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婚約破棄されたので、距離を取ったら溺愛されました  作者: はねださら


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第20話 戻る場所

宿を出る朝は、いつもより静かだった。


荷物は小さな鞄ひとつ。

来たときと変わらないはずなのに、手触りが少し違う気がする。


私は帳場で鍵を返し、短く礼を言った。


「お世話になりました」


「こちらこそ。

お気をつけて」


主人は、滞在の理由も、帰る先も聞かない。

その距離がありがたかった。


 


馬車に揺られ、王都の門が遠ざかる。


窓の外には、いつも通りの景色。

畑と道と、行き交う人の影。


私は、それを眺めながら思った。


王都で過ごした数日は、何かを取り戻す時間ではなかった。

何かを証明する時間でもない。


ただ、

役目が終わっていることを確認しただけ。


それだけで、

十分だった。


 


昼過ぎ、静養地の空気が近づいてくる。


風が少し軽くなり、

土の匂いが濃くなる。


馬車が町の門をくぐると、

体の奥が、ふっと緩んだ。


「……早いわね」


自分に言ったつもりの言葉が、

少しだけ声になった。


 


屋敷へ続く道を歩く。


途中で、見知った顔とすれ違った。


「こんにちは、リリアさん」


「こんにちは」


それだけで通り過ぎる。

立ち止まらない。

説明もしない。


誰も私を特別扱いしない。

それが、ここでは自然だった。


 


門を開ける音がして、

庭の小道に足を踏み入れる。


作業をしていた使用人がこちらに気づき、

一瞬だけ手を止めた。


「あ……」


言いかけて、

それ以上は続かない。


私は小さく会釈する。


「ただいま」


言葉にしてから、

少しだけ可笑しくなる。


ここは、自分の家ではない。

けれど、

帰ってきたと言っても違和感がない。


使用人は、控えめに頭を下げた。


「……お帰りなさい、リリアさん」


私は、返事をする代わりに、もう一度会釈した。


 


屋敷の中は、変わっていなかった。


廊下の木の匂い。

窓から入る光。

遠くの水音。


管理人は帳簿を抱えたまま現れて、

私を見ると、ほんの少し眉を緩めた。


「戻られたのですね」


「ええ。少しだけ」


「分かりました」


それだけだった。


「お疲れでしょう。

部屋にお茶を入れます」


「ありがとうございます」


その言葉も、必要以上に丁寧ではない。

ただの手順のように、自然だった。


 


部屋に戻り、鞄を置く。


机の上は、出る前のまま。

窓辺の椅子も、同じ場所にある。


私は窓を開け、深く息を吸った。


冷たい空気が胸に入る。

それだけで、何かが整う。


 


夕方、食堂に行くと、

いつもより一品だけ多く皿が並んでいた。


「……何か、ありましたか」


尋ねると、使用人は首を振る。


「いえ。

戻られると聞いたので」


戻る。

その言葉が、当たり前に使われる。


私はそれ以上、何も言わなかった。


 


食後、庭を少し歩く。


空は低く、星が一つだけ見えた。


道の向こうから、足音が近づく。

あの青年だった。


「こんばんは、リリアさん」


「こんばんは」


彼は私の姿を確認すると、

それだけで頷いた。


「……戻られたんですね」


「ええ」


「そうですか」


それで会話は終わるはずだった。


けれど彼は、少しだけ間を置いて言った。


「良かった」


たった二文字。

それ以上も、それ以下もない。


私は一瞬、言葉を探した。


「……ありがとうございます」


「はい」


彼は微笑むでもなく、

いつものように、距離を保ったまま立っている。


「お疲れでしたら、

今日は早めに休んでください」


「そうします」


「では」


彼は軽く会釈して、

そのまま歩き去った。


見送る必要もなかった。


 


部屋に戻り、灯りを落とす。


王都での出来事を思い出しても、

胸は騒がない。


過去は遠く、

けれど消えてはいない。


それを、無理に整理する必要もない。


私はただ、

戻ってきた。


それだけで、

今日という日が静かに閉じていく。


 


眠る前に、窓を少しだけ開けた。


遠くで川の音がする。

風が、カーテンを揺らす。


「……ここが、戻る場所」


声に出すと、

不思議と確かだった。


私は目を閉じる。


安心は、声高に宣言しなくても、

もうここにあった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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