
慌てふためいて否定していた。嘘つけ、2回も俺にキスしたくせに、まあ、マウストゥーマウスではなかったけども、どれだけ鈍感なやつでも分かるぞ。
「そうなんだ」
「そうです!」
クスクスと笑うミサキさんに、何故か息を荒らげているチグサ。んー、ここは黙っておこう、変な事言うと殴られそうだ。
「なによ」
あ、目が合ってしまった。
「いえ、なにもっ!」
ピシッと姿勢を正して遠くを見つめたまま固まる。
「もとはと言えば、レイが頼りないのが悪いんでしょ!」
「いって!なんで!?」
両手をブンブン回すチグサにポコポコと叩かれる、恥ずかしさを紛らわすためなんだろうけど、結構痛い。やめろやめろと手で防いでいると。
《ーー目標探知、方位270。グレイ隊、ブルー隊出撃せよーー》
基地放送が鳴り響く。
間髪入れずに本当疲れるけど、文句も言ってられない。ここを守るためだ、僕はチグサと手を振り別れて、整備補給がちょうど終わり駐機場に出された機体に乗り込む。
機器のチェックをしていると隣の機体にアサギさんが飛び乗り、早々と出撃準備を整える。
《レイ、行くぞ》
《はい、いけます!》
エンジンの出力を上げてキャノピーを閉める。
《啓ちゃんいい?》
《準備よし》
後方に駐機していた青迷彩のF-35が、機器チェックを済ませて進み出し僕達の後ろに続く。
《ーー管制から各機、戦闘機らしい目標2機を探知中、追い返せ。グレイ隊、ブルー隊、離陸許可ーー》
アサギさんを先頭に僕達は離陸、すぐに雲の上に出て青空の元バルセルとの国境に向かった。
●
同9月2日、夜。
あれから2回出撃した、したけどどれも会敵するなり敵機は反転して逃げていく、何がしたいのか分からないけど、疲れさせたいのかな?卑怯な奴らだ、戦闘機が少ないのを知ってのことだろう。
そして、今僕は待機室のベッドで横になっていた、僕以外はみんな女性、今更だけど6対1で余ってしまい、僕は1人この部屋に追いやられてしまった。
ミサキさんとかケイさんもいるし仕方ないか、彼女たちが居なかった時は、みんな気にしてないし。
まあいいか、ちょっと寂しいけど寝れる時に寝ておこう、壁の方を向いて目を閉じる。
「ガキンチョー!」
「ほえ?」
何だか久しぶりにそのあだ名で呼びれた気がする。
ん?ここは?
見渡すと、いつもの格納庫前のベンチに僕一人で座っていた。
あれー?部屋にいたと思うんだけど、と頭を掻く。
「ガキンチョ!」
この声は・・・、呼びれた方、後ろを振り向いても誰もいない。
「ガキンチョってば!」
「わっ!びっくりした!」
いつの間に現れたのか、耳と下唇にピアスを付け、明るい金髪で片方の髪を刈り上げたギャルっぽいナナリスの姿が目の前にあった。アシンメトリーの長い方の髪の毛をクリクリと回し、手遊びをしている。
「あれ?ナナどうしたの?」
「んー?別にぃ、暇だったからぁ」
「暇って、帰らなかったっけ?」
「そうだっけぇ〜?」
甘ったるく語尾を伸ばし、めっちゃアホそうな顔をしながら僕の隣に座るナナリス、何がどうなってるのか頭が追いつかない。
何か言った方がいいのかなと思いつつも、少しの沈黙が続く。
「ねぇねぇ」
「なに?」
ナナリスが肘で小突いてくる。
「まだ、答えを聞いてないんだけどぉ」
血圧が一気に上がり、耳から自分の心臓の鼓動が聞こえる。
「な、なんの?」
誤魔化そうと試みるも、少し寂しそうなナナリスの瞳に口を瞑る。
なんて言おう、正直に言った方がいいのか、オブラートに包んだ方がいいのか、心が苦しい。
僕は言葉を慎重に選ぶ。
「ねぇ」
答えを急かす彼女。わかった、正直に言おう。
「・・・・・・ナナリスのことは好きだよ」
「だったら!」
「でも、それと同じぐらいに、アサギさん、チグサ、ルリさんにアヤメさん、みんなのことが好き。わがまま言って悪いんだけど、この人ってまだ選べないんだ」
それを聞いた彼女は遠く山の方を見つめる、申し訳ないけどこれが本音だ、選ばないといけないのに選べない自分。
「・・・ごめん」
謝ることしか出来なかった。
「そっか、そうだよねぇ」
笑ってるのか泣いてるのか分からない、少し震えた声でボソッと呟くナナリス。
僕も俯いて、時間が過ぎるのを待つことしか出来ない。
「じゃぁ、みんな死ねばいいんだよ」
そう言った彼女の顔は、彼女ではなかった。
「っ!!」
ガバッと飛び起きた、息も絶え絶えで胸が苦しい、周りを見渡すと待機室だった。
額から滴り落ちる汗を拭う。
「え?なんなの、さっきの・・・、夢?」
夢にしてはかなりリアルだったし、あのナナリスの顔はかなり怖かった。変に考えすぎて悪夢を見ただけだ!僕は自分にそう言い聞かせて、頬を掌でパンパンと叩いた。
そして、何だか急に不安に駆られて、僕はベッドから立ち上がって隣のアサギさん達の様子を見に行く。時計をチラッと見ると、午前零時を回ったところ、起きてるかな?
部屋を出で隣の待機室の扉をそーっと開ける、明かりはついてるようだけど薄暗い、そのまま顔だけ入れて覗き込むと。
「ん?どうしたの、レイ?」
チグサだけが薄明かりの中起きていて、他の5人はベッドで寝ている様子だった。
はぁ、良かった。
「いや、ちょっと」
怖い夢を見て不安になって見に来た、そんなこと言える訳がない、一生弄られるに決まっている。誤魔化してドアを閉めようとすると。
「待ってよ」
ドアをガシッと掴まれ止められた。
「どうしたのよ?って凄い汗じゃん、大丈夫?」
彼女は僕の大量の汗に気づいて、少し手で拭ってくれる。
「あーあー、服もビシャビシャじゃない。なに、怖い夢でも見たの?」
ギクッ!否定するに出来ない、反論できずに黙っていると。
「図星か、かわいい」
チグサはニッと笑って、僕の頭をガシガシと撫でる
「ちげーって・・・」
恥ずかしくてとりあえず否定しておくが、彼女はニヤニヤと笑ったまま。
「着替えないと風邪ひくよ」
「う、うん」
そして、僕は何故かチグサに手を引かれて自分の待機室に戻る。
着替えるよ、着替える、1人じゃ寂しかったのもホントだよ?でもね、チグサさん、なんで部屋の中にいるのかな?
困惑の目で彼女を見ていると。
「あ、ごめんごめん、よそ向いてるから」
彼女は座っている椅子を壁側に向けて、視界を逸らす。そういう問題じゃないんだけどなぁ、仕方ないか、出ていきそうにないし。
僕は飛行服を脱ぎ、下着も着替える。
だらしない身体じゃないけど、まあ、恥ずかしいよね。
いつぞや被弾した時に受けたお腹の傷をさする、黙って着替えるのもなんだし、ちょうど二人きり、この際だ、言っておこう。
「チグサぁ」
「なにー?」
彼女は壁を向いたまま返事をする。
「僕は、チグサのこと好きだよ?」
「えっ!」
ものすごい勢いで彼女は振り返って、僕のパンツ一丁の姿を見てしまう。
「ちょっと!なんて格好で言うのよ!」
「ご、ごめんっ」
慌てて顔を隠し壁に向き直り、僕もすぐに替えの飛行服に着替える。
「でも、ルリさんもアサギさんも、みんな好きなんだ。だから・・・」
着替え終えてチグサに近づくと、彼女はゆっくりと振り返る。
「うん、そんなことだろうと思った」
「へ?」
彼女は立ち上がる。
「私、負けないから」
「っ!」
3回目のキスだった。
今回はチグサの柔らかい唇が初めて僕の唇に重なる、しかし、それはほんの数秒で離れる。
「絶対レイは私のモノにするんだから!」
「へぇぇぇっ!?」
なに!?どういうこと!?
チグサはビシッと僕に指をさして、何だかドヤ顔をキメている。
ついにファーストキスを奪われ、理解が追いつかずアワアワしていると、チグサはニッと笑った。
《ーー目標探知、方位260、グレイ隊、ブルー隊、出撃せよーー》
ほら、いってらっしゃい!とチグサにお尻を叩かれて、僕は待機室から飛び出した。




