第49話 新しい滞在者
門の方から、車輪の音が聞こえた。
朝の空気を裂くような、控えめな響き。
私は庭の小道を歩いていて、足を止める。
馬車は小ぶりで、装飾も少ない。
静養地に来る人らしい、目立たない佇まいだった。
管理人が門前に立ち、手短に何かを説明している。
降りてきたのは、若い女性だった。
年は、私より少し下だろうか。
淡い色のドレスに、まだ旅の緊張を残した表情。
荷物は少ない。
視線だけが、落ち着かない。
「……新しい方ですね」
近くにいた使用人が、小さく頷く。
「数週間のご滞在と聞いています」
「そうですか」
それだけで、会話は終わる。
私はその場を離れ、いつものベンチへ向かった。
迎えに行く必要はない。
紹介を受ける立場でもない。
ただ、同じ場所にいるだけ。
しばらくして、彼女が庭に現れた。
管理人の案内は終わったらしい。
一人で、小道の端に立っている。
周囲を見回し、息を整えるように胸に手を当てる。
視線が、ふとこちらに向いた。
一瞬だけ、目が合う。
私は軽く会釈をする。
彼女は少し驚いたように瞬きをしてから、
ぎこちなく頭を下げた。
言葉は交わさない。
それで十分だった。
彼女はゆっくりと歩き出し、
庭の奥へと進んでいく。
足取りは慎重で、
何かを探しているようにも見えた。
午前中、屋敷の中ですれ違う。
「こんにちは」
小さな声で、彼女が言う。
「こんにちは」
私は立ち止まらない。
彼女も、深くは踏み込まない。
食堂では、彼女は端の席に座っていた。
背筋を伸ばし、周囲を気にしている様子。
誰かに話しかけるでもなく、
話しかけられるでもない。
私は自分の席に座る。
椅子は二つ並んでいる。
彼は新聞を閉じ、私を見る。
「新しい方ですね」
「ええ」
「落ち着くまで、時間がかかりそうですか」
少し考えてから答える。
「どうでしょう。人によると思います」
それ以上、言葉は続かない。
午後、川辺へ向かう途中、
彼女が小道の途中で立ち止まっているのを見かける。
水音を聞いているのか、
ただ立っているだけなのかは分からない。
私は声をかけない。
教えることはないし、
急がせる理由もない。
夕方、部屋に戻る前、
もう一度庭を見渡す。
彼女はまだどこかを歩いているようだった。
居場所を探しているのかもしれない。
探していないのかもしれない。
夜、灯りを落とす前、
私は静かに息を吐く。
新しい人が来た。
それだけ。
ここは変わらない。
そして、私も変わらない。
それでいいと、
自然に思えた。
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