第81話 休めない人
昼前、門の前に一台の馬車が止まった。
小さな荷台付きの、実務用の馬車だった。
旅の装飾も少なく、実用だけを考えた形。
御者が降り、後ろの扉を開ける。
中から降りてきたのは、四十代ほどの男性だった。
背筋はまっすぐ。
服装も整っている。
だが、少しだけ肩が固い。
管理人が門のところで迎える。
「ようこそ」
男性は丁寧に礼をする。
「ラウル・ベルナールです」
声は落ち着いているが、
どこか急いでいる響きがある。
「短い滞在になるかもしれません」
「こちらでは期間は決めておりません」
管理人が答える。
ラウルは一瞬だけ戸惑う。
「そうですか」
庭に案内される。
私は小道の端から、その様子を見ていた。
ラウルは歩きながら、周囲をよく見ている。
建物。
庭。
川の方向。
何かを確認するような視線。
昼過ぎ、食堂に現れる。
席に座るが、落ち着かない。
視線が机の上を動く。
椅子の位置を少し直す。
「こちらでは、日課のようなものはありますか」
ラウルが管理人に聞く。
「特には」
「療養の手順は」
「ありません」
ラウルは少し黙る。
「……そうですか」
私は湯のみを持ちながら、その様子を見る。
速さとは違う。
これは、責任の重さだ。
午後、庭に出ると、ラウルは歩き続けていた。
同じ小道を何度も往復している。
立ち止まらない。
川辺にも行かない。
ただ歩く。
夕方、ようやくベンチに座る。
だが背筋は固いままだ。
私は少し離れた場所に座る。
声はかけない。
しばらくして、ラウルが言う。
「……休み方が分からない」
独り言のようだった。
私は本を閉じない。
「困っていますか」
少し遅れて、ラウルがこちらを見る。
「ええ」
その答えは、迷いがなかった。
夜、部屋に戻る。
窓を開ける。
風は変わらない。
新しい人が来た。
今度は、速い人ではない。
休めない人。
私は灯りを落とす。
ここが、その人にとって
どんな場所になるのか。
まだ、分からなかった。
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