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「神経質過ぎる。そんな細かいことを気にしているのはお前の悪い癖だ」
「無神経過ぎます。細かいことを気にしないのはあなたの悪い癖ね」
ふと出てきた言葉に驚き、キャサリン・ウィンスロウは思わず口を手で覆い隠した。
恐る恐る夫であるエドガーを見ると、初めは言われたことが分からなかったようだが、脳みそに言葉が染み込んでいくと、徐々に顔が赤くなってブルブルと震えだしていく。
だが、怒りのあまり頭が回らず、言葉が出てこなかったのだろう。
何も言うこと無くエドガーは部屋を出て行った。
一人残されたキャサリンは、よろよろとソファに座り込んだ。
そして、徐々に口角が上がっていく。
……そうか、これで、あなたに私の言葉が届くのね。
キャサリン・ローズウッドは男爵家の末娘として生まれた。
貴族の家ではあったが、決して裕福とは言えなかった。両親が領土の経営が上手くなかった上、子宝に恵まれて子供の教育にお金がかかっていたからだ。
キャサリンの上には兄と姉が6人いた。
だから、彼女に残った教育費はもはや無かった状況だった。
親は息子への教育にばかり力を入れて、娘達にはおざなりにしていた。勿論、花嫁修業としてそれなりに淑女教育には力を入れていたが、最後に『ひょんなことから』出来たキャサリンは蔑ろにされることが多かった。
キャサリンは幼いながらに自分の状況を理解していた。
そして、自分に訪れる将来が明るくないことも。
まともに淑女としての教育もされず、社交界にも出してもらえない身では碌な縁談はやってこないだろう。
『だいぶ』年上の男性か『だいぶ』婚姻歴が多い男性など難ある男性に嫁ぐ未来が見えた。
それを、身近な例で知っていたのだ。
交流があった貴族の家に、自分と同じ境遇の令嬢がいた。自分よりもお姉さんだった彼女は、キャサリンに共感してくれ、優しくしてもらったものだった。
そんな彼女は難ある男性に売られるように嫁ぎ、そこで自ら命を絶ってしまった。
彼女の死を悲しみ、ひとしきり泣いた後、キャサリンは行動した。
このまま泣くだけでは、駄目だ。泣くだけは、同じ苦しみの道を歩むだけになる。
別の道を歩み、彼女の死を無駄にしないことだけが、自分に出来ることだと思えた。
家の手伝いをしながら、時折街に出て情報を集めた。
そこで、兄達が通った学園は、成績優秀者は学費が免除されることがわかった。
そこから、家族に隠れて必死に勉強をした。幸い、兄達が碌に使わなかった教科書が家にあったから教材はそろっていた。
家庭教師もいない中、独学での勉強は辛いものが合ったが、キャサリンには他の兄妹には無い執念があった。
血のにじむ努力を重ね、勉強する日々。そして、入試の日は誰にも言わずに黙って受験をした。
家族がキャサリンが学園を受験したのを知るのは、成績優秀者としての合格通知を受け取った時だった。
すでにキャサリンの嫁ぎ先を見繕っていた両親は動揺したが、キャサリン自身が「学費はかからないし、学園卒業という箔を付けた方がより良い縁談があるだろう」という話に納得し、学園入学が許可された。
そこからも、キャサリンは努力を辞めることはしなかった。
授業を真面目に受け、好成績をキープし高位貴族に交じって卒業まで上位クラスに在籍し続けた。
爵位が下のキャサリンは初めこそ遠巻きにされていたが、真摯に勉強し続ける彼女の姿は周りの空気も動かし、爵位を越えて彼女に話しかける者達が増えてきた。
キャサリンは城の文官として勤める夢が出来たため、その夢に向かって邁進する姿も好ましく見られていた。
そして卒業間近となり、文官の試験を受けようとしていた矢先、悪い運命が再び彼女の前に現われる。
久しぶりに話しかけられた両親から、縁談の話を告げられたのだ。
相手は、貴族ではない商家のウィンスロウ家。その嫡男、エドガー・ウィンスロウが相手だった。
勝手に学園の試験を受けてきたキャサリンの行動力を警戒し、縁談を先に決めてしまっていたのだった。
結婚はせず、文官を目指すことを両親に告げても、それは聞き入れられることはなく、キャサリンは結婚をした。
学園卒業が出来ただけでも御の字だったのかも知れない。
エドガーは同じ学園に通っていたと知ったのは結婚した後のことだった。
成績で別れている学園で、キャサリンは上位。エドガーは下のクラスだったので、直接顔を合わせたことが無かった。
そして、結婚式を経てまともに会話をした時に、彼が自分に良くない感情を持っていることにようやく気がついた。
どうやら、自分より成績が良く、高位貴族とも交流があったキャサリンをやっかんでいるらしい。
キャサリンは尽力した。
話せば分かってくれるかも知れない。態度を気をつければ、彼の怒りも落ち着くかもしれない。
キャサリンは努力をし続ける人生だった。今度は勉強ではなく、夫と良好な関係を構築することにその能力を使うことにしたのだ。
朝起きてから夜寝るまで、エドガーへの気遣いを忘れなかった。
彼を観察し、どんな言葉を言われたいのか、何に触れられたくないのかを考え続け、紙にまとめ続けた。
けれど、何を言っても彼の気に障るようで、途方に暮れた。
昨日怒ったことと逆のことを次の日言って怒られる。
つまり、キャサリンが言うことは全て彼は気に食わなかったのだ。
言葉を尽くして分かってもらおうとしても、エドガーから出てくるのはキャサリンを責める言葉ばかり。
何を言っても反応が無く、自分の言葉がどうすれば届くのかわからずに、夜にひっそりと泣く日々だった。
キャサリンの中で、限界が近づこうとしていた。




