第9-1話 兵士になろう
第9話は3部構成なので19時と21時にも投稿します。
目を開けると、薄ぼんやりと白いはずの天井が見えた。耳をすませると二つの静かな寝息が聞こえる。身体を起こして寝ぼけ眼をハッキリとさせる。部屋には暗闇の中に薄っすらと青みがかかった色があった。
まだ日の出の直前ぐらいか。それにしては、よく寝れた気がする。まあ、昨日あれだけ走ったのだからその疲れもあって深い眠りにつけたのだろう。
しかし、一日の始まりがこんなに清々しいのは生まれて初めてかもしれない。懐が潤ったので、しばらくの間は不自由なく生活できるという気持ちもあるだろう。だが、一番大きいのは昨日、友達という存在を得て、その友達と楽しい時間を過ごせたからかもしれない。
クルジュは皇帝の職務を果たそうとしている時は厳かな雰囲気だが、普段は真逆でとても気さくで話しやすい奴だ。
ハルバさんも年上のお兄さんという感じで、真面目だがそれにこだわり過ぎない柔軟さを持っており、こちらも話しやすい人だ。
まだ会って間もないが、二人は皇帝と兵士という間柄だがお互い気が置けない存在であることが見て取れた。俺もその中に入れてもらうことで笑い合うことができたのだ。
靴を履いて立ち上がり、物音を立てないようにゆっくりと扉を開けて外に出た。昼間にはない涼やかな空気を鼻から吸い込むと、頭の中まで行き渡るような爽やかさを感じ、二酸化炭素が多めな空気を口から吐き出して、肺の中を新鮮な空気で満たす。普段、無意識にしていることを意識的にするとこうも違うのか、と思うほど心がより安らぐのがわかる。
街を見下ろすと、大きな噴水広場や通りに人影はほとんどないが、食材を扱っている市場はそうではないようだ。飲食店を営む人達だろうか、昼の営業に向けて買い物をする大勢の人の姿が確認できる。こんな朝早くでも街は生きてるのか、と感心してしまう。
俺がこんな気持ちになるなんてな。少し自嘲的に笑みがこぼれる。
さて、まだ時間も早いしもう一眠りするとしようかな。次に目が覚めたときには暖かい太陽が俺を迎えてくれるだろう。
『起きろー!』
「げぼうあ!」
迎えてくれたのは鉄槌のように振り下ろされた小さな拳だった。強制的に目覚めさせられてしまう。
「やったー! 起きたー!」
「やったな、ハーディ! げぼうあ! は新記録だぞ!」
ベッドの脇で大喜びしている二人の子供。一体、何をもって新記録かはわからないが、そのうち俺は寝ている最中に殺されてしまうのはわかる。きっとうつ伏せで寝ても背骨を折られるだけで起こる事象は変わらないだろう。しかし、昨日という日を乗り越えた俺は、それを阻止する勇気を持ち合わせていた。
「ハーディ、ガーディ」
「なーに?」「なんだよ」
「次やったら、美味しい料理もデザートもなしだ。ピーマンだけ食べてもらう」
「えー! ごめんなさい、もうしないからー!」
「俺らが悪かったから許してくれよー」
勝った。ひと回りもふた回りも成長した俺にかかれば容易いものであった。
「次からは水でもかける?」
「火を着けるのもいいかもな」
「…………」
ごにょごにょと背を向けて相談しているが聞こえているぞ、ウサギ達。
身支度を終えて外に出ると、太陽の光に照らされて、景色は本来の色を取り戻していた。街も賑やかになっているのが目と耳でわかる。
俺は街を見下ろす位置にある段々畑のような場所に建っている平屋を一軒借りていた。ここは城の兵士が共同で住む家なのだが、ハーディとガーディがいるので三人一セットということで空いていた家を独占することができた。成長したとは言え、いきなり見知らぬ屈強な男達に囲まれて生活するのは抵抗があったので、クルジュの計らいに感謝しよう。
しかし、今日から俺も兵士生活。どんな苦行をさせられるのかと身震いする。クルジュはこの国のことを知れるし、この世界のことも知れるだろう、と言っていた。危険な目にも遭う可能性もあるがな、と小声で付け加えていたのが不安で仕方がない。まあ、生きるのに不可欠なお金というものをたくさんもらってしまったので逃げることもできない。まずは城に行ってみるか。
坂道を登るとすぐに城の敷地に着いた。徒歩二分という通勤時間としては好条件な職場である。
アーチをくぐると、昨日広場にあった大きなひな壇は片付けられていて、ただの広場になっていた。城の中に入るための大きな扉の前には番兵が二人立っている。俺が近寄ると特に身構える様子もなく、見た目が若い方の兵士が屈託のない笑顔で声を掛けてきた。
「おはようございまーす! どういったご用件でしょうか?」
なんだろう、悪い人ではなさそうだが、すごく言葉が軽い。まあ、一般市民に余計な緊張を与えない兵士、と前向きに考えるなら問題ないのかな。
「え、えっと、今日からこの城の兵士として働かせてもらいます、リュート……、です」
「あーあー、聞いてます聞いてます! リュート君ね! 俺は、リーエン! よろしく!」
「あっ、はい。よ、よろしくお願いします」
そう名乗った赤髪の兵士は、右手に持っていた槍を左手に持ち替えてから握手を求めてきたので、俺は両手でそれに応えた。細身で身長は俺より少し低いが、歳は俺より少し上ぐらい。赤い瞳は濁りがなく、輝いているようにも見える。しかし、雰囲気や言葉がいちいち軽いのが気になる。見覚えがあるなと思えば、昨日の大会で参加費を回収していたノリの軽い兵士の人だ。
「いやー、後輩が増えて嬉しいよ。恐い先輩もいるけど俺みたいに優しい先輩もいるから、そう緊張しないで気楽にやってくれ!」
「は、はあ……」
「後ろにいる使い魔のお二人さんもよろしくな!」
「よろしくー!」「おう」
悪い人ではない。悪い人では。
「おい、リーエン。そんな所でベラベラと喋ってないで新人の案内をしてやれ」
もう一人の歴戦の兵士みたいなごつい番兵が低い声で言った。こちらが先ほど紹介があった恐い先輩だろうか。
「はーい。今日は一日俺がキミと同行することになっているんだ。正確に言うと、キミが俺に同行かな? まあ、どっちでもいいや! ついておいで」
「は、はい!」
そんなこんなで今日はリーエンさんに同行して、兵士の仕事を体験することになった。




