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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第1話 騎士団からの追放

 王都騎士団本部の中庭は静まり返っていた。


 数百の騎士が背筋を伸ばして整列し、前に立つ一人の背中を見つめている。


 第三部隊長のラズ・グレイヴナイト。


 彼は一人、隊列の前に出され、立たされていた。


 その正面には王都騎士団の副団長、ブルーノ。太い首、鎧の上からでも分かる肩幅。短く刈った髪と獣のような目で、ラズを睨みつけている。


 ブルーノの脇には細身で口元だけ薄く笑う男が一人。紙束を抱え、ブルーノの影に隠れるように立っているが、その目だけははっきりとラズを見据えている。


「第三部隊長……じゃねえな。元・第三部隊長のラズ」


 ブルーノが口を開く。低い声が中庭に響き渡る。


「本日をもって、お前を騎士団から追放する」


 ラズは表情を保ったまま、何度か瞬きを繰り返した。


 冷静に見えるが、動揺で瞳が揺れている。


「俺が、追放? ですか?」


「ああそうだ。お前は追放だ」


「理由を、伺ってもよろしいでしょうか?」


 問いかけに、ブルーノは肩を揺らして笑う。


「部下達の前で自分の罪を晒して欲しいなんざ、いい度胸してんな」


 集められた騎士たちは微かに表情を歪めているが、それでも姿勢を崩さない。


「ラズ、お前は騎士団の金を横領した」


 中庭のどこかで、笑いを噛み殺す音がする。


 ラズは怪訝さを表情に出して口を開く。


「有り得ません。俺はそんなこと」


「ありえねえのはお前の行動だろうが! 騎士の癖にだせえことしやがって! 隊長にもなってやることかバカが! 面汚しなことしやがって!」


 ブルーノの足が一歩踏み出される。


「俺は!」


 ラズは拳を握りしめた。声を荒げれば負けだと、頭で理解し言葉を止める。


 そのとき、側近がすっと前へ出た。紙束の一枚を抜き、両手で掲げる。


「こちらが会計監査の結果です。第三部隊の補給費から、不自然な流出が確認されました」


 側近の声は滑らかだった。まるで用意されていた言葉を読み上げているかのように。


「そしてこちらが処分決裁書。騎士団長殿の認印もご覧の通り」


 紙の上に押された印が淡く光る。騎士団長の印。見間違えるはずがない。


 ラズの瞳が大きく開かれ、同時に身体が微かに震えた。


 脳裏に団長の顔が浮かぶ。


 孤児だった自分を拾い上げ、剣の持ち方も礼儀も叩き込んでくれた人。叱る時は容赦がなく、褒める時は不器用に目を逸らす、育ての親のような存在。


「団長が? 俺を?」


 視線が泳ぎそうになるのを、ラズは歯を食いしばって堪えた。


 団長は、この場にいない。王子の護衛でしばらく王都を離れた、と聞かされている。だから今日、いつものように団長が現れ、ブルーノの理不尽な八つ当たりを止めてくれることはない。


 ラズは、ふと上を見た。


 中庭を囲む二階回廊。その柱の影に人影が見えた。背筋の伸びた立ち姿。あの立ち方を、ラズは知っている。


 団長だ。


 声はない。ただ、信じられないという感情で身体が震える。


 その影は、静かにラズを見下ろし続けていた。


 視線が合った、気がした。


 しかし次の瞬間、その人影はすっと柱の奥へ引いた。


「なんで、団長が」


 足先から冷えが昇って来るのを感じた。理解したくない現実が、ブルーノの荒い息遣いと共に迫って来る。


「俺は、横領などしていません」


 ラズが言うと、ブルーノは鼻で笑った。


「やってねぇ? じゃあその紙は何だ? 団長の認印まである。団長がお前の罪を認めてるってことだぞ。お前の不正を認めてるってことだぞ? それでも文句があんのか?」


 側近が、わざとらしく首を傾げる。


「もし無実だと主張されるなら説明してください。補給費が消えた理由を。帳簿は綺麗に整えられていましたが? それに、あなたの確認印もある」


 整えられていた。


 第三部隊の補給記録を触れたのは自分だけではない。会計係もいる。出入りの業者もいる。


 だが今、ここでそれを口にしたところでどうなる? 押されている確認印は確かにラズのものだ。何を言おうと言い訳にしか聞こえない。


 そもそも団長の印が押されている。この追放は決定事項だ。


 黙り込むラズを見て、ブルーノが声を張り上げた。


「そもそもお前みたいな雑魚が部隊長ってのが間違いだったんだよ」


 わざとらしく視線を左右に振る。周囲の騎士たちに同意を求めるように。


「お前じゃなくて副隊長が隊長になるべきだった、そうだろ? 光を使う、才能がある方……。レイだ。いつも手柄を立ててたのはレイだった。違うか?」


 ざわ、と空気が揺れる。小さく頷く者もいる。


 ラズは目を伏せて歯を食いしばる。


 相棒、副部隊長であるレイの顔が浮かぶ。同郷の孤児。二人は団長に拾われ、共に騎士団で剣と魔法の腕を磨いた。


 レイは光魔法に秀で、若くして幾つもの実績を積み重ねた。誰もが認める実力者だ。ラズとレイ、どちらが強いかと聞いた時、この場にいる全員がレイだと断言するだろう。


「部隊長はレイがやるべきだったんだよ」


 そんな囁きは、今に始まったことじゃない。ラズも思うところはある。


 だが、それをここで語る気はない。語ったところで、何一つ変わらない。


「それに比べてお前はどうだ? レイの後ろでちまちま隠れて逃げ回るだけ。手柄をレイに分けてもらって、今じゃ立派な隊長面。挙げ句に金まで抜いた。……救いようがねぇよな? 生きる価値すらねえかもなぁ!」


 ブルーノの言葉に、側近が小さく頷き、紙を畳んだ。


「追放は団長が決定した確定事項です。装備を返納し、敷地から退出してください」


 その瞬間まで、ラズはどこかで信じていたのかもしれない。


 扉が開く音。低く、しかし響く声でブルーノを止める団長の声。


「……俺は、やってません」


 だが、何も起きない。ただ、風が吹いて、静寂が身体を冷やす。


 団長は二階でこの現場を見ていた。


 ラズを見捨てたのだ。


 ラズはゆっくりと腰の剣に手を伸ばした。抜くためではない。返すために。


 剣を差し出す指先が、微かに震えている。


 側近が近づき、剣を受け取る。わざと手が触れるようにして、耳元で囁いた。


「残念でしたね、部隊長。いえ、元部隊長。王都は広い。どこで野垂れ死ぬか、楽しみにしていますよ」


 ラズは目だけで睨み返したが、側近は笑みを深くするだけだった。


「さっさと消えろ、騎士団の面汚し。次にオレの目に入ったら殺すからな? それをわきまえて、せいぜい暮らすんだな」


 ラズは、怒りを飲み込んで一礼だけ返した。


 そして、背を向ける。


 退場する際、第三部隊の列が視界の端に入った。部下たちは他の騎士達と同様に直立している。表情を動かすなと命じられているのか、あるいは動かせないのか。


 だが、列の端にいた若い騎士が、こらえきれずに小さく声を漏らした。


「隊長」


 感情をかみ殺したような声だった。それに引きずられるように、何人かの部下の視線がラズへ向く。


 ラズは、俯きながら立ち止まり、短く言った。


「……騎士団を頼む」


 それだけで十分だと、自分に言い聞かせるように。


「……はい」


 若い騎士が短く答える。


「早く消えろ裏切り者! 喋る許可を出した覚えはねえぞ!」


 ブルーノの怒号に背中を押され、ラズは歩き出す。


 中庭の門が開き、王都の匂いが流れ込んだ。


 一歩、外へ出る。背中に嘲笑が突き刺さる。


 二歩目で、視線を感じた。


 振り返らずともわかる。騎士団のものではない。さっきまでの嘲笑とは違う、もっと湿った視線。場所までは特定できない、しかし確かな殺意を含むものだ。


 追放されて、追われる身になったということか。


 ラズはローブのフードを深く被り、歩調を落とさずに王都の人波へ溶け込んだ。


「……このままじゃ、いられない」


 騎士団長の認印が脳裏から離れない。あの印は何だ。なぜ団長はいたのに何も言わなかった? なぜこのタイミングでレイがいない?


 考えようとした瞬間、背後の視線が増えた。二つ、三つ。距離が詰まる。


 ラズはほんの少しだけ足を速めた。


 王都の喧騒の中、彼はその視線を誘導するように裏路地へと姿を消した。

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