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第11-1話 クマと戦おう

 このシリアスな雰囲気に合わない効果音がハーディの口から出てきた。その本人は手をバンザイして頭の上の輪をピカピカと光らせている。


「おめでとう! 『獣族を一体討伐』を達成したよ! ボーナスとして、特定の条件下で身体能力が向上する能力が付与されるよ!」

「はあ……?」


 割と真面目モードになっていたのに俺は気の抜けた声を漏らしてしまう。この熊を倒したことにより、何だかややこしそうなボーナスがもらえるようだ。とりあえず俺は剣を鞘に戻した。


「これもラピス様を呼ばないといけないの」

「俺も呼ぶー」


 二人がそう言って沢に沿うように開けられた青い空に向かってあの偽死神を呼ぼうとした。が、その時俺はハッと気づく。

 前回、街であいつを呼んだ時と違い、今はハルバさんがすぐそこに居る。俺の境遇はもう話してあるが、急にあいつが目の前に現れて混乱されないだろうか。そもそも、こんな真面目な方とあんないい加減な奴を出会わせて良いはずがない。


「ちょ――」

「ラピス様ー」「ラピス様ー」


 俺は止めようとしたが間に合わなかった。一呼吸置いて、


「はいはーい」


 また突然毎度お馴染みの真っ黒な格好で俺達の目の前に偽死神が現れる。会うのはまだ三回目だが、こいつはこれ以外の服は持っていないのだろうか。


「こんにちはー。おや、立派になられましたねリュートさん。そちらはハルバさん、ですかね? この二人からお話を聞いていますよー。リュートさんのお友達になって下さったようですね」


 二人は俺といつも一緒に居るはずなのに、いつの間にそんな報告をしたんだ。完全にこいつが俺の保護者ポジションになっている。


「あ、ああ……。キミがリュート君をこの世界に飛ばしたっていう偽死神かい?」


 ハルバさん! 俺がこいつを偽死神って呼んでいるのがバレてしまうじゃないですか! 確かにこいつの説明をする時に俺は胡散臭そうな偽死神としか説明していませんでしたけど!


「偽死神……?」

「リュートがラピス様のことを説明する時にそう呼んでたんだよ」

「ふむ? 偽死神ですか……」


 ガーディがトドメの告げ口をした。何か考えている様子だが俺を消す算段でもしているのかもしれない。ここは芸術点の高い土下座を披露したい所だが、ハルバさんが居る手前それは出来ない。


「死神の連中とは何の関係もないつもりですが、不思議ですねえ。まあ、僕のことは置いておきましょう。ささっと能力を与えますね」


 ラピスは大して気にも留めず、そんなことより早く帰りたいのか、パチンッと指を鳴らした。仄かに俺の身体が光ったがすぐにそれは消える。


「ではでは僕も忙しいのでこれで失礼しますね。能力の説明はガーディに任せます」

「はーい」


 さっさと自分の仕事を終わらせてラピスは瞬きの間に姿を消した。相変わらずマイペースな奴である。


「仕方ねえからリュートに教えてやろう。今回与えられた能力は、『倒した種族と同種族と戦う時に身体能力が上がる』ってものだ。今回なら『獣族と戦う時に身体能力が上がる』というわけ」

「はあ、なるほど……」


 ガーディが言いつけ通り今回のボーナスについて説明してくれているが、わかったようなわからないような状態だ。


「なんだか凄い能力だね。それはどれぐらい強くなるんだい?」


 ハルバさんが訳のわからない能力に食いついた。確かにそれも気になるところである。


「んー、このクマ相手なら互角ぐらいには戦えるんじゃないか? まあ、試しにあそこにもクマがいるし倒してこいよ」

「えっ?」


 ガーディが指差した上流の方にまた熊が居た。いや、あれは熊なのだろうか。もう熊のような化け物にしか見えないほどの巨体である。


「あれは――、このレージベアの成体だ。こいつの親かもしれないな。リュート君、やれるかい?」

「えっ?」


 いやいや、ハルバさん。あれはどう見ても俺なんかがどうこう出来るものではないでしょう。いつも通り凄く真面目な顔をしていらっしゃるけど、さっきの偽死神やこのウサギ達のペースに巻き込まれてしまったんですか。


「いえ、逃げた方が――」

「グアアアア!」


 俺が敵前逃亡を申し出ようとハルバさんの方に視線を移したその時、レージベアとやらが唸り声を上げて突進してきた。それはとても速く、また視線をその巨大な獣に戻した時にはもう眼前まで迫っていた。

 死んだな俺。小型トラックほどの体格をしたそれの体当たりを喰らったらそりゃ死ぬさ。

 そう死を覚悟した俺であったが、レージベアと衝突する直前、視界に赤みが掛かる。そして、衝突すると地面をいくらか擦ったが吹っ飛ばされることはなかった。あれ? 意外と軽い……?


「す、凄いじゃないかリュート君! レージベアを受け止めるだなんて!」


 がっぷり四つに組みあっていると、レージベアが大きな口を開けてその鋭い牙を俺に向ける。俺は反射的にレージベアを山側へと投げ飛ばしていた。

 ぶつかった細い木は音を立てて容易く折れてしまう。起き上がったレージベアはそのままヨロヨロと山の斜面を登ろうとする。


「――逃がしてはダメだ!」


 ハルバさんのその叫びに反応して俺は剣を抜いてレージベアの背中に一瞬で迫った。その勢いを利用して、レージベアの背中に飛び乗り首元に剣を突き刺す。すると、暴れて抵抗を試みたレージベアであったが、徐々にその力が弱くなりそのまま息絶えたようだ。

 俺は剣を抜くとフラついて尻餅をついてしまう。そこにハルバさんが駆け寄って来てくれる。


「大丈夫かい。ほら、手を」

「あ、ありがとうございます……」


 俺は差し出された手を握って立ち上がる。視界がクリアになり、いつもの自分の身体に戻ったような感覚を味わい不思議な気分であった。

 ハルバさんに支えられながら、またウサギ達が居る沢の近くに戻る。


「リュート強かったねー」

「まあ、ラピス様の能力のおかげだけどな」

「えっと……、今のが……?」


 二人に訊ねると、どちらもウンウンと頷いた。


「眼も赤くなってたしちゃんと能力が発動していたぞ」

「リュートも私達と半分だけお揃いだねー」

「あ、なるほど……」


 視界に赤みがかかったのはそういう訳か。自分にも他の人にも能力が発動しているかよくわかる仕組みのようだ。半分だけお揃いというのはこの二人は片目ずつ赤色だからという意味だろう。


「これは新人兵士なら五人ぐらいが束になって掛からないと倒せないサイズだ。すごいよ、リュート君」

「あ、え、えへへ、ありがとうございます」


 ハルバさんに褒められてしまった。すごく嬉しい。


「これでレージベアの群れを駆除してくれって依頼があってもリュート君がいれば安心だな」

「うっ……、そ、そうですね、ははは」


 身体能力が強化されているとはいえ戦うのは恐い。そのうち慣れるかもだが慣れて良いものなのかは考えものだ。

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