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志筑

-弘化4年頃 初夏の話-


鈴木琴は、庭先に天日てんぴ干ししている布団ふとんを、気のない様子でパタパタと叩いていた。


サツキの垣根かきねで申し訳程度に仕切られた庭からは、玄関げんかん先で、家人がなにやら薄汚うすぎたないなりの年老いた商人と話し込んでいるのが見える。

二人はこちらに背を向けてヒソヒソと小声で話しながら、ときおり伏し目がちに琴の方を振り返った。


琴は、二人の視線に気づいていないかのように、垣根かきね越しに見える筑波山つくばさんを、やはり気のない様子でぼんやりながめていたが、やおら手に持っていた木刀をビュッと背後に向けて横なぎに振り払った。


「うわっ…」

彼女の後ろで、頭をかばうように両手を交差させた少年が叫んだ。

「ちょっと!危ないだろ」

まだ前髪まえがみもとれていない少年は、切れ長の涼やかな眼を見開き、その美しい顔を紅潮こうちょうさせた。


「これ」

琴は、手にした木刀を少年の鼻先はなさきに突きつけると、

「もってかなくていいの?」

無愛想ぶあいそう)な調子でたずねた。

「そんなの、むこうにだってあるさ。宮本武蔵じゃあるまいし、別に山篭やまごもりにいくわけじゃないんだ」

少年は、小馬鹿こばかにしたように鼻を鳴らすと、親指で背後を指差した。

「そんなことより。さっきから玄関げんかんで桜井の伯母上おばうえと話しこんでるじいさん。あれ誰?」

「さぁ。どっちにしても、あなたには関係ないわ。用があるのはわたしみたいだし」

「琴に?お前みたいな子供に、なんの用さ?」

「知らない」

琴は、なくこたえて、しばらく間を置くと、急に思い出したように続けた。

「それより、明日水戸に発つんでしょ?仕度したくは済んだの?」


玄関げんかんの方に向き直って肩を並べた二人の姿は、背格好せかっこうから顔立ちまで、全てがうりふたつだった。


仕度したくったって。志筑しづきの家から持ち出したものはあらかた売っちゃったろ?勉強なんてさ、身体ひとつあれば出来るんだ」

自分に言い聞かせるように、そう言って形の良い口元を引き結んだ弟の横顔を、琴はしばらく黙って見つめていた.

彼女は、やがて眼をそらして小さくつぶやいた。

「ごめんね。大蔵おおくら…」


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