やっちまったね、ハルさん
戸口の近くには春日が、これも偉そうにふんぞり返って座っている。
一通りの事情聴取は済んでいたらしく、サンライズは経緯を簡単に聞かれたにとどまった。しかし、答える間もナカガワの視線がいちいち突きささるようで、とても春日のようには落ち着いて座っていられなかった。
「本来ならば書類送検もあり得るが……」
きまじめな口調のカチハラが春日を見る。
「今回は悪ふざけが過ぎた、ということで一ヶ月の停職が妥当かと」
「それならば」今まで黙っていた春日が目を光らせた。
「同じ職場のニンゲンに盗聴器を仕掛けるような行為については何か罰則がないのですか」
「彼の仕業だと決めつけないで欲しいね」カチハラが制した。
「支部内の仕業かも知れないだろう」
ナカガワが冷笑を浮かべた。
「それでなくても、キミは敵が多そうだからな」
サンライズは、よほど「帰っていいですか?」と聞きたかったが我慢して座っていた。
「オレは単なる総務ですからねえ、出張旅費精算については、確かに所内に敵は多いが」
しれっとして言い放つ春日に、ついにナカガワ、牙をむく。
「特務のリーダーの時に、大勢の仲間を裏切って生き残ったヤツが何を言う」
これには、本部長、支部長も凍りついた。
「本部が……オレたちが手塩にかけて訓練して、ようやく一人前になった若いヤツを支部に貸してやって、こんな男に任せたばっかりに……オマエは、見殺しにしたんだろう?」
ナカガワは立ち上がって春日に迫った。春日はすっかり色を失っている。
「なのに自分だけのうのうと生き残って、まだ給料をもらうためにしがみついていやがる、元特務リーダーの風上にもおけん。ロクに役にも立たないビョウキもちのクセに、しかもエイズだと? ふざけるな」
やめろ、の制止も空しく、春日の左拳がナカガワのあごを確実に捕えた。
ふっ飛ばされたナカガワに更にもう一発、という時、支部長が春日に飛びついて羽交い締めにした。
「やめなさい」
そう力を入れているようでもないのに、春日は完全に封じ込まれている。
「落ち着いて、」支部長は言いながら、彼に呼吸を合わせている。
しばらくしてから、春日の荒い息がどうにか収まった。支部長はそっと手を離す。
「ナカガワ部長」
春日が静かに、倒れたままあごを押さえている男に告げた。
「アンタにも貴重な部下だったと思う、しかし……オレにも大切な仲間だったんだ」
「みんな死んでしまった。ガントレット、シザーズ……キャリーだって、もう」
ナカガワは泣いているのか? 一瞬思ったが、押さえていたあごを離して起き上がった時には、いつもの不敵な表情に戻っていた。
「キャリーは廃人同様だ、もちろん知っていると思うが」
カチハラ本部長が、ナカガワに持っていたティッシュを渡した。
ナカガワは拡げた紙にぺっと血の混じった唾を吐きだす。
「オマエは、全く、信用できない」
ナカガワがまっすぐ、春日を見た。春日も見返している。
「誰に何と言われようと」
ナカガワが支部長に視線をうつした。支部長の顔はいつも通り穏やかだった。
「私はコイツがくたばるまで、許しません」
「オレも全然許してほしいなどとは思ってないね。それに」
いつの間にか露出していた手首の傷をかくすように、春日は袖を引き下げた。
「オレはエイズじゃあない、HIVは陽性だがね。間違えるな」
春日がそう言うと、ナカガワはそのまま、表情も変えずに黙って部屋を去った。
カチハラが大きくため息をついてから
「……春日の処分については、追って連絡する」事務的にそう告げた。
彼が出ていくと、サンライズはまず春日を、そして支部長をみた。
支部長が穏やかな表情のまま言った。
「カスガくん。殴って、スッキリしたか?」
「そうですね……」
春日は傷の深く刻まれた右手首を服の上からそっと押さえたまま、つぶやいた。
「利き手が使えれば、ヤツなんかイチコロでしたけどね」
サンライズに向かって「帰るか」と呼びかける。誰が上司なんだ?
彼は黙ったまま頭を下げて、サバサバとした表情の春日に続いて支部長室を出て行った。




