第19話 生きる
あんなに怒ったレイを初めて見た。
あいつも怒るんだな・・・。
「ラナー、さいてー」
「んだよ」
原因を作ったラナーに、ナナリスは蔑んだ目をやっている。
私は立ち上がり、ここから出ていってしまったレイの後を追う。
「アサギさん、私も・・・」
チグサ達も心配そうな目をして立ち上がったが、私は1人でいいと言った。
なんだかんだ愛されてるな、あいつは・・・。
あいつの行きそうな場所は2つだ、隊舎を出て、駐機場に目をやる、遠目に探すがいつも座っているベンチにあいつの姿はない。
という事は、あっちだな。
基地の裏、人目につかないように建てられたそれは、掘っ建て小屋。長屋の様に何軒か建っているが、使用感があるのは1軒だけ、私はその1軒に近づき、ボロボロの玄関の前に来た。
表札というか、ボロボロの紙切れの名札が貼ってある。
『レイ・アスール』
以前、と言ってもだいぶ前だが、1度だけここに来たことがある。あいつがパイロットとして訓練を始めたすぐ、座学中に眠そうな顔をしてるもんだから、どんな所に住んでるのか見に来た時だ。その時は今より酷い佇まいで、よくこんな所で寝てるなと思うほどだった。あいつも、大事に直して使ってたんだな・・・。
少し躊躇してドアにノックすると、大して叩いてないのにガタガタと揺れ、バンバンと音が鳴る。
「入るぞ」
返事はないが、構わず引き戸の玄関をガタガタと開けると、酷くボロボロで薄暗い部屋の隅にあいつはいた。
ペラペラな壁、今にも抜けそうな床、雨漏りしそうなほどスカスカな補強された天井、隅で壁の方を向いて肩を揺らしながら泣いてるあいつ、レイが最近まで寝泊まりしていた家で、泣いている。
私はその中、玄関の土間に入り、1段高くなった木張りの床に腰をかける。
レイは私に気づいているのだろうか、ひたすらに泣いている。
ここまで来たものの、私はなんて声をかけたらいいだろう。
「アサギさん・・・」
震えた声で先にレイが口を開いた。
「なんだ?」
私は体を向き直して、優しく問いかける。
「僕、本当は死にたかったんです・・・」
「・・・・・・あぁ」
やっぱりそうだったか・・・、口では戦う理由とか色んな理由を付けて飛んでいたようだが、本心はそうだった様だ。
私は、最近なんとなくそうなんじゃないかと思っていた。ことある事に、実戦で危なっかしい飛び方をしているレイ、私はそんなあいつを空に飛ばしたくなかったが、戦況がそうはさせてくれない。
いつもあいつは元気に振舞っていたが、出撃の度に寂しそうな背中をする、私は心配で心配でたまらなかった。だが、一緒にいてやれなかった。
しかし、あいつはいつも飛んだ空から無事、ここに帰って来た。
死のうとしても、皆に助けられるからか。
本当は死にたくないからか。
それは、本人しか分からない・・・・・・。
「お母さんに、会いたいです・・・」
レイは続ける。
「あぁ」
それしか言えない。
「お父さんにも、会いたいです・・・」
「あぁ」
数秒の沈黙の後、レイは顔を上げて、私の方に体を、向け正座する。
ボロボロと涙を流し、鼻水は垂れ、ひどい顔だ。
「でも、みんなともっと一緒に居たいです・・・」
「あぁ」
レイは顔をゴシゴシ拭いて、また私を見る。
「もう皆には迷惑かけません、弱いなんて言わせません、死のうなんて思いません」
せっかく拭いたのに、また、目じりに涙が浮かんでくるレイ。しかし、その顔は昨日までのあいつとは違う、男らしい顔、鋭い目をしていた。
「アサギさん」
「なんだ?」
部屋の隅から私の元へ移動してくるレイ、床はギシギシと鳴り今にも抜けそうで、私は思わず近づくあいつの手を握る。
「思いっきり泣いていいですか?」
いや、既に泣いてるぞ、レイの頬には溢れてきた涙が垂れて、床に落ちていく。最後にという言葉が少し引っかかったが、私は彼の頭をひとしきり優しく撫で、赤く染まった頬をさすり、抱き寄せた。
「ああ、泣け、思う存分」
そう言うと、レイは何か繋がっていたものが切れたかのように私の首もとで号泣する。息も絶え絶え、過呼吸になりながらわんわんと。
そんなレイの背中を、私はただたださすっていた。
※
出撃の時間だ。
アサギさんと一緒に、僕の自慢の家から駐機場に向かって歩く。
彼女にはちょっと、いや、だいぶ恥ずかしいところを見られてしまった。
しかし、スッキリもした。今まで溜まっていたものが全部出た感じ、少し、清々しかった。
僕は空を見上げる、今日も曇っている、早く飛び立って雲の上の青い空を見たい。
そして、アサギさんと共に皆が待つ駐機場についた。
「大丈夫?」
とチグサが、ソラさんが、アヤメさんが、ルリさんがみんな心配してくれていた。
僕はもう大丈夫だ。
「はい!」
元気に笑って答えた。
「あら、レイ?」
チグサが僕の顔を覗き込んでくる。
「なんか、カッコよくなった?」
「は?」
「なんかね、目がカッコイイよぉー」
そう言い残して、チグサは自分の機体に走っていく。なんなんだよ、突然。
ちょっと恥ずかしくて、頬をポリポリと掻いていると、目の前にラナーさんが現れる。
「なんですか?」
この人は嫌いだ、僕はあからさまに機嫌悪そうに聞く。
「いや、なんだ・・・、すまなかった」
言葉短く言うと、足早に僕から去っていく。あんな酷いことを言われたんだ、1回の謝罪では気が済まない!とは思ったものの、あんな上から目線でプライド高そうな人が謝ってくれた、ちょっと見る目が変わった、かもしれない。
「ガキンチョ!」
「いってっ!」
ナナリスに背中をバーン!と激しくどつかれる、というかタックルされた、痛いっての。しかし、彼女は悪気なさそうに、ニコニコして僕の肩に腕を回して、一方的に肩を組む格好になる。
「ラナーに盾突く奴なんて初めて見たよぉ!ガキンチョ、ガッツあるんだねぇ!」
「やめっ!」
彼女は甘く軽い語尾の伸びた言い方で、僕の顔をガシガシと手荒く撫でる、耳のピアスが時折僕に当たって痛い。撫でるな!ガキンチョって言うな!
「今のあんたの目、真っ直ぐで好きだよ、レイくん」
「へっ!?」
突然低いトーンで、ナナリスは僕の目を見てそれだけ言い、また軽い声でバイバーイ、と手を振りながら緑色のF-4へと走っていく。
今、名前で呼ばれた?
「・・・・・・何ニヤけてるの」
「わ!ルリさん!」
気づけば僕の隣にちょこんと佇むルリさん、心臓に悪い。それに、ニヤけてなんていないはずだ、ちょっとびっくりしたというか、嬉しかったというか、そんな感じでして・・・。
「・・・・・・頑張って」
「あ、ありがとうございます」
彼女は拳を僕に軽く突き出し、僕もそれに答えてグータッチをする。ルリさんは嬉しそうに微笑んで、先に行くアヤメさんの後ろをチョロチョロと追いかけて行く。可愛い。
「行くぞ、レイ」
パンッとソラさんに背中を叩かれて、アサギさんと、チグサが待つ僕の機体に歩き出す。
「ソラさん」
「ん?」
「僕、頑張ります!」
「・・・あぁ、頑張れ!」
気合いだ!と耳元で叫ばれ、バチーンッ!と背中を思いっきり叩かれる、めっちゃ痛かったけど僕はなんだか嬉しくなって笑い、それを見てみんな笑っていた。
それぞれが自分の機体のコックピットに乗り込む。
チェックを済ませて、離陸する順番に並び誘導路へとゆっくり機体を走らせる。
駐機場からニグルムくんが「行ってらっしゃーい!」と大きく手を振りながら見送ってくれる、律儀で可愛い子だ、既にこの基地のマスコットみたいになっている、みんなそれぞれに手を振って答えていた。
ノースシュルツへ行く、アサギさんソラさんチグサ、僕が滑走路に並ぶ。
《ーーグレイ隊、ブロッサム1、ソード、離陸許可ーー》
《よし、行くぞ》
アサギさんがノズルを赤青く染め空に舞い上がる、間髪入れずに僕達は後ろに続き離陸。
上空でフィンガー・フォーの隊形を作り、雲の上に出て東に向かう。
雲の上は変わらず、今日も深く青い空が広がっている。いつ見ても綺麗な空だ。
そして、1度カルシューレ陸軍基地を経由、第1空挺旅団第141特殊作戦大隊の特殊部隊を載せたUH-60ブラックホーク10機、支援火器を載せたCH-47チヌーク4機、と合流。
僕達はノースシュルツ強襲の為に、北東に進路をとった。




