第04話「無自覚な変化と絶句の幼馴染」
目覚まし時計のけたたましい電子音で、重い瞼をこじ開けた。
天井を見上げ、深く息を吐き出す。
一晩眠れば、昨日の出来事なんて全部くだらない悪夢だったと笑い飛ばせるはず――そんな淡い期待は、シーツを跳ね除けた瞬間に無残にも打ち砕かれた。
「……おっ、重い」
上半身を起こすと、ピンクのネグリジェの胸元がずっしりと引っ張られる。
首筋に絡みつくさらさらの長い黒髪。細すぎる手首。
何も変わっていない。僕は、女の子のまま朝を迎えてしまっていた。
部屋の隅を見やれば、押し入れの襖はきっちりと閉ざされ、中からはすやすやと規則正しい寝息すら聞こえてくる。すべての元凶である銀髪の少女は、僕の部屋の押し入れで悠々と熟睡中らしい。
叩き起こして元の姿に戻せと詰め寄りたい衝動を、登校時間の針が容赦なく削ぎ落としていく。
「……とっとにかく、着替えないと」
クローゼットを開けると、男物の制服など最初から存在しなかったかのように、きれいにアイロンがけされた女子生徒用の制服が吊るされていた。
白いボタンダウンのシャツ、淡いピンクのリボンタイ、柔らかいベージュのカーディガン、そして濃紺のプリーツスカート。
着替えるだけで、一苦労だった。
下着の付け方に悪戦苦闘し、スカートの頼りないスースーする感触に落ち着かない腰回りを何度も手で押さえる。
そして、ドレッサーの前に座り――。
「…………」
ヘアブラシを手に取った手が、迷いなく動いた。
髪を滑らかに梳かし、コームで前髪を整えて、ハーフアップの位置でまとめ、手慣れた指先でピンクの大きなリボンを結び留める。
完成した自分を鏡で見て、ゆずきはぞっとした。
(なんで……なんでボク、こんな綺麗に髪を結べるんだよ……)
男だった頃は寝癖を水で濡らして撫で付けるだけだったはずなのに、指先が、体が、完璧な女子高生の身だしなみを知り尽くしている。
逃げるように通学鞄を掴み、ゆずきは家を飛び出した。
◇◇◇
いつもの通学路、角を曲がった電柱のそば。
腕組みをして待っていた幼馴染――凜の姿が見えた。
いつも通りの少し吊り上がった気の強そうな瞳、短めに整えられた茶髪。見慣れたはずのその姿に、ゆずきは思わず安堵の声をあげて駆け寄った。
「凜ちゃ~~んっ! 待たせてごめ~~ん!」
パタパタと小走りで駆け寄る。
男だった頃のように大股で走ろうとするとスカートが邪魔で足がもつれそうになるため、自然と歩幅の狭い、小刻みな走り方になってしまう。
凜が顔を上げ、こちらを見た。
そして――。
「…………」
ぴたりと、凜の時が止まった。
「あ、あのさ、聞いてよ! 昨日のあいつ、ルナってやつがさ、ボクの部屋の押し入れを勝手に占拠してて――」
ゆずきは息を弾ませながら、昨夜の理不尽さを訴えようと凜の顔を覗き込んだ。
息が上がって少し熱くなった頬を、両手でパタパタと仰ぐ。
走った反動で乱れた前髪を、右手の人差し指でそっとかき分け、整える。
「……ねえ、凜ちゃん? 聞いてる?」
「…………」
凜は一言も発しなかった。
口をわずかに半開きのまま、見開かれた両目がゆずきの全身を上から下へ、下から上へと何度も往復している。
その視線には、怒りでも嘲笑でもなく、ただただ圧倒的な「絶句」が宿っていた。
「な、なに……? 変かな、やっぱりこの格好……」
不安になったゆずきは、プリーツスカートの裾を両手できゅっと握りしめ、おずおずと上目遣いで凜を見上げた。
無意識の仕草だった。
自分より背の高い相手の顔色を伺おうとしただけなのに、首をすこし傾げ、大きな瞳を潤ませて見上げるその角度は、計算され尽くした美少女のそれ以外の何物でもなかった。
「…………っ!」
凜の喉が、引きつったように小さく鳴った。
額に青筋が浮かび、顔が徐々に朱に染まっていく。何かを言おうとして唇をわなわなと震わせるが、声が形にならない。
「凜ちゃん……?」
「……あな……っ」
「え?」
「あなた……っ、なんなのよ、それ……っ!! 昨日あの後思い出したんだけれど、よく考えたらやっぱりゆずきは男の子だったじゃないの!!!!」
「えええ~~~~っ凜ちゃんは記憶が残っているんだ」
「そうよ!気づくまでずっとあなたが元々女の子だったみたいに思っていたわよ!これは一体どういうことなの?」
「そっそれがさっき言ったルナっていう銀髪の死神の女の子なんだ」
「は・・・?ルナ?銀髪?それに死神ですって?」
「うん、そうなんだ。一昨日学校から帰ったら部屋にいたんだよ」
「え・・・・・・?」
「どうしたの?凜ちゃん?」
「ゆずき、あんた変なラノベの読み過ぎじゃないの?」
「ちっ違うよ~~~!!!現にこうして女の子になっちゃったじゃないか~~~」
「そっそういえばそうね」
「も~~~っボクだっていまだに信じられないけれどほんとなんだよ~~~」
「・・・・・・・・」
「どうしたの?凜ちゃん?」
「そんなことよりもその身なりは何?まるっきり女の子じゃないの!」
ようやく絞り出された凜の声は、怒号というよりは悲鳴に近かった。
「歩き方! 手の位置! その髪のリボン! 極めつけにその上目遣いは何なのよ!?」
「えっ、えぇ!? ふ、普通に走ってきて、息整えてただけで――」
「どこが普通よ! 完全にあざとい女子の動きじゃないのよ!!」
「あざとくなんかないよ! 体が変わっちゃったから、こう動くしかないんだってば!」
「嘘おっしゃい! 昨日まで男の子だったのに、なんで一晩でそんな軽やかに小走りできるのよ!? なんなのその内股! スカートの裾を握るな!!」
バンバンと自分の太ももを叩きながら、凜は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「く……っ、信じられない……。中身があのゆずきなだけに……見た目と仕草が完璧すぎてますます女子力えげつない、文句言おうとしても調子が狂う……っ!」
「な、何言ってるのか全然わかんないよ……」
困惑するゆずきは、途方に暮れながらしゃがみ込む凜にそっと手を差し伸べた。
その指先すらも、細く白く、どこまでも繊細で儚げだった。
凜はその手をぺちんと弱々しく払いのけ、真っ赤になった顔を背けて立ち上がる。
「……もういい! 遅刻するわよ、行くわよ!」
「あ、待ってよ凜ちゃん!」
怒り心頭の様子で早足に歩き出す凜の背中を、ゆずきは必死に小走りで追いかける。
これから向かう学校という戦場で、どれほどの視線が自分に突き刺さることになるのか。
無自覚に「美少女」へと変貌を遂げていくゆずき自身は、まだ何一つとして理解していなかった。
(第04話「無自覚な変化と絶句の幼馴染」おわり / 第05話へ続く)
メインヒロインのひとり瀬戸ゆずきが歌う、「ゆずきはゆずき?!」のキャラクターソングです
『フリルとポニーテールの魔法』
架空アニメ「ゆずきはゆずき?!」 キャラクターソング
歌:瀬戸ゆずき
https://suno.com/song/1d99cf9e-e21e-426e-ac42-ff704360ff33




