64.
腐敗した土の匂いと、鼻腔を焼くような強烈な酸の刺激臭が立ち込める森の最奥。
ギデオンが辿り着いたそこは、文字通りの死地であった。
視界の端には、この森の生態系の頂点に君臨していたであろう巨大な飛竜の死骸が転がっている。
鋼のような硬さを持つはずの飛竜の鱗は、無残にもドロドロに溶け落ちて原形を留めていなかった。
「ジュララアアアアアアアアアッ」
鼓膜を突き破るような咆哮とともに、山のように巨大な『南の大蛇』が鎌首をもたげる。
周囲に紫色の濃密な瘴気が撒き散らされ、触れた巨木がジューッと嫌な音を立てて一瞬で黒く炭化していった。
神話級の化物が放つ圧倒的な絶望を前にしても、ギデオンは不敵な笑みを浮かべて大剣を構える。
「図体ばかり大きくて、ずいぶんと悪臭のするトカゲだな」
ギデオンは迷うことなく地面を蹴り、巨大な大蛇へと肉薄する。
そして力任せに大剣を振りかぶり、大蛇の分厚い鱗を物理の力業で粉砕した。
「ギシャアアアアアアッ」
大蛇が苦痛の悲鳴を上げるが、砕けた傷口から濃硫酸のような毒液が勢いよく噴き出す。
それがギデオンの鎧と肌に降り注ぎ、ジューッと肉の焦げる悍ましい音が響いた。
「ぐっ」
猛烈な痛みに、ギデオンはたまらず膝から崩れ落ちそうになる。
呼吸をするだけで肺が焼け焦げるような激痛に襲われ、視界がぐらりと歪んだ。
それでも、巨大な皇帝はギリリと奥歯を噛み締め、両足で大地を踏みとどまる。
霞む脳裏によぎったのは、愛しい事務官の冷たくも美しい顔であった。
「ふん。ここで俺が倒れれば、あの女が悲しむだろうがっ」
ギデオンは血反吐を吐きながらも、決して退こうとはしない。
ミシェルが必ず血清を届けてくれると、微塵の疑いもなく信じ抜いていた。
大蛇が苛立ち、周囲の木々をなぎ倒しながら、太い丸太のような尾を横薙ぎに振り下ろしてくる。
回避すら不可能な死の一撃を、ギデオンは大剣を構えて真っ向から迎え撃った。
「早く来い、ミシェルっ。俺の命が尽きる前になっ」
凄まじい轟音と衝撃が森に木霊する。
ボロボロになりながらも、巨大な皇帝の闘志の火は決して消えることはなかった。




