第36話 呼ばれない約束
その日は、朝から風が強かった。
窓を開けると、
木々が大きく揺れている。
私は少しだけ開け幅を調整してから、
身支度を整えた。
「……今日は、外は控えめにしましょう」
独り言は、
誰にも聞かれない。
食堂へ行くと、
いつもの席が用意されている。
椅子は二つ。
それ以上でも、それ以下でもない。
彼は、少し遅れてやってきた。
「おはよう」
「おはよう」
それだけで、
朝は始まる。
食事の途中、
ふと沈黙が長くなる。
気まずさはない。
ただ、風の音が強いだけ。
「……今日は、
遠くまで行かない方がよさそうですね」
彼が言う。
「そうですね」
それ以上、
予定の話にはならない。
明日の話も、
来週の話も出ない。
午前中、
私は部屋で本を読む。
風の音に、
ページをめくる音が重なる。
彼は外に出ていたようだが、
何をしているかは聞かない。
昼過ぎ、
廊下でばったりと会う。
「……戻りました」
「おかえりなさい」
その言葉が、
いつの間にか定着している。
「何か、ありましたか」
「いえ」
それだけ。
庭に出ると、
風は少し弱まっていた。
二人で並んで立ち、
空を見上げる。
「……風が止むのは、
夕方頃だそうです」
「そうですか」
その情報が、
何かを決めることはない。
私はふと、思う。
この関係には、
約束がない。
次に会う約束も、
ずっと一緒にいる約束も。
それなのに、
続いている。
「……不思議ですね」
思わず口に出す。
「何がですか」
「何も決めていないのに、
毎日があることです」
彼は少し考えてから答える。
「決めていないから、
続くのかもしれません」
夕方、
屋敷に戻る。
使用人が言った。
「風が強い一日でしたね」
「ええ」
それだけ。
未来の話は、
今日もしない。
夜、部屋で灯りを落とす前、
私は一日を振り返る。
何も約束しなかった。
でも、
何も失っていない。
「……呼ばれない約束、ね」
そう呟いて、
少しだけ笑う。
窓を開けると、
夜風が静かに入ってくる。
明日も、
たぶん同じような一日になる。
それを、
当然だと思えている自分がいる。
約束はない。
でも、関係はある。
それで、
今は十分だった。
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