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第01話「舞台の上のヒロインと、死神の甘い鎌」

挿絵(By みてみん)


「――ああ、どうか行かないで、我が君! この命が露と消えようとも、わたくしの心は永遠にあなた様のもの!」

「はい、カット! 素晴らしいですわ、ゆずきさん! 今の指先のすがりつき方、胸に迫るものがありましたわ!」


視聴覚室の舞台袖で、鳳凰院蓮華先生が両手を合わせてうっとりと目を潤ませていた。優雅に結い上げた艶やかな黒髪を揺らし、世間離れした笑みを浮かべている。顧問でありながら、誰よりも部員たちの芝居を純粋に楽しんでいる先生の拍手は、いつだって温かい。


「ありがとうございます、蓮華先生! でも、もうちょっと上目遣いの角度、浅くした方が客席の照明を拾えるかも……」


瀬戸ゆずきは自前のポーチから小さなハンドミラーを取り出すと、慣れた手つきで前髪の毛先を直した。

鏡の奥から見つめ返してくるのは、手入れの行き届いた白い肌に、すっと通った鼻筋。そして高い位置でキュッと結んだ黒髪のポニーテール。どこからどう見ても可憐な少女のそれだが、ゆずきの戸籍上の性別は高校一年生の男子だ。

メイクや所作の研究に余念がなく、そこらの女子生徒よりもよっぽど美意識が高いゆずきは、春の新入生歓迎公演のヒロイン役に満場一致で選ばれていた。


「悪ぃ、待たせた! 400のタイム計り終わってダッシュで戻った!」


部室の引き戸が勢いよく開き、肩で息をしながら飛び込んできたのは岸辺凛だった。

短く切りそろえたベリーショートの襟足に汗を光らせ、首に巻いたスポーツタオルを無造作に引っ張る。文化部と運動部の掛け持ちを推奨する校風もあって、凛は陸上部で短距離のレギュラーを張りつつ、この演劇部では「宝塚の男役」のような立ち位置を引き受けていた。


「お疲れ様、凛ちゃん。スポドリ冷えてるよ」

「ん、ありがと。……ったく、あんたのその格好、何回見ても気合い入りすぎなんだよ」

「失礼だなあ。新歓公演で新入生を演劇部に引き込むための企業努力だよ」


ゆずきが稽古着のロングスカートをひらりと揺らして笑う。

凛は喉を鳴らして冷たいボトルをあおりながら、その姿をじっと見つめていた。舞台の上でヒロインとして輝くゆずきは、確かに目を奪われるほど可愛い。けれど凛の頭の芯には、泥だらけで駆け回っていた幼い頃からずっと「こいつは私の大切な男の子」という、誰にも譲りたくない意識が深く刻まれている。


「ほら、さっさと合わせるぞ。ラストシーン、抱き寄せるタイミング」

「うん、お願い!」


凛が男役の重心で一歩踏み込み、差し出した手のひらに、ゆずきが柔らかく指先を重ねた。

ふわりと鼻腔をくすぐる石鹸の匂いと、見上げてくる潤んだ瞳。

凛の心臓が一瞬だけトクンと跳ねた。


「……っ、ゆずき、もうちょい顎引け」

「えっ、こう? 凛ちゃん、なんだか顔赤くない?」

「汗が引いてないだけ! ほら、最初からもう一回!」


誤魔化すように声を張り上げる凛の手の平には、まだ確かな熱が残っていた。

 

◇◇◇

 

その日の夜。

すっかり静まり返った自室の姿見の前で、ゆずきはお気に入りのピンクのリボンを指先で弄んでいた。

もしも、自分が本当に女の子だったなら。

あのドレスをもっと自然に着こなせるのだろうか。男子特有の骨格に感じる小さな息苦しさと、胸の奥で燻り続ける憧れ。手元に視線を落とし、小さく息を吐いた――その瞬間だった。


「もぐ……ん、まあまあですわね。いえ、この抹茶の苦味と大福の甘み……かなりハイレベルですわ」


背後から響いた、あまりにもマイペースな声に全身の毛穴が開く。


「――ひゃああっ!?」


飛び退いて振り返ると、勉強机の上に黒と白の豪奢なゴシックロリータドレスを纏った銀髪の少女?!が、行儀悪く足を投げ出して座り込んでいた。手には、母が夜食として置いていってくれたいちご大福。傍らには、部屋の天井につかえそうなほど巨大で凶悪な大鎌が、何食わぬ顔で立てかけられている。


「だっ、誰!? 泥棒!? どこから入ったの!?」

「失礼ですわね。わたくし、冥界から出張してまいりました見習い死神のルナと申します」


ルナと名乗った少女は、唇についた餅粉をペロッと舐め、抹茶を一口すすると、心底うんざりしたように細い肩をすくめてみせた。


「まったく、現世の甘味は素晴らしいのに、冥界の上司ときたら頭が固くて敵いませんの。『今月中に魂をあと一件回収しろ、見習い風情がサボるな』ですって。ノルマ、ノルマ、ノルマ……ブラック企業もいいところですわ」

「し、死神……? ノルマって、ボクを殺しに来たの!?」


震え上がるゆずきを、ルナは紅玉色の瞳で頭から爪先まで値踏みするように眺めた。


「そのつもりでしたけれど……あら? あなた、男の魂のくせに随分と可愛らしい色をしていますわね。そこらの本物の小娘より、よっぽど純粋に女の子になりたがっているじゃない」

「そ、それは……ボク、ずっと女の子になりたいって思ってて……!」


思わず零れた必死の訴えに、ルナの口元が三日月のように妖しく吊り上がった。


「名案ですわ。あなたの寿命の一部を魔力に変換して、魂の形そのままに肉体を再構築して差し上げます。そうすればわたくしのノルマの査定にもプラスになりますし、あなたも念願の女の子になれる!」


ルナは机からふわりと飛び降りると、愛用の巨大なデスサイズを両手で頭上高く振り翳した。切っ先が月光を浴びて、青白くギラリと凍てつくような光を放つ。


「ウィンウィンですわね! ……よろしいですわね?!」

「えっ、ちょっ、待――」


制止の叫びごと切り裂くように、重厚な鎌が一閃した。

キィン、と硬質な金属音が鼓膜を震わせ、白銀の光が部屋を埋め尽くす。

やがて光の粒子が溶けるように消え去り、ゆずきは恐る恐る目を開けて、目の前の姿見へと視線を向けた。


「……え?」


鏡の中にいたのは、滑らかな鎖骨、キュッと引き締まった細いくびれ、胸元の柔らかなふくらみ、そして腰までしなやかに波打つ、黒髪のロングポニーテール。


「ええええええええええええええええええっっ!?」


かつてないほど高く澄んだ絶叫が、真夜中の部屋に吸い込まれていった。


(第01話「舞台の上のヒロインと、死神の甘い鎌」おわり / 第02話へ続く)

メインヒロインのひとり瀬戸 ゆずきが歌う、「ゆずきはゆずき?!」の前期OP主題歌です


『境界線ポニーテール・ラッシュ! (Full Size)』


架空アニメ 「ゆずきはゆずき?!」 OP主題歌


歌:瀬戸 ゆずき


https://suno.com/s/AR6aVtsKl3ipARwe 

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