第17話 肩書きのない帰還
王都の門をくぐると、
空気の重さが、少しだけ変わった。
人が多く、音も多い。
それでも、息苦しさはなかった。
馬車を降りたとき、
迎えの者はいない。
それが、かえってありがたかった。
私は鞄を持ち直し、
人の流れに混じって歩き出す。
宿は、以前から使っていた場所だった。
王宮に近すぎず、遠すぎない。
「……お久しぶりです」
顔を覚えていた宿の主人が、
穏やかに頭を下げる。
「部屋は、空いていますか」
「ええ。
以前と同じ部屋でよろしければ」
「お願いします」
理由も、滞在期間も聞かれない。
それで、十分だった。
部屋に荷物を置き、
窓を開ける。
王都の景色は変わらない。
けれど、私の立ち位置は違う。
ここにいても、
何者でもない。
その事実が、
思った以上に楽だった。
午後、王宮へ向かう。
招待状に書かれていたのは、
「小さな催し」。
公式行事ではない。
門を通ると、
数人の顔がこちらに気づいた。
一瞬、
言葉を探すような間。
「……リリア、様?」
呼び止める声は、
戸惑いを含んでいた。
「こんにちは」
私がそう返すと、
相手は慌てて頭を下げる。
「お久しぶりです。
今日は、その……」
「招待をいただいたので」
それ以上の説明は、必要なかった。
廊下を進むと、
視線を感じる。
けれど、
噂話や囁きは聞こえない。
誰も、私の立場を確認しない。
確認できないからだ。
婚約者ではない。
王族でもない。
それでも、
排除される理由もない。
催しの会場は、小さな庭だった。
招待客も、限られている。
私は端の方に立ち、
様子を見る。
誰かが話し始め、
誰かが応じる。
その中で、
私が何かをする必要はない。
それでも、
空気が、少し落ち着いていく。
それに気づいたのは、
私ではなかった。
「……話しやすいですね」
近くにいた女性が、
誰に向けるでもなく言う。
「ええ」
別の誰かが、そう応じる。
理由は、言語化されない。
けれど、
場が整っている。
少し離れた場所で、
元婚約者――王子の姿が見えた。
視線が、一瞬だけ合う。
彼は、何か言いかけて、
やめたようだった。
私は、軽く会釈する。
それだけで、
十分だった。
催しが終わる頃、
誰かが言った。
「今日は、穏やかでしたね」
誰も、私の名前を出さない。
けれど、
誰もが同じ感覚を共有している。
私は、静かにその場を離れる。
王宮を出ると、
夕暮れの光が差していた。
役割も、義務もない。
それでも、
ここに来ることはできた。
「……戻る場所があるって、強いのね」
小さく呟いて、歩き出す。
これは、帰還ではない。
滞在でもない。
ただ、
肩書きのないまま、
ここを通っただけ。
それだけで、
十分だった。
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