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第四話:グリコとキョロ(その4)

     *


「あたしってさ、人とつき合うのが苦手じゃん?」と、こんどはイギリスのロンドンにある何とかって橋のうえでヒロインは言った。「――だからウソついた」


 すると、既に正体を見破られている主人公のペトロ少年は、さっきとは別の意味でなかばフリーズ状態になっていたのだが、そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、


「――マンだって疑ってたからじゃないよ?」と、ヒロインは続けた。「……きみをずっと見てたのはさ」


 と、ここで観客席に座る多くの男性陣ならびに多くの女性陣たちは、この若く不器用かつ毒舌なヒロイン・マリアに改めて恋に落ちたりしたのだが、そんな彼ら彼女らよりも大変なのはハートをズッキュン!ドッキュン!!と撃ち抜かれた (注1)ペトロ少年である。


 彼は、彼女のこの言葉の意味に――彼女からの好意に――やっと気付くと、“思考回路はショート寸前”ででもあったのだろうか、やっと口を開いたかと想うと、ただただ、


「それって最高……」


 と、応えるだけであった。


     *


『なるほど――』と、ここで改めて脚本の巧みさに感心しながら森永久美子 (24)は想った。『ここでさっきの“きみのことずっと見てた”が別の意味で活きて来るわけですね』


 それから彼女は、ひじ掛けのポップコーンに手を伸ばすと――、


『あれ?』と、自分でも気付かないうちに自分のぶんの塩味を食べきってしまっていたことに気付いた。


『まあ、いいか』そう想いながら彼女は手を引っこめようとしたのだが、すると――、


 トントン。


 と、となりの席の幼なじみが彼女の腕を軽く叩き、


『よかったら――』と、彼の残りのポップコーンを彼女に食べるようすすめた。


 久美子は一瞬、遠慮しようかとも想ったのだが、それを許してくれる彼だとも想えなかったし、スクリーンの中は大団円へと向け話が進んでいたので、彼女は――それでも少しためらってはみたものの――こころよく、その申し出を受けることにした。


 甘いキャラメル味のなかに、ひとつだけ、固い芯が残っていた。


 甘くて苦くて、摩天楼を飛ぶペトロくんたちみたいに、すこしだけ、目が回りそうな気がした。


     *


「ああ、うん。チケットならもう買ってます」


 さて。


 ということで、こちらは場面替わって――というか、所番地的には同じシネコン内『四ツ谷フォレスト6』のシネマロビー・チケット発券機前。スマートフォンで電話をかけているのは我らが樫山詢子さん (27)である。


「え?いやいや良いんですよ、誘ったのはこっちですし――、

 うん?……ああ、昨日もひとりで (2回ほど)観たんですけど、(入場者特典で推しが来なかったので)もういちど観ておきたいなーって想って――、

 え?……そうそうそう。クリエイターの性と申しましょうか (スクリーンに穴が空くほど観ないと観た気がしないヤバいオタク的)ファン心理と申しましょうか――、

 え?……あー、いまは (似たような雰囲気のお姉さま方が多数いらっしゃる)発券機のあたりにいます。

 え?あーもう着きました? (推してる映画で空席は作りたくないので)良かったー。

 え?これからエスカレーターですか?

 あー、なら、えっとー……」


 と、そんなことを言いつつ詢子は、フードショップ手前の掛け時計に目をやり、開場までの時間を確かめ、奥の曲がり階段から降りて来るグリーンのモッズパーカーとその背中を愛おしそうに見つめる地味めのイケメンを視界の端に捉えてから、エスカレーターの上り口へと視線を移動させた。――なんかいま、重要なものが見えなかった?


「え?……あーすみません。

 えー、はいはい。時間はぜんぜんオッケーです。ごめんねーなんかバタバタさせちゃって――」


 エスカレーターからは、先ずは親子連れが、つぎに高校生ぐらいの男子の一群がロビーに出て来て――、


「そうなんですよー、イスミが“撮影ドタキャン”って真琴さんのツイッターを見てですね――」


 それから、男子高校生の一群が終わると今度は30代ぐらいのカップルが降りて来て、そのななめ前をシネマショップに入って行くモッズパーカーと地味イケメンが見えて――、


「え?……いやいやこっちこそ普段着で来てますし、デー……デデンデンデンデン、ってワケでもないですし。

 あー、まあ、普通のスポコンアニメ映画だと想って観ていただければ良いですし、その辺あんまり気にしないで――」


 で、まあ、カップルの後からは小さな男の子とお父さんで、その次がサラリーマンっぽいおじさん……営業途中にサボってんのかしら?それから――、


『なんかいま、やっぱり重要なものが見えなかった?』


 と、ふたたび詢子が気付いたところで、本日の待ち合わせ相手――山崎真琴 (28)がエスカレーターから降りて来る様子が彼女の視界に入って来て――、


『あっちゃあ……』と、詢子は本日現在の我と我が身を後悔した。


     *


 なるほど。


 確かに小一時間ほど前、


「出先から直接行くから着換えとかするヒマないけど良いかってさ」


 と、佐倉伊純 (29)は訊き、


「ああ、そんなのこっちだって普段着のままだし、全然気にしないよ――」


 と、樫山詢子 (27)は応えていた。


 うん。


 きっとだれにも悪意も底意もないのだろう。


 長めのコートを羽織っているため中の服装までは分からないがそれでも、ばっちりメイクときっちりヘアと、凛とした立ち姿の山岸真琴 (28)は周囲の女性の誰よりも女性らしい女性に見えて――詢子はすこしだけ、頭がいたいような感じがした。



(続く)


(注1)

 ここでの表現の古さ拙さについてはどうかご容赦いただきたい。

 と言うのも、この物語の作者もペトロ少年同様、ここでの彼女に“ズッキュン!ドッキュン!!”とハートを撃ち抜かれたため他に書きようがないからである。――仕方ないじゃん。


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