第四話:グリコとキョロ(その2)
と、いうことで。
いまは日曜日の朝9時52分で、待ち合わせの相手は地下鉄の車両点検の影響だとかで7分ほど遅れていて、森永久美子 (24)はLサイズのポップコーン (塩とキャラメルのハーフ&ハーフ)を前に、その誘惑に負けかけていたりした。
『そんなに好きでもないのに、なんでこんなにそそられるのかしら?』
と、塩派のくせに彼女は想い、
『――少しぐらいなら食べても気付かれませんよね?』
と、待ち合わせ相手の好物であるキャラメル味に手を伸ばしかけた瞬間、
ブブブッ。
とばかりに上着ポケットのスマートフォンが鳴り、待ち合わせ相手の到着を伝えた。
『了解。売り場の辺りにいます。』
とだけ書いて――キャラメル味には手を出さないままに――返信した。
『どこの売り場か書き忘れた。』
と想って改めてスマートフォンを見ると丁度9時53分から9時54分に切り替わるところで、その流れのまま右手首に巻いた腕時計を見、もういちどスマートフォンを確認し、ロビー出入口に掛けられているキャラものの大時計に目をやったところで、本日の待ち合わせ相手――江崎曽良 (24)のすがたが目に入った。
彼の、すこし息が切れている様子を見て彼女は――キャラメル味のポップコーンにはひとつも手を出していないにもかかわらず――すこしだけ、胸がいたいような感じがした。
*
「ねーねー、付き合ってよーー、チケット代ならおごるからさあーー」
と、会話相手のそで口を引っ張りながら樫山詢子 (27)は言った。
すると、そんな実年齢マイナス15才ぐらいのおねだりに対した会話相手・佐倉伊純 (29)は、
「いやよ、私ももう観たもの」と、そで口から詢子を引き離しながら言った。「あんただって昨日2回も観たんでしょ?」
「だってー、それがあー」と、彼女から引き離された手を引っこめながら詢子。「……推しが来なくってさあ」
「……入場特典のこと?」
「そう。しかもダブり」
「だれがダブったのよ?」
「まさかのアルベール」
「マジで?!一枚頂だい!」
「いやよ、あんた推しでもなんでもないじゃない」
「それでも珍しいじゃん!」
*
ということで。
こちらはいつもの街のいつもの小さな喫茶店『シグナレス』の店内であるが――、
「あのひとたちほんといっつも楽しそうだよねー」と、そんな詢子たちの様子を遠くから眺めながらこの店のウェイトレス (赤毛・長身)は言った。「――いっつもどんな話してんのかな?」
すると、そんな彼女のセリフを聞くともなにし聞いていた厨房係の同級生 (黒髪・長身・男によく間違われます)は、チラ。と、客席のほうをのぞくと、「あー」っと、いろいろな想念やら妄念やらを巡らしてから、「今日のは多分、水泳関係とかじゃない?」と言った。
「そうなの?」
「多分だけどね」
「そんなスポーツやってる風には見えないけど?」
「あー、ヤッチはまだ日が浅いもんね」
「……なにが?」
「いやいや、なんでもない」――ちなみに私はゴローさん派です。
*
「じゃあさー、ナオさん来たら伊純にあげるからさーー、いっしょに行こうよーー」
「だから、もう観たって言ってんでしょ?」
「なんど観たって楽しいじゃん」
「私は円盤買って買い支える派なの」
「えー、じゃあまたひとりで二回観ろってこと?」
――二回観るのは確定なんだ?
「ほかの漫画家仲間とかは?」
「だめ、みんなつながんない」
「お兄さんでもさそったら?」
「いやよ、終わったあとの感想戦が長くてウザくて感動が薄れちゃうもん」
――悪かったな。
「漱吾は?どうせヒマしてるだろうし」
「いやよ、ずーーーーーーーーーーっと横でなにかしら食べてるもん」
「真琴くんは?」
「……え?」
「さっきツイッターで“撮影ドタキャン!”とか書いてたわよ?」
「あー、でも……アニメとか見ないひとなんじゃない?」
「きくだけ訊いてみたら?」
「あー、いやー、でもー、いきなり第三期総集編から入るってのも……」
「ふーん」
「なによ?その“ふーん”ってのは」
「いやいやいやいや」
「だからなによ?その“いやいやいやいや”ってのは?」
「オッケーオッケー、みなまで言うな」
とここで伊純は、テーブルのうえのスマートフォンに手を伸ばすと、「お姉さんに任せておきなさい」と言い、
「ちょっとイスミ、やめてよ!」と言う詢子の制止も聞かずに、
「ポチッとな」とばかりに、問題の山岸真琴 (28)へ向けて電話をかけた。
(続く)




