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第百四話 主体と客体――並列世界

 ・一九八六年 七月二十九日 午後六時二十分 認識力研究所二階私設研究室


 闇が、周囲を覆っていた。

 自分以外、いや、ぼく自身さえも覆い尽くす、黒一色の世界。

 半紙に墨汁を浸したような光景が、ぼくの認識できる領域の全てだった。

 何も、見えない。

 身体の感覚すらも、ない。

 辺りは異様なほどにしんと静まり返っている。

 今、ぼくがどこにいるのか、そして、どういった状況に置かれているなのか、まったく、見当もつかない。

 いつからぼくがこうしているのかも、よくわからない。

 ぼくに、何があったのか?

 これから、どうなるのか?

 何も、わからない。

 頭がぼんやりとする。

 真っ黒な闇に染まった周囲と違って、今のぼくはまるで白紙のページ。そこには何も書かれておらず、『ぼく』という存在だけがぽつんとあるだけ。

 この空白を埋めたいと思う。

 何かを記したいと切に願う。

 でも……叶わない。

 ぼくの身体は、ぼくの意識と分離してしまっている。「動け」と四肢に命じてもまるで動けず、ただ、沈黙を保つのみ。

 そんなことが、もう、ずっと続いている。

 どうして?

 どうして、ぼくが、こんな目に?

 やっぱり、わからなかった。

 意識が、闇に沈んでいく。

 ずぶずぶと。

 底なし沼に足がはまってしまったかのように。

 ぼくの意識は闇に溶け込んでいく……。

 ……。

 どれだけの時間が、経ったのだろうか。


 ギシ、ギシ――


 なにか、床板が軋むような鈍い音が、まどろみに沈むぼくを揺り起こす。

 静寂を生み出す闇と一体化してしまったぼくを呼び覚ますその物音は、光の届かない深海に一筋の光明が差し込んだかのようだった。

 これは、一体……?

「――N()o().4()

 空間を静かに振動させる、謎の声。低い、しわがれた男性の声だ。それが、とある番号をゆっくりとつぶやいた。

 No.4。

 それは、何を表す識別子だったか。

 頭の中にモヤが掛かったように、判然としない。

「No.4」

 もう一度、誰かが、その番号を呼ぶ。

 小さいが、よく通る声だ。

 するうち、ぼくは思い出してきた。この施設では、ぼくたちのような人間を番号で呼び表す決まりになっているのだと。

「私の声が聞こえますか、No.4」

 また、その番号。

 ぼくは、ちょっと戸惑った。

 だって、ぼくの識別子は……。

「No.4」

 反論する暇を与えない、迷いのない口調。

 ぼくは、謎の声から寄せられる問いに答えた。

 いや、答えようとした。

「…………」

 返事を返そうとするも、声が出ない。

 そもそも、『口』という器官がぼくにあるのかどうかもわからなかった。

 感覚が、ないのだ。

 意識だけが肉体から独立して浮遊しているかのように、ぼくは身じろぎひとつとしてできない。

 唯一、聴覚のみが健在らしく、どんな些細な物音も聞き逃すまいと、これを鋭く研ぎ澄ませている。

「――おめでとう」

 聞こえるのは場違いな称賛。

 直後、パチパチと、乾いた音が鳴った。

「あなたは、合格しました」

 頭に直接響くような声からは、しかし、喜びの感情が感じられない。

「No.4。あなたは、唯一の甲種合格です」

 パチパチと、乾いた音がこだまする。

 ここで、ようやく、声の主が手を叩いているのだとわかった。

 ……合格。

 合格って、一体……。

「これから私が言うことは、No.4、あなたには直接かかわりがあることではないですが……」

 意味深な前置きを挟んで、言う。

()には、ある特殊な手術を施しました」

 ……手術?

 理解の追い付かないぼくを置き去りにするように、声の主は続けた。

「その身体は、その意識は、じきに、()だけのものではなくなります」

 ……え?

 それは、どういう……。

「より厳密に言うなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 記憶、を……?

「今はまだ、当人の意識の大部分が残留していますが、段々と時が経つにつれて、徐々にその人間性や人格性を失っていく。たとえるなら、蝶の幼虫に卵を植え付ける習性を持った寄生蜂のようなもの。卵からかえった寄生蜂の子供は幼虫の体内を食い破り、やがて成虫となって出てくる。そして、()も、また……」

 身の毛のよだつ恐ろしいことを、声の主は、まるで大したことでもないと言いたげに淡々と告げた。

 ぼくの中に、ぼくとは違う、別の誰かがいる。

 しかも、そいつは、ぼくを内側から食べ尽くし、いずれぼくの意識と身体を乗っ取るのだという。

 おぞましい。

 想像すら、したくなかった。

 どうして……。

 どうして、そんな、むごいことを……。

「私は、知りたいのですよ」

 声にならない悲痛な叫びに応えるように、彼は言った。

 知る?

 何を?

「どうすれば、ヒトの意識が自分という殻を破り、そして、自己を超越するのか」

 (たん)が絡んだように喉を不快に鳴らし、「くっ」と笑う。

「私が理論を構築し、そして、幸伸が設計、開発した波動関数発生装置(ジェネレーター)。とある系の時空間を内包した異なる世界同士を接続させる、いわば、中間子のような媒介の役割を持つと期待されているそれですが、じつを言うと、そんなものがなくとも、ヒトは、自分が認識している主観的世界のみならず、自分の外部に厳存する客観的世界、すなわち我々が言うところの“並行世界”に到達し、これを自由に行き来することができる。波動関数発生装置(ジェネレーター)は、あくまでもその力を補助、ないしは補正する程度の機能しか持たないのです」

 声の主が何を言っているのか、まるで理解できない。

 ただただ、恐ろしい。

 恐ろしくて、たまらない。

「ヒトの理性がもたらす思考の自己運動は、やがて、主観の限界という絶対の壁に行き着き、自己と自分自身、そして、世界に対するそれぞれの区別という、激しい矛盾に晒される。あたかも迷宮に囚われたイカロスが、蜜蝋(みつろう)で背中に接着した翼を広げて空に飛翔しながらも、照り付ける太陽の熱によって蜜蝋が溶けてあえなく墜落するように、ヒトは己の限界を超出しようと試みながら、しばしばそれに失敗する。自分と、それ以外の存在との間に生じた、絶対的な断絶。自分の外に広がる未知なる世界に向けて飛び立つという挑戦に挫折し、地に膝をつけて落胆するヒトは、こう考える。“ここで惨めに地に伏せる『私』は何者なのか? 『私』は世界について何を知り、世界は『私』について何を知っているのか? そもそも、『私』は何を知ることができるのか?”“世界だけが存在しているのか? それとも、『私』が存在しているから、世界が存在しているのか?”“自分こそが現実的で、世界の方が非現実的なのか……?”揺るぎなき意志の力は、自らの存在を否定し、これを無化しようとする世界の圧力に押し潰されそうになりながらも、さらにこの否定を否定しようと奮起します。“『私』は世界なくしては存在せず、世界もまた『私』なくしては存在しない。なぜなら、『私』が世界を見ているのは確固たる事実であり、世界の方もまた、こうして世界を見ている『私』を、まさしく見られているという形で存在させているからである”“『私』と世界は互いに対立し合い、そして、その限りにおいて存在することができる”“『私』と世界が実在しているのは、自己の意識が知識と経験、すなわち、理性による思考という名の自己運動を行い、その運動を通じて世界と相互に浸透し、影響を与え合い、自己と世界を同時に形成しているからである”。かくして、ヒトは、主体と客体という矛盾を突き破る。客観としての世界は確かに実在し、主観としての世界もまた実在している。主観としてのヒトの知識が世界の客観性を開示し、ついには、これを変えようと決心するのです」

 ……世界を、変える?

「自由を欲する主体は客体に向けて飛び出し、自らの外部を満たす世界の本質に触れた後、螺旋状の軌跡を描いて、再び、主体へと還帰する。大きく、とんぼ返りを打つように。あるいは、水中を泳ぐ魚が水面を蹴って大空めがけて跳ねるように。限界を超え、時間と空間の狭間に位置する次元の壁を突き破り、さらなる高次の世界と接続した自己意識は、一であり全、全であり一という、既存の対立構造を止揚(アウフヘーベン)した領域にまで高められる。世界は円環を描き、数珠繋がりとなってそれぞれの関係を綿密に保ちつつ、大樹の幹から枝葉が伸びるようにして、次々と派生していくのです」

 聴覚を通じて入り込む不気味な声が、まるで側溝(そっこう)のドブさらいでもするかのようにぼくの内部を好き勝手にかき回し、ぐずぐずに溶かしていく……。

()()()()()()()()()()。それが、我々の導き出した答えです」

 またしても、声の主は「くっ」と笑った。本当に、嫌な笑い方だ。聞いていて気分が悪くなる。

 声の主はなおも不快に笑いながら、一方的に話を続ける。

「自分の外部に向けて差し伸ばされた意識の矛先は客観の突端に触れ、意識は客観を満たす理性、『精神(ガイスト)』と混ざり、単なる概念でしかなかったそれを思想にまで高め、意味内容を取り出し、最終的に相互間の対立と異和性を止揚(アウフヘーベン)した、高次元的変容をもたらすまでになります。主観から客観へと絶えず反復運動する、いわばとんぼ返りが、世界、あるいは自分のものでしかなかった抽象的な概念を対立的に統一し、それを具体的で確実なものとして、この手で現実化させるのです。あたかも優れた彫刻家が、無骨な一個の岩石から美しい女神像を生み出すように、ヒトは概念から新たな世界を作り出し、これを世界に抽出する」

 ……。

「換言すれば、こうなります。『私』は、客観と同一な普遍的意志でありながら、その内部へと深く切り込み、そのままでは素朴な素材でしかない純粋な概念を真理という形式にまで鍛え上げ、そして、それを開示する個別的意志でもある。()()()()()()()()()()()()()()。『私』は私であると同時に『私たち』という私であり、『私たち』である私もまた『私』なのです」

 ぼくが、ぼくという個人だけじゃない、ぼくたちという、まとまった存在……?

「“ヒトの意識は世界を反映するだけでなく、これを創り出しもする”……。私がずっと、考えていたことです」

 感慨深げに言った。

「我が息子、幸伸には、思いもよらないことでしょう」

 また、「くっ」と、小さく笑った。

 感銘と歓喜、あるいはそれとは正反対の得体の知れない恐怖と不安で揺れ動く気持ちのぼくとは反対に、声の主は、あくまでも冷淡に、そして、どこか愉快そうに話を進めていく。

 それが、また、恐ろしかった。

「そう、幸伸。彼は非常に残念なことに、大きな思い違いをしている。それも、もはや取り返しがつかないほどの致命的な思い違いです。ヒトが、自らに与えられた領分を超え出ようと企図する意味というものを曲解し、そして、はき違えている。かつて、私が組織した『AZ』の熱意ある若者たちと違い、幸伸は、くだらぬ虚栄心や私利私欲のために動き、そして、この世界を好き勝手に作り変えようとしているのです」

 淡々とした語り口から一転、落胆したように息を吐く。

「どうして、ヒトは、温かな母の胸の中にも似た、心地良い安全な揺りかごである自らという名の殻を飛び出し、荒涼と広がる砂漠のような外界に接触しようと試みるのか? 時に自分の身を危険に晒してまで、どうして他者と触れ合おうとするのか? その行為に、一体、どのような意味が込められているというのか……?」

 激しい感情が顔を覗かせる問いかけは、しかし、ぼくに向けられたものではなく、自分自身に対するもののように思えた。

 沈黙。

「ヒトが、自らを飛び超え、世界に接近する理由――」

 文字通り、ひと呼吸置くようにして小さく息を吸い込み、そして、言った。

「それは、()()()()()()です。自分と、そして他人を、ひいては世界そのものを理解するため、そのために、ヒトは、自らの存在を外界に向けて投げかける。自分以外の何かが実際に存在し、かつ、自分もまた、確実に存在することを確かめ、理解するために。恐れを捨て、世界に歩み寄る。自分自身を、外界に向けて開き、示す」

 それは、とても優しい口調だった。まるで、親が子に童話を読み聞かせるような、胸を満たすほどの温かな慈愛の心に満ち溢れている。

“理解する”こと。この言葉に、彼の想いの全てが要約されているような、そんな気がした。

「ヒトと繋がり、自然と繋がり、世界と自らを交流させ、自分を外部と接続する。一方通行的な直流ではなく、相互に情報を共有し、互いの存在を確かめ、それに触れる、ただ、それだけのために、ヒトは、自らという主観の強固な壁を打ち破り、自己と他者、主体と客体という、本来なら相容れないような絶対的な矛盾と対立を乗り越え、やがて、真理に至るのです」

 優しく包み込むような柔らかい語り口に、ぼくは強く胸を打たれた。

 彼が言っていることの意味はやっぱり難しくて、よくわからない。

 けれど、その言葉を口に出しているその人の思いが、その強い信念が、ぼくの心を大きく震わせた。

 なんだろう。

 不思議な気持ちだ。

 まるで、ぼくの中にいる、別のぼく自身が、彼が紡ぎ出す言葉に意識を傾け、同意を示しているかのような……。

「“絶対精神”――」

 ひときわ強い口調で、彼は言った。ぼく、あるいは、ぼくじゃない別の誰かは、黙って話の続きを待つ。

「ヘーゲルの言う自己と世界の統一は、こうして完成される。自己を愛し、他者を愛し、世界を正しく愛することによって、ヒトは、理性と知識を通じて、世界の外側に触れ、その上に立ち、神羅万象、全ての歴史を見通す神の視点とも言える驚異の眼差し――“絶対精神”を、手にすることができる。主観と客観の垣根を超えたヒトの意識は、過去、現在、未来、それらの領域を含めた全てを、目にすることが可能となるのです」

 宣教師の説法を思わせる、重々しく重厚な響きを伴う声で、静かに、噛んで含ませるように言った。

 しばらく、静寂が降りた。

「ですが……、我が息子、幸伸は、その真理を見誤りました」

 言葉の重みとは裏腹に、随分とあっさりとした口調だった。

 彼はさらに続ける。

「あろうことか、幸伸は、自らの世界だけを作り出そうとしている。自分こそが正しいと証明するために、自分以外の全てを否定する。要するに、何もかも壊すつもりなのです。そうすることで、彼は、新たな世界を創造しようとしている。形あるものを徹底的に破壊しつくした後の焦土に、自らを頂点とした王国を建築する。既存の世界を自分の手で塗り替え、自分にとって都合の良いものに変えようとしているわけです。ただしそれは、専制君主というより、むしろ虚無主義的かつ無政府主義的な、民衆不在の張りぼての王国。彼が目指すのは、いわば、民なき空疎な国に君臨する、ヒトラーやスターリンよりも遥かに邪悪な独裁者。いやはや、まったくもって恐ろしい。まさしく個人主義の極致、世界の理解可能性を放棄する愚行に他ならない。無論、私が思い描いたような、相互理解の共同体社会という理想とは、およそかけ離れている。対極、とさえ言ってもいいでしょう」

 やれやれと、重いため息。

波動関数発生装置(ジェネレーター)も、ヒトが、自らの世界を超え出て、自分以外の何者かになろう、そのためにもっと世界を知ろうとする、真摯な意志の力を感知して動作する。そしてそれは、新雪のように真っ新で、極めて純粋な性質なものでなければならない。ちょうど、無垢な子供が、物語に登場する格好の良い大人に憧れるような、澄んだ、清いものでなければ、そもそも、起動すらしないでしょう。幸伸のように他者の世界を支配し、それを破壊するために使用するなど、もってのほかです」

 だから、きみたちのような被験者が必要だ、と声の主は言った。ひたすらに純真で、穢れを知らないような人間こそが、世界を正確に捉えようと努め、これを理解することができる。あるいは、世界の可能性を開くことができるから、と。

「なに、サンタクロースと同じことです」

 ここで、意外な言葉が飛び出た。サンタクロース。真っ赤な帽子と真っ赤な服に、たくさんのおひげを生やした、お腹の大きなおじいさん。子供が寝ているあいだに煙突から家の中に侵入し、吊るしておいた靴下の中にこっそりとプレゼントを届けるという、おとぎ話に出てくる存在。

 ぼくがちょっと驚いていると、声の主は、また、「くっ」と笑った。

「サンタクロースの起源は、今から約千七百年前に実在したキリスト教の主教、ニコラオスという名の人物だとされています。ニコラオスは、ある時、貧しさのあまり身売りされそうになった娘が住む家の窓から、数度にわたって多額のお金を投げ入れ、その哀れな娘を売春の憂き目から救ったのです。この逸話が後世では脚色され、長い時を経るにつれて、現在知られる、あの、クリスマスの日、トナカイのひくソリに乗って子供たちにプレゼントを配りに行く、有名なサンタクロースが誕生することになったのです」

 もともと、サンタクロースはいなかった。

 けれども、熱心な人の思いが、その思考が、実在の人間をモデルとして、サンタクロースを生み出した。

「人々が、『サンタクロースは存在する』のだと信じて、そうして初めて、サンタクロースは存在することが可能となります。ヒトの意志が、新たな現実を生みだすのです」

 信じることで、存在が?

「概念は現実化され、真理となる。サンタクロースは実存するのです。少なくとも、純真な心を持った人々の中では。それにひきかえ、身勝手で自分本位な人間は、サンタクロースを信じることができない。いえ、知ろうともしないでしょう。彼らはその可能性を、自ら閉じているのです。自分の殻に閉じこもるのと同じで、たったひとつの世界に固執している」

 それでは、ヒトと世界を繋ぐことはできない、と彼は言った。ヒトは、存在と存在を結ぶ中間項で、言語を通じてそれぞれ心を通わせる。そうすることによって、ヒトは、自分以外の世界を知り、これを拡張するようにして互いを切り結ぶことができるのだと。

 しかし、汚い欲望にまみれた大人は、これができない。

 なぜなら、自分以外のものが見えていないから。自分以外に、興味がないから。

 自らのためだけに生きる人間は、周囲から孤立することでますます排斥的になり、やがて、自分の思想、世界に、飲み込まれていく。

「我が息子、幸伸のように」

 究極的には、自分さえも見失うことになる。

 彼は、そう締めくくった。

「No.4、()()()()()()()()()()()()()。今はまだ、サナギのようなもので、自分がどのような存在になるのかどうか決めかねている、いわば、可能性の塊。これから何をどうするか、全て、あなたの選択次第というわけです」

 可能性……。

 誰でもない、誰かである、ぼく……。

 ぼくは、果たして、誰なのか……? そして、何者になるべきなのか……?

 それは、ぼくが決めることでもある……。

「少し、昔話をしましょう――」

 そこで、声は言った。世間話をするかのような軽い口調で、なおもぼくに語りかけてくる。

 自己と他人の境界線が曖昧に溶けて消え去る闇の中。不確かに揺れ動くぼくの存在を、その存在が不確定的な声の主が、もろくも現実に繋ぎ止める。

 ぼくは、どこの誰かもわからない謎の声と、一方的で奇妙な交流を続けた。

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