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婚約破棄されたので、距離を取ったら溺愛されました  作者: はねださら


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第57話 私は、ここにいる

朝、目が覚めたとき、

私はしばらく天井を見ていた。


何かを考えていたわけではない。

ただ、静かな時間がそこにあった。


窓を開けると、空は薄く晴れている。

風は穏やかで、庭の木々がわずかに揺れている。


ここに来たばかりの頃、

この風景をどこか遠く感じていた。


今は違う。


遠くでもなく、

特別でもなく、

ただ、日常だ。


食堂へ向かう。


エマが、いつもの席に座っている。

もう端ではない。


私に気づき、自然に会釈する。


「おはようございます」


「おはようございます」


声に迷いはない。


彼は隣に座っている。

特別な会話はない。


「今日は、暖かくなりそうですね」


「ええ」


それだけで、朝は進む。


午前中、庭に出る。


エマはベンチに座り、

本を開いている。


読書室へ向かう人、

川辺に立つ人、

それぞれがそれぞれの場所にいる。


私は少し離れた木陰に腰を下ろす。


何かをする必要はない。

誰かに話しかける必要もない。


それでも、場は整っている。


午後、管理人が声をかけてきた。


「最近は、落ち着いています」


「そうですね」


「新しい方も、慣れたようです」


「ええ」


会話は短い。


私は助言も評価もしない。


ただ、ここにいる。


夕方、川辺へ向かう。


水面が光を反射している。


彼が少し後からやってきて、

隣に立つ。


「変わりましたか」


突然、そう聞かれる。


私は少し考える。


「……変わっていないと思います」


「そうですか」


「私が、変わらなくなっただけかもしれません」


彼は何も言わない。


それでいい。


夜、部屋に戻る。


灯りを落とす前、窓の前に立つ。


最初は、ここを通過点だと思っていた。


戻る場所でも、

逃げる場所でもなく、

ただの途中だと。


でも今は、違う。


私は、ここにいる。


戻るためでもなく、

誰かに証明するためでもない。


ここにいること自体が、

理由になっている。


窓を少し開ける。


夜風が、静かに入ってくる。


私は、ここにいる。


それで、十分だった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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