第13話その上
僕達はアルサーレ基地に帰投し、燃料、弾薬の補給を行っていた。
「お疲れ様、レイ」
いつものベンチに僕とチグサは座る、隣の彼女の額は少し汗ばんでいて、飛行服のジッパーを胸の下までおっぴろげている。
「あ、おつかれ」
僕はそこからチラッと見える黒いインナーの膨らみに、ついつい目がいってしまう。男の子だからね、仕方ないね。
「ちょっとぉ」
「見てねーから!」
何度でも言う、開けてるのが悪い、最早誘ってんじゃないかと思えるほどだ。
「レイ、結構上手く飛べてるじゃんか」
ソラさんだ、いつものアサギさんの席に座り、僕を褒めてくれる。今回は必死だったし対地攻撃がメインだった、上手くいったのはたまたまだ、空戦となればそうはいかないだろう。
「いや、全然ですよ」
僕は謙遜して、首を振る。
「あの乱戦をちゃんと生きて帰ってこれたんだ、それだけでも凄いと思うけどな」
「・・・・・・上出来」
ポフッと誰かが僕の背中に飛び乗る、え?と振り向くとルリさんの嬉しそうに口角を上げた顔がそこにあった、相変わらず目は笑ってないけど、ジトッとした蒼い目はとても綺麗だ。
そんな彼女の目をじっと見ることは出来ずに、すぐ目を逸らす。
「ありがとうございます」
僕は目線を下げ地面を向いて、静かに答えた。
つかの間の静寂、僕は空を見上げ、肩から顔を出すルリさんもつられて体を起こして見上げている。
今日もこの空は曇っている。
すると、アサギさんが僕の目の前に現れた。
「大丈夫か?」
え?僕は大丈夫だ、何も問題はない。
「え、はい、大丈夫です」
アサギさんの意図はよく分からなかったが、僕は大丈夫、そんなに心配しなくてもいい。
それを聞いた彼女は、安心したのか少し微笑んで、僕の頭をクシャクシャとした。
「ちょっと、アサギさん!」
皆笑っていた、僕からすれば笑い事じゃない、ヘルメットを被ってぺったんこになっていた髪の毛がピョンとはねてしまう。だけど、なんだが皆の笑いにつられて僕も笑っていた。
ヒューーーー・・・。
ん?何かが風を、空気を切る音がどこからか聞こえる。
「伏せろ!!」
「わっ!」
「っ!!」
アサギさんが叫ぶと、ルリさん諸共ベンチから押し倒されて、僕達は地面に伏せる。アサギさんは、僕とルリさんを守るように覆いかぶさってくれている。左にはチグサを守るようにソラさんが覆い、頭を起こして周囲を見回し。右にはアヤメさんも状況確認のために半身起こしている。
「アサギさん・・・」
「大丈夫だ」
ドンッ!ドンッ!・・・・・・、ガラガラガラ・・・。
2回の強烈な爆発音が空に響き、爆風で格納庫の壁がガタガタと震え、何かが崩れるような音も聞こえた。
数秒待ってもそれ以上は何も起きない。
この音と、爆発は・・・。
《ーー緊急目標探知、直上!戦闘機隊、準備出来次第離陸せよ!ーー》
※
俺と、レイ、アサギさんの機体が先に準備が終わり、今までで1番早いんじゃないかという猛スピードで離陸した。
眼下、基地の麓の街から煙が上がり、建物が何棟が崩れているようにも見える。
俺は爆弾の落ちてくる音を聞いて、咄嗟にチグサを守るため覆いかぶさったのだが。その姿が、以前いた所で一緒に生活していた、年上の後輩の姿に被ってしまった。あの時も、降りかかるガラス片をベッドのマットで防ぎ、俺が覆いかぶさって彼女を守った。髪の毛色も雰囲気も全く違うのに、おかしなものだ。
探知したという敵機を探す。
雲の下に敵機の姿はない、ということは。
《雲の中からか・・・》
敵は雲の中、さらに上空にいるに違いない、いつぞやの嵐の日、積乱雲に紛れてやってきた爆撃機が脳裏に浮かぶ。俺はエンジン出力を上げ、アフターバーナーにも点火、ほぼ垂直に雲の上に向かう。
※
ソラさんが何か怒ったように、急上昇して単機で雲の中に突っ込んでいった。僕も街を攻撃されて腹立たしかったが、様子がおかしい。
《ソード!・・・・・・おい、ソラ!待て!》
アサギさんが呼び止めるも、彼は聞こえているのかいないのか、無視して雲の中に消えていく。いったい、どうしてしまったんだろう。
《どうしたんだ、あいつ・・・。レイ!サポートに回るぞ!》
《了解です!》
僕はアサギさんに続いて、ソラさんを追う。
分厚い雲の中を進み、水滴がキャノピーを滴ったと思うと、どこまでも青く深い空が目の前に現れた。
僕はソラさんを探す。
いた!東の空だ!ソラさんの機体が遠くに見えて、そのかなり向こうにキラッと2つ光る物が見える、爆弾を落として行ったやつらに違いない。
ソラさんはひたすらにそいつらを追いかける、絶対に逃がしてなるものかと言わんばかりだ。同じ機体のはずなのに全然追いつけず、レーダーから彼の影が徐々に遠ざかっていく。
《・・・・・・。ソード、フォックス3!》
彼の機体の胴体下部が2つパッっと光った。レーダー画面上でも2つ、敵機に向かって進んでいく。中AAMを放ったのだと思うが、そのミサイルが放った白い線は、敵機の回避行動により宙に複雑な弧を描いて当たることはなかった。
《ソラ!深追いをやめろ!くそっ、聞こえてないのか?》
《ソラさん!》
アサギさんの声は届いていないのか、試しに僕も呼んでみるが返事はない。
《まずいな、敵地に入り込み過ぎだ・・・》
《え?》
レーダー画面のマップをよく見ると、アルサーレ基地からかなり離れていた、ほぼ最大速度で飛んでいる、無理もない話だったけど、彼女の言うまずいとは何の事なのか。
《敵のレーダーに補足されたら、地対空ミサイルが来るぞ》
それはまずい、早くソラさんを止めないと!
しかしどうやって、彼は敵機を撃墜しないと止まりそうにない。
悩んでいるうちに、彼との距離がまた少しずつ離れていく。
ビ、ビ・・・、ビ・・・。
むむ、これは本格的にまずいぞ、敵のレーダー照射を受けていることを知らせるアラームが不規則に鳴る。コックピットから地表を覗き込むと、雲の切れ間が多くなってきていた。
《ソラさん!!》
僕は力一杯に彼の名前を叫んだ。
刹那。
ビビビビ、とアラームがコックピット内にけたたましく鳴り響き、ヘルメットシールドに下方からミサイル接近中の表示が映る。
《いかん!レイ、雲に逃げ込め!》
《でも、ソラさんが!》
《早く・・・っ!フレア!!》
《くっ!!》
アサギさんの声に、僕は咄嗟にフレアを発射して、左旋回。その瞬間、フレアが放たれた方向でバァンと音が響き、赤黒い煙が漂っていた。
確認せずとも分かる、敵の地対空ミサイルだ。
《危なっ!》
《早く雲へ行け!》
僕は雲へ逃げ込んだ、しかし、レーダー照射を受けている警報はなかなか鳴り止まず、僕の寿命を縮めていく。 雲の中でアサギさんの姿が見えない、雲へ逃げ込めたのだろうか、ソラさんは?それに僕は何処へ行けば・・・。
《作戦中止!帰投する、ソラ、聞こえてるなら帰ってこい!》
ソラさんの返事はない、ホントどうしたんだよ。
雲の中で、追うべきか、帰るべきか僕は悩んでいると。
「・・・え?」
目の前に、突然暗灰色のSu-27が現れて、僕の真上を掠めて行った。それも、3機。
マジかマジかマジか・・・・・・。
心臓の鼓動がさらに上昇して、自分の耳からドクンドクンと聞こえてくる。
今見たのは、何かの間違いであって欲しい。雲の切れ間に出て、後ろを振り向くと、3機のSu-27がやや遠くに微かに見え、旋回して僕の方向に機首を向けようとしている。見間違いでもなんでもなかった、他の敵機が雲の中に隠れていたのだ。
ヤバいってマジで!
《レイ!あぁ、くそっ!会敵した。グレイ隊、交戦!》
雲の切れ間から僕を確認したであろう、アサギさんが僕の方に急接近してくるのがチラッと見える。地上からやってくる、地対空ミサイルをひらりと躱しながら。
《罠ね。グラム隊、今離陸したわ、持ちこたえて》
《急いで向かってる》
《レイ、待ってて!》
アヤメさん達の到着まで2分と言ったところか、それまで持ちこたえれるだろうか。
アサギさんは大丈夫だろう、彼女は強いから。問題は僕だ、まだまだ、技術も甘々だし1人で空戦を生き残れる自信がこれっぽっちも無い。
ミサイル接近のアラームが再びコックピットに鳴り響く、後ろを覗き込むと、既に3機いたうち2機のSu-27に追いかけられており、ミサイルが白い煙を吐きながら僕に近づいてくる。
もう泣きたかった、しかし、泣いている暇はない。
僕はアサギさんに教わったように、回避行動を必死にとる。
急加速、急旋回を繰り返して、次々に敵機から飛来するミサイルを避けていた、自分でもびっくりする、こんなに避けれるものなのか。
しかし、僕は避けてばかりだ、敵機の背後につくことも出来ずにただただ、空を逃げ回る。
《雲の中に逃げろ!》
そんなことはわかっている、僕だって雲の中に逃げて、1回落ち着きたくて仕方がなかったが、雲がかなり離れてしまい、雲に向かうために真っ直ぐ飛んでしまうと、後ろにくっついている敵のいい的だ。補足されないように、ジグザグと飛んでいるのだけど、雲になかなか近付けれなかった。
《ーーごめん》
ソラさんの声が聞こえたと思ったら、後方で爆発が起こり、コックピット内が一瞬、眩い光に染まった。




