第10-2話
カニ探しに夢中になっているガーディの後をついて行くこと五分ほど。少し離れた前方で服が濡れるのを気にも留めず、ガーディは一生懸命に水の中にある石ころを持ち上げては目を凝らしている。しかし、そろそろ昼食の準備が出来てる頃かもしれないので戻らなければ。
「ガーディ、もうみんなの所に戻らないと」
「えー! まだカニ見つけてないのにー」
「早く戻らないとご飯なくなるかもよ」
その言葉に反応して少し唸った後に、わかったとのお声。食べ物のことを出せば言うことを聞いてくれるので扱いやすいと言えば扱いやすいのか。その辺りは普通の子供と変わらないな、と口元が緩んでしまう。
不意に、肩を叩かれた。
「ああ、ハーディ。もう戻るから――」
振り向くとそこに白い女の子はおらず、黒い物体がいた。
二本足で立っていて俺と同じぐらいの身長だが横幅が全然違う。手に鋭い爪や暖かそうな黒い毛皮を着ていたりと全然違う。しかもそれは自前の物だろう。
クマだ。いや、〝クマ〟なんて可愛いものじゃない、〝熊〟だ。
「う、うわっ!」
思わず驚きの声を出して後ろに飛び退いてしまう。沢の中に入ってしまい、靴を濡らして水が中に入ってくるがそれどころではない。熊が目の前にいるのだ。
俺の声に向こうも驚いたのか、両手をあげて威嚇のポーズをとり、口を大きく開けて恐ろしく鋭い牙を四本見せながらお怒りのご様子。
お決まりのものとして死んだフリを思いついたが、それで許してもらえる気は全くしない。俺は昨日支給された両刃の剣を鞘から抜き、両手で持ちながら切っ先を熊に向ける。
前方には今にも襲ってきそうな巨体の熊。左に視線だけ送るとガーディが諦めきれないのか、沢の中を覗き込んでカニを探している。同じく右に視線を送るとハーディが両手に小さなカニを持って空に掲げている。一方はムムッと険しい表情、もう一方はニコニコと笑顔。お前達、この状況に少しでもいいから関心を持ってくれ。
「グアッ!」
熊はというと俺に敵対心むき出しだ。前足で俺の頭をなぎ払うかのように振ったが、俺は少し後ろへ下がってかわす。剣を向けられているので距離感を掴めていないのだろう。
俺は反撃とばかりに熊の身体目掛けて剣を振り下ろした。が、たくましい肉体により容易く弾かれた。熊はダメージがないどころかさらにお怒りになられたようで先ほどより距離を詰めて俺に襲いかかってくる。剣が効かないのはわかっていたさ。だってこいつ体格が凄いんだもの。
「あー! クマだー!」
「何でそんな奴と遊んでいるんだ?」
やっと二人が俺の危機に気づいてくれたが焦燥感がまるで感じれない。俺は藁にもすがる思いで、
「ハーディ! ガーディ! 助けて……!」
小さな子供の姿をした二人に助けを求めた。
「んー? 私達は何も出来ないよ」
「ラピス様にボーナス以外で助けたらいけないって言われてるしな」
あの偽死神め、俺の必死の願いを踏みにじるような言いつけをしやがって。
この二人は俺の監視兼ボーナスをくれる兼俺をワガママで振り回すのが仕事であとは何もしないらしい。なんというお役所仕事なのだ。サービス残業に明け暮れる方々を見習ってもらいたい。
「ガーッ!」
熊の攻撃が激しくなってきた。このままでは確実にあの前足に骨を砕かれて食べられるか、首を吹っ飛ばされて食べられるかのどちらかだ。
俺は背を向けて逃げ出したい気持ちを抑えて剣を突き出して間合いを保つ。すると、
「リュート君! 大丈夫かい!」
ハルバさんが下流から駆けて来てくれた。
「大丈夫じゃありません!」
俺は素直に叫んだ。
もう一杯一杯の俺を助けに来てくれたハルバさんは駆けつけた勢いそのままに剣を抜き、熊に鮮やかな一太刀を入れた。それにより熊は前のめりに倒れて動かなくなる。すげえやハルバさん。
「ダメじゃないか、勝手に隊を離れたら。三人が沢に降りるのを見ていた兵士がいたから俺が駆けつけれたけど、危ないところだったんだよ?」
「す、すみません……」
剣を鞘に収めるハルバさんに優しく叱られてしまう。
ここに行こうと言い出したのはこの白と黒の二人だが、判断したのは俺だ。俺は俯き猛省する。
「まあ、三人とも無事なようで良かったよ。これからは集団行動を心がけて勝手に危険な所に行かないようにね」
「はい……。気をつけます……」
注意されてしまい申し訳ないという気持ちしかない。前の世界で教師に怒られた時は頭ごなしにただ言い立てられるだけで俺もイライラしていたが、ハルバさんは俺のことを考えてくれての物言いなので、俺は反省せざるを得なかった。
「さてと……。こいつはレージベアの子供のようだね。まだ生きているようだからリュート君が楽にしてあげてくれ」
「えっ? 俺が……、殺すんですか……?」
こいつが子供ということにも驚いたが、俺がこの熊にトドメを刺せという意の言葉をもらったことに戸惑ってしまう。
「そうだ。キミも兵士になったのだし、時にはこうして命を奪わなければならない。このレージベアは魔物の一種で、大人になると今の倍以上の体躯になる。今ここで仕留めておかないと後々村の人達や行商の人達を襲うかもしれない。キミが元居た世界ではどうだったかはわからないけど、この世界ではそういった命のやり取りが行われる。これは人が生活をする上で仕方のない、と言えば乱暴になってしまうが民を守るのが俺達の仕事だ。リュート君も体験して命というのものを間近に感じて欲しい」
「……わかりました」
前の世界でも里に降りた熊を銃で駆除したなんてニュースはよく耳にした。熊に限らず畑を荒らす鹿や猪もその対象であった。俺には関係のない世界のことだと思っていたが、いざ俺がそれを行うとなると魔物と言えど躊躇いが生じる。しかし、結局は誰かがやらなくてはいけないのだ。
俺は意を決して剣の切っ先をうつ伏せで倒れている熊の首辺りに向けて、一気に突き立てた。剣が肉に入る嫌な感触が手に伝わる。
その時、それが起こった。
「パンパカパーン!」




