第15話 好きな人を守るため
「戦う理由は見つかったか?」
以前、ある人にそんなことを言われた。
戦う理由、闘う理由、どちらの字が正しいのかも分からなかったし、戦闘機に乗りたての俺は、それすら考えるのが嫌だった。
好きにさせてくれ、そんな感じだ。
エルゲート空軍第14飛行隊の配属になっても、ずっと考えることをしなかった。
戦う理由なんてどーでもいい、ただ俺はどこまでも青く深い、深青色の空を飛んでいたかった、それだけ。
それに俺は傭兵で、基地にいた変なおっさん達にも馴染めずにずっと1人だったし、考える余裕も無かったと言ってもいい。
レイとはそこが微妙に違っていた、どうでもよかった俺と、必死に戦う理由を探しているレイ・・・。
しかし、そんな時、2番機になる女性パイロット、水咲さんに出会った。
どこまでもお姉さん気質で、俺は傭兵だと言うのに、彼女は弟のように可愛がってくれた。彼女からは笑顔が絶えず、世界なんてどーにでもなってしまえと思っていた俺も、次第に笑うことが増えていく。
そして、訓練生だった啓と3機編隊を組むようになってからは毎日が一変した。1日1日が、そりゃもう楽しくて、3人で色々悩んだり、一緒にカフェに行ったり、ちょっと喧嘩もしたりした。
そんな楽しい日々、可愛らしく愛おしい彼女たちを、俺は失いたくなかった。彼女たちを危険な目に合わせるぐらいなら、俺だけが死んだ方がいい、そう思った。
俺の戦う、闘う理由はーー。
※
ソラさんは時折、雲の切れ間に青空が漂う空を見上げて、少し考えてから僕に向き直す。彼の戦う理由は・・・。
「俺の戦う理由は、好きな人を守るためだよ」
彼もそうだった、ルリさんも一緒、みんな大切な人、失いたくない、自分じゃない他の人の為に戦っているのだ。
ソラさんは、「なっ!」と言って再びニグルムくんの頭を撫でる。少年は「うん!」と子供らしい可愛い声で返事をして、嬉しそうに足をパタパタとさせていた。
彼はどうやら典型的な優男だ、自分を犠牲にしてまで他人を守ろうとしている。
僕はそんなカッコイイことが言えるのだろうか、出来るのだろうか。
未だになんのために戦っているのかわからない僕、自分のためだと割り切ってしまえば済む話なのだけど、違う気がした。
「僕は・・・」
膝の上に座るルリさんの事を忘れて、思わず彼女を抱く両手に力が入る。ルリさんは「・・・・・・?」といった感じで特に何も言わない、手に力が入っていることに気づいて、慌てて僕はその両手を離すと、ソラさんに乱暴に頭をガシガシとされる。
「いつか、わかる時が来るよ」
ボサボサになった髪の毛を押さえながら、ソラさんの顔を見ると、優しく笑っていた。
「ねぇ?私の事忘れてない?」
「あ、いたんだ」
「ひどーい!」
チグサがソラさんの向こう側から、ひょこっと顔を出して僕を見る。話に入ってこないから普通に忘れていた。まあ、入れないかこんな重い話。
「そうだ、チグサさんの戦う理由は?」
ソラさんが何かニヤつきながら聞いている、そいえば僕も聞いたことがない。ソラさんに名前を呼ばれたチグサは、あからさまに頬を赤らめてモジモジとしている。こいつ、え、そうなの?分かり易過ぎだろ。
「わわ、私!?えーとー、前は復讐心?そんなのが強かったけど・・・」
復讐心とか、可愛い顔して恐ろしいことを言うな。まあ、ここは解放軍だ、居場所を追われた人、家族を失った人も多い訳で、そういう人も大勢いるだろう。しかし、彼女は今は違うようだ。
「ソラさんと同じ!皆ともっと一緒に居たいからかな!」
チグサは元気よく言った、二ーッと可愛らしく笑っている。無理やり話を合わせた感じもしないので、本心なのだろう。
そんな彼女にソラさんは微笑んで「そっかぁ。あ、俺の事は呼び捨てでいいよ、年下だし」と言い。チグサは「え、う、うん!」と喜んでいた。
しかし、チグサさん?ソラさんは好きな人のために戦ってるって言ってたよね?聞いてなかったのかな?後々彼女が悲しまないか心配だ。
●
14時。
僕とアサギさん、チグサの3人で街に降りてきていた。制服だと目立つので、僕お得意のツナギ姿だ。
解放軍は大々的に戦闘を開始してしまい、しばらく家に帰れないだろうからと、下着やら日用品を取りに家に向かっている。
ソラさんのことはルリさんに任せてある、後輩に似てるらしいから何かあっても自制してくれるだろう。
基地からの坂を下り街の中心部につくと、慌ただしく人々があっちへこっちへと走り、トラックも色々な物を乗せて奔走していた。
爆撃による倒壊した建物からの救助活動は終わったようで、陸軍のブルドーザーなどが瓦礫を道の端に寄せる作業が続いていた。カルシューレ基地の修復もある、必要最低限しか来ていないようだ。空軍も施設科の車両があるにはあるが、人が足りずに街の支援まで手が回らない状態だった。
僕達がもっと早く気づいていれば防げたかもしれないこの光景、胸が苦しかった。
「これが戦争だ」
そんなことは知っている、僕の両親も瓦礫に埋もれて死んでしまった、たまたま出かけていた僕を残して。
僕はそんな光景を横目に、奥歯を噛み締めながらただ歩いて、この建物の角を曲がると、アサギさん宅兼僕の居候先だ。
「おっと・・・」
角を曲がると、僕達のアパートの隣の隣の建物が倒壊していた、間一髪と言っていいのかは分からなかったが、僕の居候先は難を逃れていたようだ。よかった、けど、部屋の中は大変なことになってそうだ、外から見ただけでも、外壁の1部は剥がれ落ち、窓ガラスは割れていた。
階段を登り、爆風でひん曲がったのであろう玄関のドアを、アサギさんが無理やりこじ開けると、想像通りの光景が広がっていた。
部屋の中は砂ホコリが充満し、ガラスは散乱、食器や家具も無造作に飛び散っていた。
「くそ・・・」
「うわぁ・・・」
「あらー・・・」
しばらく体を硬直させ絶句してしまったが、じっとしていても何も始まらない。僕達は黙々と掃除を始めた。この様子だとチグサの部屋もやらないといけないだろう、最低限小綺麗に、尚且ついつ帰って来れてもいいように、素早く丁寧に掃除をした。
3日ぐらいしかここで生活してないが、思い出は詰まっている。
ここに寝泊まりしてからは何もかもが充実していた、そんな場所をグチャグチャにこわされてしまった、倒壊さえ免れたものの、とても腹立たしい。
無意識に僕の箒を握る手に、力が入った。
もう日が暮れそうだ、チグサの部屋は爆風の反対側だったのでアサギさんの部屋ほどの被害はなかった。
掃除を終え、僕とチグサは素早く荷物をまとめて、アサギさんは近所の人が使って余っていたという、ベニヤ板を窓に嵌め終わったところだ。電線が切れているからか、部屋に電気はつかない、そろそろ基地に帰らないと。
「行くか」
「そーですね」
「はい」
僕達は、荷物を背負って思い出の詰まった部屋を、名残惜しく後にする。落ち着いたら戻ってきて、部屋を綺麗に、ついでに模様替えもして皆とまたここで住むんだ。
3人で薄暗い街を歩く、爆撃を免れた場所ではなんとか普段と変わらない生活が続いていた。夕市に立ち寄るといつもより露天は少なかったが、お店が出ている。ここに住んでる人たちも強い人ばかりだ、みんな必死にいつも通りの生活を続けようとしている。
「陸軍が下山したらしいわよ」
「その報復でここが空爆されたの?」
「いや、先に仕掛けてきたのはあいつららしい」
「戦闘機の直掩は上がってなかったらしいぞ」
「じゃぁ、空はガラ空きだったってこと?」
らしい、らしい、らしい・・・、市場の人々は好き放題に、そんなあってたりあってなかったりする噂話を口にしていた。未だ、解放軍からの正式な発表はない、噂が噂を呼んでいる。
「こっちだって大変なのに・・・」
チグサが小声で、そんな噂に文句を言っていた。一般人のただの噂話だ、いちいち気にはしていられなかったが、耳に入るといい気持ちはしない。空軍だってカツカツの人員の中頑張っているんだ、バカにするな!そう言ってやりたかった。
僕達は早足で市場を抜けようとする。市場の端、空爆を間逃れたのだろう、甘くて香ばしい、とてもいい匂いのするパン屋さんの前でアサギさんが足を止めた。
「・・・腹、減ったろ?」
確かに何時間も掃除をして僕はお腹がすいていた、基地に帰ると夕食の時間だろうが、たらふくは食べられない。ここで止まったと言うことは?
「いいんですか!?」
チグサが目をキラキラさせて、アサギさんに駆け寄る。呆気に取られて彼女は「あ、あぁ」と短く言うと。チグサはやったー!とパン屋さんに駆け込んでいった、僕とアサギさんはそれを追ってパン屋さんの中に入る、焼きたてのパンのとてもいい匂いが全身を包み込む。
中に入ってどれにしようかなと悩んでいると、はっ!と思い出した。
「他の人のは・・・?」
僕達だけ食べるのは悪い気がする、それにどうせなら皆と一緒に食べたい。しかし、アサギさんは。
「教官から可愛い教え子へのご褒美だ、頑張ってるからな。アヤメ達には内緒だぞ?」
あの鬼教官、アサギ教官からのご褒美!そんなことは初めてだ。逆に僕は状況が飲み込めず「え?」と固まっていると。
「早く選べ」
パチンと背中を叩かれ、急かされてしまった、僕は急いで選ぶ。
チグサと2人してどれにしようかと悩む、大の大人が目をキラキラとさせてパンを選ぶ、変な光景だが、どれも美味しそうでなかなか選べない、いっその事全部食べてしまいたかった。
「これを1つ」
「あ、私も!」
結局選んだのは、無難な掌大のアップルパイだった。会計を済ませて、お店の前にあったベンチに3人で座る、チグサ、アサギさん、僕の順だ。持って帰って食べてると、皆にご褒美を買ってもらったのがバレてしまう、何を言われるか分かったもんじゃない、ここで食べてから帰ることにした。
「アサギさんは食べないんですか?」
買ったのは僕とチグサのだけ、ちょっと申し訳ない。
「年下が心配するなって言ってるだろ」
「・・・・・・」
ご褒美は嬉しかったけど、僕もアサギさんに色々と助けられている。僕は手に持つアップルパイを半分に割る、表面の薄皮がパラパラと地面に落ちた。
「どうぞ・・・」
「お前・・・」
アサギさんは、それを受け取ってくれた。半分に割ったアップルパイをじっと見つめて、僕の顔を見ると鼻でふんっと笑いながら「ありがと」と言ってくれる。
僕はちょっと照れくさくなって、その気持ちを紛らわす為にアップルパイを口に運ぶ。
外はサクサクで、中はしっとりと甘く、リンゴ本来の甘みがふわぁっと広がる。
「おいしぃー!」
足をバタバタさせて嬉しそうに食べるチグサ、本当に子供みたいで可愛い。下手をしたらこういう時は、ニグルムくんより子供なんじゃないだろうか、酒癖がやや悪いのがたまにキズだけどね。
僕は静かに食べる、久しぶりに甘いものを食べた気がする。ここ数日、忙しすぎて3日が1週間ぐらいの長さに感じられていた、ほっと一息。僕はアップルパイの甘さを感じながら建物の間から見える、黄昏時、夕闇に黒く染まる直前の空に浮かぶ薄い雲が、オレンジ色に色を変える空を眺める。
「ほら、チグサ、落ち着いて食べろ」
「んー!」
アサギさんが、どうやったらそこに付いたのか、チグサの頬に付いたパンの欠片を取ってあげている。
昼間の地獄のような光景を、少しの間忘れることが出来た。ずっとこの平和な暮らしが続けばいいのに、そう思いたかったが、火蓋は既に切って落とされている、それは叶わない。次に平和が訪れる時はこの戦争が終わった時だ、僕はこのゆっくりとした一時の平和な時間を噛み締めながら、アップルパイの最後の一欠片を口の中に放り込んだ。




