第24話 元第三部隊
少し進むと騎士団の詰所が見えた。こじんまりと作られた建物の入り口に、王都騎士団の腕章をつけた者が二人、鎧も身に着けていない、いかにも臨時動員の姿。もともとこの街に犯罪が少ないということもあってだろうが、あまりにも軽装だ。
ラズはイオリに目配せした。
「イオリ。俺の影に入ってろ」
「はい?」
「バレないでいられたら森の探索は明日に回して、今日は泊まりにしよう」
「了解しました! イオリ、全力で隠れさせてもらいます!」
飛び込むように影に入るが、暫くしても気配が消えない。
「イオリ、いいのか?」
「もちろんです!」
こりゃダメか、とは口に出さずに詰所に近付くと、騎士が気付いてこちらを見た。
すぐにその目が見開かれる。
「た、たい……」
男は驚きをかみ殺してから、そっとラズの耳元でささやく。
「隊長、なにしてるんですかこんなところで。ダメですよ、そんな堂々としてたら」
「なんでだ?」
「騎士団の中でだけですけど、指名手配されてるんですから」
「追われることをした覚えはないんだが」
言いながらラズはフードを深く被って、詰所に寄りかかる。
部下は嬉しいのか戸惑っているのか、或いは呆れているのか。ため息を漏らしてから、見張りを続けるように通行人に目を向けた。
その背にラズは声を掛ける。
「そういえば俺は横領で追放されたんだったか? なら、指名手配されてもしょうがない」
「ご冗談を」
「冗談だと思ってくれてるか?」
「当たり前です。隊長が横領したなんて誰も思っていませんよ。……みんなわかってます。副団長のブルーノと、それと」
部下がわずかに言い淀む。
代わりに口を開いたのはラズだ。
「団長が俺を嵌めたんだろ?」
「……気付いていたんですか?」
「追放を言い渡された場に団長がいたからな。見て見ぬ振りをしてどこかに行ったが」
それを聞き、心苦しそうにしながらも、部下が口を開く。
「今の騎士団は無茶苦茶です。団長とブルーノが完全に騎士団を私物化して、反発した騎士達は地方へ飛ばされ検問係。命令を聞く奴だけが王都に残って民をいじめて……。あの頃の見る影もありません」
「第三部隊はどうなった?」
「解体ですよ、みんな散らされました。連絡は取り合っていますが、各地で雑務をやらされてばかりです」
「レイは」
「レイ副隊長は……。新しい団員を充てられて第三部隊の隊長をやってます」
その言葉に、ラズが首を捻る。
「レイが部隊長? うまくやってるのか?」
「どうでしょうか。オレがこっちに飛ばされてからの事なので」
部下が悔しそうに歯を食いしばる。
「隊長、気を付けてください。見つけたら絶対に生け捕りにしろと命令が出ています」
「ブルーノからか?」
「はい」
やっぱりな、とラズはため息を漏らす。
「最近のアイツはおかしいんですよ。失った腕のことを気遣うと、何が嫌なのか怒りだして、相手が気絶するまで殴り続けて。隊長の名前を口にしたら血眼になって斬りかかって来ます。いったいなにしたんですか?」
「腕を斬った」
即答したラズに、思わず部下が振り返り、目を丸くする。
「ど、どういうことですか? 腕を斬ったって」
「逃げるのに邪魔だったからな。それに、横領だって追放されて、腹が立ってた」
「いや、腕を斬った理由じゃなくて……。えっ? じゃあ、まさか。大広場で王女の偽者と一緒にいたのって」
「俺だよ」
ぽつりと零された言葉に、周囲の音が遠くなる。
部下は口を開けたまま前を向き、再び振り返った時も口は空いたままだった。
「っ」
「落ち着け。騒ぎになるぞ」
発しかけた言葉が、ラズの一言で停止する。
そして部下は、大きく息を吸い込み、吐いてから、横目で影を見た。
「まさかいま隊長の影に隠れてるのって」
「それは違う。イオリ」
影からイオリが目までを出して、ラズを見上げる。
「バレちゃいました?」
「たぶん初めからバレてたぞ。な?」
「は、はい。そう、ですよね。さすがにそんなお粗末に隠れてないですよね」
「ひどいっ! 師匠、この人ひどいですよ!」
「もう暫く隠れててくれ」
「はい! バレたのは残念ですけど、わかりました!」
イオリはすぐに顔を引っ込める。
安心したのか、部下はほっと胸をなでおろした。
「俺もそこまでバカじゃない」
「正気か疑いましたが、よかったですよ。……いや、偽物と一緒にいるってことも正気か疑いますけど」
「本物だよ、俺といる方は」
胸を撫でおろしたばかりの部下の胸が、再び緊張で持ち上がる。
「本物の第一王女だ」
「隊長。いくらなんでも」
「お前だっておかしいと思ってるだろ? 今のアルゲンティア王国を見て」
ラズの言葉に、視線が下に落ちる。
「いや、でも、それは。いくらなんでも」
「別に信じろとは言わない。けど、俺はアリスといる。それだけだ」
「隊長!」
大声に、行き交う人々の視線がこちらに向いた。
「す、すいません。お騒がせして。お気になさらず」
部下が慌てて頭を下げてやり過ごす。
二人の間に沈黙が流れ、暫くしてから口を開いた。
「隊長。本物の第一王女というのは……。本当、なんですよね?」
「ああ。だからブルーノの腕を斬って逃げた。だからアリスを狙う暗部の人間を殺してる」
振り返る部下に、ラズは暗部が身に着けていた仮面を見せ、その紋章を見せる。
部下はそれを見て、うなだれる様に頷いてから口を開いた。
「……王が代わってからこの国はおかしくなりました。王族が騎士団を追い詰め、騎士が民を取り締まり、民は怯えて家から出てこない。検問される商人はもはや我々を敵視しています。挙句の果てには暗殺部隊が反抗的な民を殺して回ってる。まるで悪夢を見ているようですよ」
悔しそうに握られた拳は、微かに震える。
「オレは、この国のことが好きだから、みんなを守りたいから騎士になったんです。こんな国に仕えることも、こんなことをするのも、本当は嫌なんです」
王都騎士団の腕章に、そっと手が添えられる。
「もし隊長が本物といたとして。もしこの国を変えようとしているのなら……。隊長、オレに出来ることならなんでもします。命に代えてもその道を切り開いて見せます。隊長の下で剣を振るっていた時のように」
振り返り、こちらを見上げる瞳に、懐かしさを感じる。
ラズは口元を緩め、部下の肩をそっと叩いた。
「もう暫くしたら動きがある。その時にまたお前の気が代わってなければ」
「変わりませんよ。隊長は、今でもオレの隊長ですから」
即答だった。
考えてから発言しろと注意するつもりが、声音に込められた熱意に言葉を引っ込める。
「まだしばらくは暇かも知れないが」
「爪を研いで待っときます」
「頼もしいよ。……それじゃ、長居は危険だからな」
「隊長、御武運を」
軽く手を挙げて返事を終えて、ラズはその場を後にした。
暫く歩いて人影が少ないところまで進むと、イオリが出て来る。
「くぅ~、ギリギリでバレてしまいました! 残念ですが今日のお泊りはなしで森に」
「いや、泊まって行こう」
「へっ?」
「美味いもんを腹いっぱい喰って早めに休むぞ。出発は夜明け前だ」
言いながら先に歩き出すラズに。
「えっ、えっ!? いいんですか!? 意外です! 師匠ってこういうのめちゃくちゃ厳しいイメージだったのに!? なにかいいことでもあったんですか!?」
問いに、ラズは微笑みながら振り返る。
「いや、なにも」
「嘘だ! 師匠、嘘ついてますね! なんです? なにがあったんですか!?」
「それに答えるか、晩飯をイオリが決めるか。どっちがいい?」
「今日はお肉にしましょう! 家畜のお肉はバステリオンじゃなかなか食べられないんですよ! 魔物のお肉は筋が多いし硬いしでこりごりです! イオリは脂身を求めているのです!」
走り出すイオリに、ラズはゆっくりと付いて行く。
ふと、ラズは詰所の方を見る。
「ちょっと師匠! 早くしないとお肉がなくなっちゃいます!」
下を見ると、素早く戻って来ていた手を引くイオリ。
「肉は逃げない。あと、その師匠って言うの止めろ。むず痒い」
「じゃあ走ってお肉を追いかけるのと、師匠って呼ばれるの。どっちがいいですか?」
お返しだと言わんばかりの問いかけに。
「甘いなイオリ。こういう時、俺は意外に走れる男だ」
「あっ! ちょっと、ししょ……。でもあなた様は指名手配されてるじゃないですか! 名前で呼べないですよ!」
「それを大声で言うな」
二人は肩を並べ、暫く街を散策してから飯屋に入っていくのであった。




