第96話 離れない理由
朝、庭に出ると、女性はすでに近くにいた。
昨日よりも、さらに一歩。
ベンチではない。
小道でもない。
私がよく立つ位置に、先にいる。
私は足を止めない。
そのまま歩く。
女性は少し遅れて動く。
距離は変わらない。
一定のまま。
川辺に向かう。
石に腰を下ろす。
女性も、少し遅れて座る。
隣ではない。
だが、遠くもない。
「……ここにいると」
女性が言う。
私は水面を見る。
「落ち着きます」
「そうですか」
女性は少し息を吐く。
「選ぶのが、怖くなくなる気がして」
私は何も言わない。
風が流れる。
水の音が続く。
女性は続ける。
「一人でいると、考えすぎてしまうんです」
「ええ」
「でも、近くにいると」
言葉が少し止まる。
「……決めなくてもいい気がする」
私は視線を上げない。
その言葉は、はっきりしていた。
午前中、女性は私の動きに合わせて動く。
私が立てば立つ。
歩けば歩く。
止まれば止まる。
距離は一定。
だが、離れない。
誰もそれを止めない。
誰もそれを指摘しない。
それが、この場所の形。
昼過ぎ、食堂に入る。
女性は席を選ぶ。
だが、私の位置を確認してから動く。
座る。
そのあと、少し安心した顔をする。
私は見ない。
午後、庭に出る。
女性はすぐにこちらへ来る。
迷いがない。
昨日までの揺れが消えている。
だが――
それは別の形だった。
「……分かっているんです」
女性が言う。
私は足を止める。
「何が」
「これは、良くないと思います」
その言葉は、静かだった。
だが、はっきりしている。
「ええ」
私は短く答える。
女性は少し笑う。
「でも、離れられないんです」
風が少し強くなる。
「一人で決めるのが怖い」
彼女は続ける。
「だから、近くにいたくなる」
私は水面を見る。
「選ばなくてよくなるので」
女性は頷く。
「はい」
「それでも」
彼女は言う。
「楽なんです」
夕方、女性はまた同じ距離で立つ。
離れない。
だが、触れない。
その距離が、依存の形だった。
夜、部屋に戻る。
窓を開ける。
風は変わらない。
離れない理由。
それは、弱さではない。
選び続けることの重さから逃げるための、
自然な動き。
私は灯りを落とす。
女性は気づいている。
それでも、離れない。
この距離は――
まだ、変わらない。
ここで依存のピークに入りました。
「分かっているのにやめられない」
これが一番リアルな状態です。
ここからどう崩すか、あるいは自分で抜け出すか。
この先がこの章の核心になります。
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次話も静かに、でも確実に動きます。




