043
「お兄様、とてもお綺麗です!」
「まさかまたルーファスお姉様に会えるなんて……!」
「イアン、落ち着いて。どこにもお姉様はいない」
いるのはドレスを着た僕だ。
胸の傷が治った僕を待っていたのは、いい笑顔をした母上だった。
心配し過ぎてシワが増えたと愚痴られ、ドレスをオーダーメイドで作ることを宣言された。母上のじゃない、僕のだ。
ヴィヴィアンの分と一緒に作られたのは、純白のマーメイドドレスだった。
上半身は体のラインが如実に出るタイトなシルエットで、膝上ぐらいからスカートの裾が幾重にも広がる。
僕の裾は、半透明の布が折り重なって地面で広がるのに対し、ヴィヴィアンのものは膝辺りから大きなフリルが作られて、可愛らしい印象を受けた。
今回、コサージュは髪飾りとして使用されている。
ヴィヴィアンとお揃いのドレス……。
いや、いくら僕がシスコンでも嬉しくないよ。
あと、どうしてイアンもドレスを着てるんだろうか。
青い髪に合わせた、襟が大きい水色のドレスは、とても似合っているけど。
「ボクのはスカートに見えて、ズボンですよ?」
ひらりとイアンが裾を捲ると、生地の繋がりが見える。
僕もそっちのほうが良かったな!?
どちらにしてもフリフリなのは変わらないか。
「黙って眺められるだけなのも、結構堪えるな……」
今回催された「お花畑に集まった妖精たちの会」には、観客席があった。
そこには父上の他に、アルフレッドとテディ、エリックも座っている。
辛い。
アルフレッドがいるのは、エリックのせいだった。
ちなみにテディにはアルフレッドからバレた。
陛下からつけられた、僕の護衛兼、監視役に任じられたのは、エリックだった。
使い回されてないか、エリック。
しかし母上曰く、エリックがアルフレッドにつけられたのも、僕と会える機会を作るためだったらしい。僕が寂しがっているのを聞いて、王妃様が気を使ってくださったのだという。
現実から逃げたくて、僕はそのときのことを振り返る。
「言ったでしょう? 王妃様には、目の敵にされていないって。恨まれてるのは、旦那様個人よ」
「父上がですか?」
「高等学院時代ね、あたしと王妃様、どちらが綺麗かって論争が起きたの」
「はぁ……」
何とも無用な論争だった。
系統が違うだけで、二人とも美人なんだ。
優劣なんて、好みに左右されるだろう。
「もちろん、あたしたちは隠れて批評を聞いたわ」
「聞いてたのですか」
「だって気になるじゃない。皆、悩みに悩み抜いて答えを出していたわ。陛下に至っては、答えをにごしておられたわね」
「そうするしかないでしょう」
「けれど旦那様は違ったのよ」
うふふ、と当時を思いだしているのか、母上が頬を染める。
「あたしだって即答されたの。あのときの王妃様の顔ったら……」
高等学院時代、既に父上は無表情だったらしい。
近寄りがたさは健在で、この質問にも回答はないと思われた。
ダメ元で聞いたら、まさかの即答で、それが起因となって婚約も決まったと母上は語る。
「詳しく聞けば、綺麗さならあたし、可愛さなら王妃様というのが、正しい回答でしたけどね。王妃様は、そのときのことを少し根に持っておられるだけなのよ」
しかしその「少し」が憶測を呼び、今の社交界に至る。
「王妃様も、結果としてウッドワード家の敵対勢力を煽ってしまったことを、気にしておられるわ。けど旦那様はそれを利用することにしたの。王妃派を介して、敵対勢力を監視できるようにね」
だから、誘拐事件に関わった者もすぐにあぶり出せるわ、と微笑む母上は息子の僕から見ても綺麗だった。
母上が言った通り、ほどなくして仮面の男と繋がりがあった者たちは、失脚することになる。
これで夜会でも、僕に面と向かって突っかかってくる者は減るだろうと。
減るだけで、いなくならないところが貴族社会らしい。
こうして僕の誘拐事件が、一件落着したのはいい。
そのお祝いの席が「お花畑に集まった妖精たちの会」なのは、どうかと思う。
身内だけでおこなわれるはずが、僕の護衛になったエリックがアルフレッドに漏らしたことで、観客が増えることになったし。
「おおお、お兄様? とても綺麗だ!」
「そこはお兄様だと断定して欲しい」
しばらく呆然と僕を見ていたアルフレッドが声を上げる。
「当たり前でしょう? わたくしのお兄様なんだから」
「手紙には、わたくしたちのって書いてただろ!?」
「冒頭に、事実をはっきり記しておいたはずですけど?」
距離が縮まったかと思いきや、ヴィヴィアンとアルフレッドは相変わらずだ。
今日はお祝いということで、デビュタント前だけど同席を許されている。
「ルーファスは嫁に出さないからな!」
「旦那様、ルーファスは跡取りでしてよ」
遂には父上までとんちんかんなことを言い出して、頭痛を覚える。
「……ルーファス、綺麗だ」
「ありがとう、エリック。全然嬉しくない」
褒められても喜べないのは、僕の心が荒んでいるせいだろうか。
いけない、謙虚のオオカミにエサをやらないと。
ふと視線を向けた先には、未だに固まっているテディの姿があった。
テディは僕と目が合うと、ようやく再起動する。
「まるで朝露が滴る白百合みたいだ。花の妖精に、男女は関係ないんだな」
「あ、ありがとう……」
テディの詩的な表現に頬を引きつらせる僕に対し、ヴィヴィアンは手を叩いて喜んだ。
「まぁ、とても素敵ですわ! どこぞの赤毛とは大違いですわね」
「オレも綺麗だって言ったぞ!?」
「わかっていませんわね」
ケンカするほど仲が良い、と言っていいんだろうか。
二人とも素直になれない点については、似通ってるように思う。
「殿下、ヴィーも褒めてください」
「うん? ヴィヴィアンも綺麗だぞ」
「どこが綺麗ですか?」
「えっと、長い髪は艶がのっているし、青い瞳は透き通ってるし」
僕が質問を重ねると、アルフレッドはヴィヴィアンを見ながら、たどたどしく答える。
「それってお兄様と同じところではありませんの?」
険のある言い方だった。
けれど、ヴィヴィアンはいつかの父上のように、顔を真っ赤にしている。
僕はそっとアルフレッドからヴィヴィアンを隠した。
自分で仲を取り持っておいてなんだけど、ヴィヴィアンにはまだ色恋は早い気がするんだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。