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第8-2話

 皇帝やその後ろに控えていた兵士がぽかーんとしている。ウサギの二羽もこちらを向いて同じような顔をしている気がする。

 静寂が訪れた場に、鳥のさえずりと風に吹かれる木々の音だけがやってくる。その豊かな自然が生み出した音をかき消したのは、


「あーはっはっは! こりゃ良い! アンケートを取られてこの世界に? 十キロメートル移動するごとに金がもらえるというのも面白い! 転移能力なんてものがあれば、先ほどの騒動が起こっても不思議じゃない! リュートは実に愉快な奴だな!」


 皇帝は腹を抱えるように大笑いしている。とんだ妄想癖野郎と思われたに違いない。今まで誰にも注目されずに生きてきたというのに、頭がおかしい奴のレッテルを貼られてしまうのだ。俺も一緒になって大笑いしたい気分である。


「まあ、座ってくれ、リュート。その話をじっくり俺に教えてくれないか? ますます興味が湧いたぞ」

「えっ? は、はい……」


 こんな妄想話と思われても仕方ない話を聞きたいのか。皇帝はそんなに暇なのか。

 改めて話し始める前はそう思っていた。

 しかし、そうではなく、皇帝は俺の話を真剣に聞いてくれて本当の話として時々質問や感嘆の声を上げたりしていた。あまりに親身になって聞いてくれるので、俺も元の世界での生活など色々なことを話してしまう。


「ふむ……、そんな便利な世界に居ながら何故、身投げをしようと思ったのだ?」

「そ、それは……」


 偽死神にも同じようなことを聞かれた。そのときは適当にはぐらかしたが、もう全部素直に言ってしまおう。楽になろう。


「お、俺……。一人で生きて行く自信がなかったんです……。いや、一人で生きるのが辛くなったんです。俺は友達がいなくて、誰からも相手されることがありませんでした……。まるで空気のように、居ても居なくても誰からも認識されない存在でした……。みんなが楽しそうに笑っているのをただ見ることしかできなかった。俺にとっては見せつけられているかのような気分でした。そんな辛い毎日を生きててもただそれを繰り返すだけ。だから逃げ出そうと思って飛び降りたんです……」


 皇帝がわずかに頷いたように見えた。


「リュートはその毎日を変えようと努力はしたのか?」

「ど、努力ですか……?」


 今までの人生を思い出す。小さい頃から引っ込み思案で、自発的に何かをやろうとしたこともなかった。でも、俺にはどうしようもなかったんだ。どうすれば良いのかわからなかったんだ。


「…………」

「ふむ……」


 無言の俺に皇帝が静かに相槌をうつ。そこから数秒だけまた静寂に戻ると、


「よし、わかった!」


 またもや皇帝の一声にかき消されてしまう。


「リュートよ、俺と友になろうじゃないか」


 そんな唐突な提案をされる。


「えっ? ど、どういう……」


 俺が困惑していると、皇帝は立ち上がって俺の隣に来ると右手を差し伸べた。


「俺が友になってやろうというのだ。俺の見る限りだが、リュートは己の自信の無さが窺える。俺と友になれるなんてすごいことだぞ。なんと言ってもこの国の皇帝だからな! そんなすごい奴と友のお前もすごいのだ。お前の自信無さ気な喋りを、もうする必要はない。堂々とするが良い。俺はお前と友なのだ!」


 よくわからない理論を繰り広げられて、俺はさらに困惑する。

 しかし、悪い気分ではない。今までに感じたことない気持ちだ。それを俺はどうすれば良いのかわからないが、目の前に差し出された手を取りたいと思った。

 俺の気持ちを聞いてくれた奴が友達になろうと差し出した手だ。

 それを断る理由は俺にはなかった。


「よ、よろしくお願いします……。皇帝陛下……」


 俺は右手を出すと、その手を握り立ち上がった。


「クルジュで良いぞ。あっ、そこにいるハルバ以外の兵士や大臣がいない所だけな。あいつら礼儀にうるさくてなあ」


 ハルバと呼ばれた、ずっとそばに控えていた兵士に目を遣ると会釈された。


「じゃ、じゃあ、く、クルジュ……」

「もっと自信持って言っていいぞ、リュート!」

「く、クルジュ!」

「ああ、その調子だ!」


 握り合った手に力を込めて、俺達は友になった。友達というものはどうしたら良いのかわからないが、これからクルジュと話すことにより学べるのだろうか。


「パンパカパーン!」

「えっ?」「ん?」


 熱い握手を交わしていた俺とクルジュが同時に変な効果音を出したウサギに目をやる。ハーディの天使の輪がピカピカと光っていた。


「おめでとう! 『友達の数、一人目』を達成したよ!」


 また新たな達成項目が出現した。そんなことまであるのかと半分呆れてしまう。


「ほお、先ほど言ってた達成ボーナスか! 良かったなリュート! 栄えある〝一人目〟は俺だぞ!」

「あ、ははは……」


 苦笑いしか出ない。まあ、嬉しいことだが。


「それで、ボーナスというのは何がもらえるんだ?」


 クルジュが代わりに聞いてくれた。さすが友達、俺が聞きたいことをよくわかっている。


「ボーナスとして『私達がお祝いする』よ!」

「はっ?」「ほう?」


 間抜けな声が出てしまった。それほど予想外なのだ、悪い意味で。

 二羽が浮かび上がり、俺の前に来るとしみじみとした声で、


「いやあー、良かったなリュート。こんなお前にも友達ができるなんて思いもしなかったよ。本当におめでとう」

「リュート、もうこれでぼっちじゃないね。私も嬉しいよ。おめでとう」


 そう言いながら、小さな前足で俺の肩をポンポンと叩くと、机の上に戻って前足を上下させてバンザイをしている。やめろ、ものすごく悲しい気持ちになる。



 謎のボーナスも終わったところで、クルジュが提案する。


「そうだ、ハルバ。お前も、リュートと友達になれば良い。また、何か起こるかもしれんぞ?」


 笑いながら、長身で黒髪の兵士にそう言うと、兵士は軽くため息をついてから俺に歩み寄ってきた。


「リュート君、よろしくな。俺は、ハルバ。クルジュは自信家なところがあってめんどくさいところもあるが、まあ、悪いやつではないんだ。俺共々よろしくしてやってくれ」

「よ、よろしくお願いします」


 差し出された右手に俺も応じてしっかりと握手を交わす。


「なんだそれは! 俺は皇帝としてしっかりやってるんだぞ! 皆の前で威厳を保つのがどれだけ大変か……」

「普段からしっかりしていないから、いざという時に疲れるんだよ」

「ふん、ずっと気を張ってたら息が詰まって死んでしまう」


 二人のそんなやりとりをしているのを見てると、自然と顔がほころび息を吹き出してしまう。


「あっ! リュート、今笑ったな! お前は知らないだろうけど皇帝は本当に大変なんだぞ! どうだ、一日ぐらい代わって俺の大変さを味わってみないか?」

「ふふ、い、いや、遠慮しておくよ」

「また戯言を……。皇帝がこんなのだと知ったら国民は悲しむぞ?」

「だから普段はしっかりやってるだろ!」


 その言葉にハルバさんも吹き出してしまい、声を上げて笑う。それに釣られて俺も笑ってしまう。クルジュは自分の普段の苦労を一生懸命話している。ああ、なんかすごく居心地が良い。こんなに幸福感を味わえることなんてあったんだ。


「時に、リュート」

「えっ、何?」


 急に真顔に戻ったかと思うと、クルジュが俺に青い瞳を向けてきた。


「お前の今大会で起こした不正騒動なのだが……」


 すっかり忘れていた。できれば、千リラをもらいたいところだが、どうなるんだ。俺は固唾を呑んでクルジュの次の言葉を待った。


「たしかに、ルールでは乗り物の使用は禁止しているが、転移の使用は禁止していない。それにゴール目標は青い札とリンゴを持ってくること、と設定していた。お前はそれも満たしている」


 それでそれで、と俺は無言で目を見開いていく。


「よって、お前に特別優勝の褒賞として千リラを進呈する」

「――やったあああああああ!」


 俺は、両手を高々と挙げて喜びの声を叫んだ。ハーディ、ガーディ、見てるか。お前達に美味しい料理を食べさせてやることができるぞ。俺はこれでまた土下座しなくて済むことに安堵した。


「うるさい奴だ……。まあ、聞け。言ったように〝特別〟優勝だ。俺の慈悲と共に一つ条件がある」

「えっ? 条件……?」


 なんだろう。このウサギ二羽を差し出せというなら喜んで差し出すが。


「期間は設けないが、しばらくこの城で兵士の職に就くのだ」

「えっ……? 俺が、兵士……?」

「そうだ。それを了承してくれるなら千リラを今すぐにでも進呈しよう」


 なんだか思いもしなかった条件を付けられてしまった。

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