第九十三話 IMAGE―イマージュ―
・一九八六年 七月二十九日 午後五時三十分 認識力研究所一階パーソナルスペース資料室
職員レベル3以上の人間しか立ち入ることを許されていない資料室の中は、通路よりも一段階ほど明度を抑えられた蛍光灯の明かりを反射する頑丈なステンレス製の棚や、直径にしておよそ2メートルの高さを持つ書架に埋めつくされていた。
人がひとり通れるよう、一定の間隔をあけて規則正しく配置されたそれらには、研究所に務める職員の個人情報を記した書類が纏められたファイルを始め、実験の経過を詳細に記した研究日誌などが年代別に整然と収められている。
紙質の劣化を防ぐため、室内の温度、湿度は一定に保たれ、職員にとっても非常に過ごしやすい環境に整えられており、光源もまた、紙焼け防止の観点から、夜間でも真昼並みに明るい研究所の廊下と比べて控えめで、薄暗い洞窟の中にいるような錯覚を抱かせる。
門外不出の機密情報で溢れた資料室だが、部屋の奥に隠されたセキュリティドアの向こう側に保管されているものと比較すれば、その重要性などはたかが知れていた。
このドアを開くためのカードキーはもちろんのこと、別途、用意する必要のあるパスワード、すなわち、四桁の数字である『4612』を知る者は、所長である拝戸幸伸を含め、ほんの一握りだ。
蟻の子一匹通さない、万全なセキュリティ対策。
郊外の山奥に建てられた研究所は難攻不落の要塞であり、もう少し表現を変えるなら、さしずめ陸の孤島と言ったところだろうか。
この場所なら、彼らがこれから行おうとしている大事な話を第三者に盗み聞きされる心配もない。
――“ぼく”が、ヒトの思考の全てを見通し、これを見抜く、全知全能の『神』でもない限りは。
「遅くなって、申し訳ない」
蛍光灯の放つ青白い光の下、研究所の医務室を預かる身である白衣姿の浅間有一が、例のセキュリティドアの前で待ち構えるようにして立っていた客員教授の春日井大和に軽く頭を下げる。
ナイフで余計な肉を削ぎ落としたような骨ばった顔には、確かな疲労の色が見て取れた。
「少々、診察が長引いてしまってね」
そう言って小さく苦笑する浅間だったが、その口調に悪びれた様子はない。
「予定外の急患が直前に入ったものだから、急いで仕事を切り上げてきたところだ」
爬虫類を思わせる特徴的な鋭さを備えた眼差しが、どこか物憂げで神妙な表情を浮かべる春日井を冷たく見据える。その威圧的な視線には、事情を察しろと強く訴えかけるような言外の意味が込められていた。
「……花房幹夫さん、ですね?」
若くして教授の地位を手にした明晰さを象徴するように、人一倍、勘の鋭い春日井は、浅間の顔色を窺うようにしながら慎重な口ぶりで尋ねた。
浅間は、閉ざされたセキュリティドアの方をちらりと見やって、小さく頷く。
「ああ、その通りだ」
わざとらしい作り笑いを消した浅間は、浮かない表情でつぶやいた。
花房幹夫。
とある計画のために外部から招集した、大学病院外科医。
腕の立つ医者という触れ込みで、急遽、認識力研究所の所長である拝戸幸伸らが主導する計画に参入した彼だが、そういった下馬評から一転、たびたび問題を起こしていた。
春日井は、花房幹夫という、筋肉質で大柄の頼もしい体型とは裏腹に、常に血色の悪い顔をした、感情の起伏が激しい、病的なまでに情緒不安定な人間の様子を思い返す。
「彼の奇行は、職員の間でも話題になっていましたからね。彼が身を寄せる宿舎の部屋で突如、奇声を上げたかと思えば、いきなり狂ったようにして暴れ出し、騒ぎを聞いて現場に駆けつけた職員らが慌てて彼の身柄を取り押さえると、今度は途端にしおらしく項垂れて、両目から溢れんばかりの涙を流しながら「許してくれ」としきりに謝罪の言葉を口に出し、困惑する職員らが呆然と顔を見合わせていると、今度は頬を引きつらせて「ひっひっひ」とよだれを垂らして不気味に笑う……」
「なに、単なるノイローゼだ」
そんな事情など知ったことではないと言いたげに、浅間はため息まじりに吐き捨てる。
同情も何もない浅間の冷ややかで素っ気ない反応に、春日井は眉をひそめた。
単なる仕事仲間とはいえ、花房幹夫は自分たちと目的を同じくした人間だ。
義に厚く、情にもろい春日井は、精神錯乱における体調不良で倒れた花房を歯牙にもかけない浅間に対し、嫌悪感にも似た強い拒否感を抱いた。
まるで、人を人とも思わない、冷血漢。
事実、浅間有一という男は、非常に酷薄な人物だった。他人を思いやる気持ちを一切持たない、徹底した利己主義者で、独善的な男。
彼をよく知る関係者は、例外なく、浅間をそのような冷たい人格の持ち主だと評する。
さらに性質の悪いことに、浅間は、自分が本当に認めた人間にしかその悪魔じみた本性を明らかにしないような、計算高い男でもあった。
表向きは飄々とした陽気な人柄を演じ、容易く相手の胸襟を開かせる。
要は、他人の弱みを探り上げ、それを掌握する術に長けているということだ。
大抵の人間は、一見すると爽やかな浅間の見かけと、営業トークにも似た緩急巧みな話術に乗せられ、簡単に騙される。
端的に言って、詐欺師のような人種。
もっとも、公明正大をモットーとする春日井が忌み嫌うような、浅間の邪悪な性格も、その生い立ちに起因する後天的な環境によるものが大きい。
――新国際空港開発計画。
今より二十年前の一九六六年に発動された、日本の総力を挙げての一大行事が、浅間の心に暗い影を落とす。
「また暴れられても困るからな、鎮静剤を投与しておいた。しばらくは目を覚まさないだろう」
春日井は、浅間が認めた数少ない人物のひとりだった。
だからこそ、本来ならば決して人に見せないような腹黒い一面を明かし、同じ土俵に立って話をする。
「……それなら、いいんですけどね」
ある意味では医者らしい浅間の冷淡な対応に、春日井はやれやれと肩をすくめる。
花房幹夫という男は、なるほど、腕の方は確かと評判ではあったが、いかんせん、精神面で問題が見受けられる。彼が勤めている瀬津大学附属病院でも、女性関係のいざこざで謹慎処分を受ける寸前にまで話がもつれこんでいたようだから、その甲斐性のなさが知れる。
もっとも、医局の人間が提示した、とある条件を飲むことによって、彼は謹慎処分を免れ、その経歴に泥を塗ることを避けられたのだが。
「本来なら、瀬津大学附属病院の剣持忠人があの計画に参与するはずだったのだが」
人前では分厚い仮面を被ったようにして本性を隠す彼にしては珍しく、感情をむき出しにして悔しがった。腕組みした両手で白衣の裾をギュッと握りしめ、苛立たしげに舌打ちする。
「だが、あの男は、我々の誘いを……“あの人”の協力を断った。かつて、我々が、同じ釜の飯を食う仲であり、共に社会の変革を誓い合った同志であったにもかかわらず、だ」
明らかな私怨が込められた、憎々しい怨嗟の言葉。
感情の起伏に乏しい浅間の顔つきが、仁王像のような憤怒の形相に変化し始める。
「……『AZ』」
ぽつりと、絞り出すようにして春日井が言った。
浅間の鋭く、冷たい目が、深海魚それのように迫り出し、ぎょろりと彼の方に向けられる。
「そうだ春日井、お前も知っての通り、私は『AZ』の元構成員であり、数少ない残党のひとりだ」
自嘲するように頬をつり上げ、低く笑う。
秘密結社『AZ』。一九六〇年代後半から七〇年代前半にかけて暗躍した、暴力による革命を目的とする、拝戸久三が設立した地下組織。
新左翼党派であるブントのような旧来の派閥に属さない第四のグループとして発足した『AZ』は、いわゆるノンセクト・ラジカルにあたる。
かねてより新国際空港開発計画を頓挫させるべく暗躍した破壊工作員――コードネーム『A』――を迎え入れた『AZ』だが、結局は組織内における意見の衝突と、それに伴い行使される暴力、いわゆる内ゲバにより分裂し、組織の絶対的な権威の象徴だった『A』の不可解な死と共にその活動を終えた。
現在は解体され、後継組織も存在しない。
「本来、役立たずの花房の代わりに計画に参加する予定だった瀬津大附属病院の剣持忠人は、私と同じ、『AZ』の構成員だった」
過去を懐かしむような口ぶりで、浅間が言った。冷たい氷を思わせる彼の顔に、ひと筋の柔らかな光が差し込む。
しかし、それは数えてほんの一瞬で、すぐに元のような薄暗い影がその表情を覆った。
「もっとも、剣持のやつは、市民革命の必要性を知っていながら、それを実行するだけの勇気を持っていなかった臆病者で、卑劣な日和見主義者であるのだが」
口元を歪め、冷酷に断じる。
「だからこそ、剣持が犯した過去の過ちを清算させる、いわば告解場となる舞台を、我らが『AZ』の理論的指導者である“あの人”、すなわち今回の計画を発案した拝戸久三氏は設けられたわけだが」
しかし、剣持は、その誘いに乗らなかった。
「私と同じ『AZ』の元構成員であり、計画の最高責任者に任命された芥川は、剣持のことなどまるで気にも留めていない様子だったが……」
浅間の薄い眉根が、ひくひくと痙攣する。
「私が許せないのは、“あの人”が合同研究の話を持ちかけた張本人である拝戸幸伸所長もまた、まったく別の実験計画にご執心だということだ」
「……波動関数発生装置の発明、及び、実用化」
声を潜めて春日井が応じる。
浅間は鷹揚に頷いた。
「春日井、きみを内通者として拝戸所長のところに送り込んでいるのも、肝心の計画をほっぽり出し、日がな私設研究室にこもりっきりである彼の本心を探るためだ」
本来、春日井や拝戸久三らと協力して行われる実験計画は、波動関数発生装置なる得体の知れない機械を作成することではなく、もっと別のところにあった。少なくとも、浅間自身は、そう聞かされていたし、それを疑う余地もなかった。
しかし、現実は、どうも違うらしい。
「まさか、死者を蘇らせる実験、『AtoZ』の他に、まったく別種の計画を、“あの人”が企んでいたとは……」
『この世界とは別の世界――並行世界を人為的に作り出す』
拝戸久三、幸伸の両人は、あろうことか、そのような絵空事にも等しい謎の計画を企て、これを実行しようと水面下で動いていた。
にわかには信じられなかった。春日井からその話を聞かされた時は、何の冗談かと訝ったものだ。
「だが、春日井、きみから実際に確認を取ってもらって、確信した。“あの人”と拝戸所長の狙いは、私や芥川が主導して進める『死者蘇生』になどないと」
舌打ちまじりに吐き捨てる。
浅間に伝えられていた合同研究の目的は、以下のようなものだった。
『死者に、生者の記憶を移植させる。もしくは、生者に、死者の記憶を植え付ける』
それこそまさに、『AtoZ』と名付けられた、死者蘇生実験。人類が長い年月をかけて培ってきた倫理観を排した末に遂行される、神をも冒涜する壮大な計画。
これも、“人間の認識が外界にどのような影響を及ぼすのか?”という問いに答えるため。
「……そのために、私は、個人的な付き合いのある、製薬会社ビオニクスの開発部門に携わる狭間呂久郎氏に直接コンタクトを取り、脳の大脳皮質や神経系に刺激を与えることで幻覚を誘発させ、記憶を改ざんさせる新薬を作り出した」
浅間によって『IMAGE』と名付けられたそれは、フランスの哲学者であるアンリ・ベルクソンの著書、『物質と記憶』の主要概念である同名の“IMAGE”から取られている。
ベルクソンによれば、この世界は、物質としての客観的実在である“IMAGE”と、その“IMAGE”に対してカメラのレンズを絞るように対象を限定化し、過去と現在を互いに切り結ぶヒトの純粋知覚と記憶力によって複合された“IMAGE記憶”、そして、過去全体を包括する“純粋記憶”に区別される。
ヒトに与えられた記憶能力は、“IMAGE”の背後に重なり合うようにして存在する“純粋記憶”、すなわち、過去それ自体から、必要に応じてある特定の一部分を切り取り、固有の“IMAGE記憶”を作り出す。その“IMAGE記憶”は、ヒトが過去を再現しようと努めた結果としてもたらされる現勢的なものであり、また、現在に反映された行為である以上、なんら観念的で抽象的なものではなく、むしろ量的かつ物質的なものである。
記憶とは、箱の中に保管された静的な置物などではなく、過去を現在化させるために絶えず流動し、常に前方へと押し出される、削岩機の突端にも似た先端部なのだ。
過去こそが、存在している。あらゆる現在は、過去から出発しているからだ。
逆に、絶対的な特権を持っているとされた現在の瞬間とは、彼に言わせれば、すでに起こった出来事が自然法則性に従って再演された、過去の単なる延長に過ぎない。
過去とは、一般的に言われるような、すでに過ぎ去った、もはやそこにないものではなく、依然として滞留し続けている。俗説の語るところの生成と消滅のサイクルとは異なり、過去は存在を維持しつつ、同時に、確かな拡がりを持ったものとして、今も規模を増やし続けているのである。
この宇宙と、同じように。
現に、『物質と記憶』では、過去の実在性が強調されている。著書の中で『現在の瞬間ほど存在しないものはない』と語っているように、現在は存在するのではなく、過去と未来に成り行くものでしかない。
事実上、ヒトは、過去しか知覚していない。ヒトの意識が手にしようとしているのは、純粋な現在に食らいつくために未来の方面へ向かおうとたゆまぬ努力をしている過去の直近部分である。
そして、ヒトの認識する世界は、客観的実在である“IMAGE”と、そこに重なり合って存在している質的な“純粋記憶”から特定の部位を取り出した“IMAGE記憶”に準拠している。ヒトの持つ記憶能力は、現在と未来の双方向に散乱する過去を固定化させ、それを現在に持ち出そうとする能力だからである。
そこで、浅間は、こう考えた。『ヒトの認識する世界が“IMAGE”と“純粋記憶”を抽出して分解し、それを再構築したものだというのなら、その“IMAGE記憶”を変えてさえしまえば、ヒトが認識する現実すらも変えられるのではないか』と。
過去が現在を規定する。
ならば、現在に対して恣意的な変更を加えれば、そこに地続きである不動の過去をも変えられ、ひいては未来をも変えることができる。そのヒトが本来辿るべき道筋を、矯正することができるのだ。
いわば、それは、過去という原点から一直線に伸びた現在という先端に続く削岩機の位置を、まったく別の地層に移行させるような行為。
座標をずらされた削岩機が掘り進めることになるのは、当然、異なる地層に位置する現在であり、異なる時間・空間である。
最終的に、過去の突端は、本来、進むべきはずの道を逸れて、地図に描かれたものとは違う現在へと到達する。
ヒトに特有で特権的な記憶能力が、唯一、それを可能とする。
現在を変えれば、過去も、未来もまた、変わる。
国内でも有数の理論物理学者であり、とある友人の勧めでドイツ観念論を深く学び取っていた拝戸久三から、社会変革のための独自の思想を学んでいた浅間は、そう確信していた。
とはいえ、浅間がこの結論に達するために歩んだ道のりは、決して、平坦なものではなかった。
乗り越えるべき課題は、いくつもあった。
資金に関しては、合同研究に参加したKSGIが多額の金額を援助したため、特に困ることはなかったが、それを差し引いても、技術的な問題が依然として立ちはだかっていた。
なにせ、前例がないのだ。
他人の脳に、その人間のものとは違う記憶を植え付ける。それも、死んだ人間の記憶を、だ。
技術面の問題もさることながら、理論的な困難も同時に抱えていた。
当初、浅間と芥川は、催眠という古典的な手法によって被験者の記憶を改ざんする方法を思いついたが、これはすぐに却下された。
浅間は、多忙を極める研究所での通常業務をこなすかたわら、ベルクソンの著書、とりわけ『物質と記憶』を熟読しつつ、持ち前の話術やコネを使って狭間呂久郎の協力を仰ぎ、ようやく、計画の最終段階にまでこぎつけた。
その途上で、瀬津大学法医学教室に、あの『A』の遺体が保管されていることを、芥川経由の情報で知った。
かつての同志であり、浅間の乗り越えるべきひとつの里程標でもあった、因縁の人物。
話によると、同大学の生物学教授であり、また、『AZ』の残党でもある露木銀治郎が、夜分に人知れず法医学教室に忍び込み、ひそかに『A』の遺体を持ち出し、怪しげな実験の被験体として用いたようだ。
芥川いわく、自分たちと同じ『死者蘇生』実験とのことだったが、詳細は不明。
結局、露木の行った実験は失敗した。
実験自体は失敗に終わったが、完全に無駄だったわけではない。
なぜなら、芥川は、露木の実験を参考に、今回の『AtoZ』計画を思いつき、一夜のうちに計画書を書き上げ、それを拝戸幸伸に提出、受理された結果、KSGI完全サポートのもと、同計画が発動されたからだ。
その要諦は、こうだ。
――カプセルの内部に保管された『A』の脳髄、そこに保存された記憶情報を抽出させ、被験者である別の人間に移植させる。
狭間と共同開発した薬品『IMAGE』は、外科手術によって植え付けた記憶を補強し、その定着化及び安定化を助ける効能を持つと期待されている。
浅間が考案した、ベルクソンの哲学を下敷きにした理論が、いよいよ日の目を見るのだ。
だが、浅間の敬愛してやまない拝戸久三や、その息子である拝戸幸伸は、投薬による対症療法のような、ある種の姑息な現実の改変による認識の操作などではなく、もっと根幹的な切り口から出発し、自分とは別の地点を目指している。
一体、何を考えているのか……。
「春日井、きみはどう思う?」
長く、重たい静寂を伴った思索の後、浅間は問う。
「なぜ、拝戸所長と拝戸久三氏の両者は、私や芥川に、並行世界生成計画を黙っていたのか。一方で、どうして、『AtoZ』こと死者蘇生実験を我々に課したのか。そこに、どのような意図が隠されているのか……」
建前と本音。
表向きは『AtoZ』計画実行の宣言をしておきながら、裏では波動関数発生装置という機械を極秘に開発し、あまつさえその試作機の性能をテストするため、『A』の脳を移植するという名目で集められた被験者に対して無断で適合実験を行う。
怪しくないと言えば嘘になる。
まさか、全ては、拝戸親子が自分たちの研究を実行するために準備した布石に過ぎないのではないか――そんな考えが頭をよぎる。
春日井は瞳を伏せた後、物思わしげな沈黙を経て、こう答えた。
「……おそらく、浅間先生が考えている通りだと思いますよ」
熱い輝きを秘めた燃えるような春日井の目が、しっかりと浅間の眉間を捉える。
「ほう」
春日井の返答が予想外だったのか、はたまた、思い通りだったのか、浅間は毒々しい薄笑いを浮かべた。
「私が考えている通り、か」
胸中を見透かされたようだった。
不思議と、不快感はない。
むしろ、可笑しかった。
「そうか」
深い感慨のこもった声でつぶやいた。
……何もかも、私の思い描いているものと同じか。
口角を半月状に歪め、思う。
だとすれば、あの人たちは、私を……。
資料室に鎮座する書架の一点を見据えた浅間の目が、怪しく光った。