第75話 手紙という距離
昼前、ユリウスが再び封筒を持って門の前に立っていた。
王都の印章が押されている。
昨日の返事が届くには早すぎる。
私は庭の小道からそれを見ていた。
「もう来ましたか」
管理人が言う。
「ええ。別の部署のようです」
ユリウスは封を開ける。
紙を広げ、少しだけ眉を動かす。
「今度は医師団からです」
「療養方法の問い合わせですか」
「いえ」
ユリウスは読み進める。
「視察の希望」
私は足を止める。
管理人はしばらく考える。
「視察、ですか」
「ええ。この場所の運営を見たい、と」
風が少しだけ吹く。
庭の葉が揺れる。
「断りますか」
ユリウスが聞く。
「特別なことはしていません」
管理人は穏やかに言う。
「見ても、何も参考にならないでしょう」
「その通りです」
それでもユリウスは紙を折らない。
午後、食堂でその話が出る。
「見学ですか」
年配の滞在者が言う。
「ここを?」
「ええ」
管理人は笑う。
「普通の庭と食堂ですが」
誰も不安そうには見えない。
視察という言葉は、この場所では少し遠い。
夕方、庭を歩いているとユリウスが声をかけた。
「もし視察を受けるとしたら」
「ええ」
「何を見せることになりますか」
私は空を見上げる。
「何も」
「それでは説明になりません」
「説明するものがありません」
ユリウスは少しだけ笑う。
「確かに」
夜、川辺に立つ。
彼が隣に来る。
「外の世界は、理由を求めますね」
「ええ」
「ここには理由がない」
「困っていないだけです」
彼は頷く。
夜、部屋に戻る。
窓を開ける。
風は変わらない。
手紙は遠くから届く。
けれど距離は、縮まらない。
私は灯りを落とす。
ここは、説明のいらない場所だった。
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