ボーナス・トラック:きみの名前と逃げ出した花嫁(その16)/または、これは言ってみりゃ大いなる蛇足と次回作の予告。
【2020年1月12日 (日)】
*
樫山泰仁 (31)は、引き続き悩んでいた――と云うか、引き続き頭を混乱させていた。
と云うのも。
昨夜は、例の出産騒ぎの流れからそのまま、そこにいた友人&知人たちとカラオケ大会を開催。
その後、近くのファミレスになだれ込んでのエンドレストークを繰り広げ (注1)、寝ぼけた頭と年には勝てない重たい体を引き摺りながらナントカカントカ我が家へと辿り着いたのが、朝の九時ちょっと前で。
で。
まあ、それぐらいだったら特に支障はないのだけれど、困ったことに、角のコンビニを曲がった辺りで、いま現在我が家に居候中の“あの人”のことを想い出したら、急に不安になってしまって――、
例えば。
冷蔵庫の中身も戸棚の中身も全部食べられていたらどうしようか?とか、
家全体がどこか遠い次元にでも送られてたりしたらどうしようか?とか、
モアとかモーリシャスクイナとか復活させていたらどうしようか?とか、
みたいな?
まあ、そんなことをツラツラツラツラ想いながらも、
カラカラカラカラ――。
と、玄関を開けてみたらこれが想像以上にぜんぜん静かで、
『ああ、やっぱりライリーさんに監視を頼んでおいてよかった』
と、安堵したのもつかの間、
ガラガラッ。
と開けたリビングではその赤毛と居候が、グッスリスヤスヤ、離れたソファで眠り込んでいて、
まあでも、それだけなら、
『きっと、話し込んでるうちに寝ちゃったんだな――』
みたいな感じに微笑ましく想えたのかも知れないのだけれども、
その寝ている二人の格好と云うのが、なぜか二人とも純白のウェディングドレスで、
で、でもまあそれでも――、
『きっとまたタイムトラベル緊急事態的な何かに巻き込まれてこんな格好を――』
と。
自分でもちょっと無理があるよな、と想いつつ自分を騙そうとしてはみたのだけれど、
困ったことに問題は、そんな二人の間に置かれたソファテーブルって云うか、そのソファテーブルの上に置かれた指輪ケースって云うか、その指輪ケースから見えたキレイなシルバーリングの方で、
『これは、まさか母さんの――?』
と、想うと同時に。
この指輪の現在の持ち主で、以前こちらの金髪にやたらとご執心だった初台の伯母 (暴走癖あり)の顔が想い浮かんで来て――、
と、同時に。
『ま、まさか、伯母さんがまた何か――』
と、想い付ける限り最悪の展開のバリエーションを考えていたところへ、
「あら、泰仁さん、帰ってらしたんですね?」
と、やっとどうにかこうにかお付き合いすることになった愛しい恋人、坪井東子 (31)に声を掛けられてしまったからであった。
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「アッハッハッハッハ」と、やっと夢から覚めた金髪居候が笑い出し、
「たしかに最初は妙子さんを口説きに来てたようですけど」と、東子が続けた。「事情をお話したらすっかり分かって頂けましたよ」
すると、この言葉に居候は、
「まあ確かに。このドレスと指輪には流石のあたしもクラッと来たけどな」と、東子の肩にすり寄りながら言った。「指輪は結局、東子ちゃんのもんになったし、東子ちゃんのためなら伯母さん、いくらでも定期解約してエエ言うとったで」
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「なあ、やっぱドレス脱がんとアカン?」と、隣りの部屋から顔だけ出しながら金髪居候が言った。「これ肌触りエエし、着とって楽なんやけど」
すると、この質問に泰仁は、
「お腹空いてるんでしょ?」と、彼女の顔から目をそらしながら答えた。「さすがにその格好で外に出られても困りますよ」
「えーでもこのお話の第一話で――」
「あれは、山岸も動転してたんです」 (注2)
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「オーイ、らいりー、マダカーー?」と、玄関先の不定形知的生命体が叫び、
「にゃー (訳:来ないなら先に行きますよーー)」と、この家の飼い猫も続けた。
すると、この呼びかけに問題の赤毛は、
「はいはい。髪ぐらい梳かせて下さいよ」と、いつものブラウス&ジーンズ姿 (注3)に戻って言った。「って言うか、あんたたちも行って大丈夫なの?喫茶店」
「にゃ。 (訳:私は常連ですし)」
「ボクハCGッテコトデ納得シテ貰ッテル」
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「え?じゃあ“るろ剣”なんですか?」と、『シグナレス』までの細い路地を歩きながら東子が訊いた。「“妙子さん”の元ネタって」
すると、この問いに我らが女神さまは、
「そーそー、最初あの伯母さんに会うた時に名前訊かれてさあ、本名名乗るワケにもいかんし、Mr云々って言っても逆に説明がメンドイやん?で、その時読んでたマンガから借りたんよ (注4)、関西弁やったし (注5)」と言って答えた。「あ、すき焼き食べとうなった」
「でも、その見た目なら外国人の名前の方が――」
「らしいね。でも地球ぐらいだよ?いまどきひとつの惑星でこんなにバラバラなのって」
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「ダメですよ、朝からそんな」と、『シグナレス』のドアを開けながら泰仁は言った。「せめてホットケーキとかにして下さい」
すると、この忠告に無一文でたかる気まんまんの我らが時の女神さまは、
「だってこの前のぞいたら新作ケーキ出しててさあ、すっごく美味しそうやったんやもん」と、反論して言った。
すると――、
「あ、来ましたよ」と、そんな彼女を見つけたこの店のオーナー・逢坂美里は、「あの金髪の方ですよね?」と、カウンターに座る二人の客に訊いた。「その“Mr.なんとか”って」
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「“な?……“なお?……“なおで……」と、渡された名刺に苦戦しつつ我らが黄金の髪と碧き瞳持つ女神さまは言い、
「“しょうだんしゃ”ですよ、“尚檀社”」と、そんな彼女をフォローしながら泰仁が続けた。「尚檀社文芸部の……坪井……“とうま”さん?……で、よろしいんですかね?」
すると、この質問を受けた坪井東馬 (31)は、
「はい。その通りです」と、このお話の登場人物としては異様に落ち着いたトーンと物腰で答えた。「実は、樫山泰士先生から皆さんがこちらに来られると聞きまして――」
すると、ここで堅忍不抜にして機略縦横なる魂持つ我らが女神さまが、
「“樫山泰士”って誰だっけ?」と訊き、
「ホラ、貧相ナべれー帽ノ」と、いつもの不定形知的クラゲオバケが横から答えた。「コノオ話ノ作者ノ」
「ああ、はいはい、あのオッパイ星人な――アレがどうかしたの?」
「あ、いえ、あの巨乳好きは正直どうでもよいのですが (注6)、こちらの久保田先生が貴女にご相談したいことがあるそうで――」
そう言うと東馬は、改めて隣りに座る女性・久保田美龍 (34)を彼女に紹介した。
*
「あー、はいはい。クジラとハチの話ね」と、ふたたび今度は久保田から貰った名刺に悪戦苦闘しながらの時の女神。「“くぼ……くぼた……み……みりゅう”?さん」
「あ、“みり”です。“くぼたみり”。そちらの泰仁先生と同じSF作家で――」
「へー、ってアンタ、SF作家やったの?!」
――ごめん。Mr、話がそれちゃう。
「ああ、ごめんごめん。それでなに?その取材か何かで気付いたってこと?」
「はい。最初は新宿にある環境団体に話を聞きに行ったときなんですが――」 (注7)
「クジラが消えてるって?」 (注8)
「はい」
「ハチの方は?オオツタハコバツバメバチ」
「ネットでウワサになってて、養蜂をやってる知り合いに聴きに行ったら――」
「実際に世界中から消えてた」 (注9)
「――はい」
とここで、このふたりの会話に妙な不安を感じたのだろう泰仁が、
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、Mr」と、口をはさもうとしたのだが、
「ごめんな、センセ。ちょっと黙っといて」と、時の女神に止められることになった。「なんやちょっと面白うなって来たから」
「面白いって――」
「それで?他の動物は?植物でもエエけど。他に消えたのは?ミリちゃん?」
「あ、は、はい」
と、手にしたノートを広げながらの久保田。どうやら彼女は、様子の変わった女神さまの空気に少し圧されているようだ。
「そのほか目立ったものですと、屋内飼いではないある種のイヌやネコ。それに野生のサルとかゴリラの一部。あとは、旅に出たまま戻って来ない渡り鳥とか産卵時期になっても上がって来ないウミガメとか――」
「ふーん」と、感心したような声でMr。「ごめん。ちょうそのノート見せてくれる?」
「あの……なにかご存知なんですか?」と、久保田が訊き、
「あー、あたしも調べてる最中なんやけどね」と、我らが時の女神・Mr.Blu‐Oは答えた。「この子らみんな、地球上から“消えた”っていうか、“出て行った”んよね」
「“出て行った”?……何処に?…………と云うか何故?」
「向かった先は、まあ故郷の惑星か永世中立宇宙域とかやろうけど……理由はねえ、これがまた不確かで――」
すると、ここで今度は、いつもの不定形知的生命体Mr.Bが、
「ナア、オイ、チョット――」と、いつになく難しい声と表情で彼女に訊いた。「ナンカ怖ソウナ話ニナッテルケド、ソレッテ地球中ノ“えいりあん”ガ逃ゲ出シテルッテコトカ?」
「まあ、ありていに言うと、そやな」
「ソンナ大キナ事件、TPノ資料ノ何処ニモ載ッテナカッタゾ?」
「うん。だから、“どの宇宙”でもまだ未確定な事象なんやと想う。――これから起こることは」
「チョット待テヨ、TPノ連中デモ誰モ気付イテナイッテコトカ?」
「うーん?ひょっとしたらアイス (注10)辺りなら気付いとるかも知れんけど、あの子はあの子で結婚式の準備で――」
カラカラン。
と、ここで突然、お店のカウベルが鳴り、
「ミスター!」と、そんな彼女を呼ぶ声が聞こえた。
すると、我らが時の女神・Mr.Blu‐Oは、
「ああ、“ウワサをすれば何んとやら”やな」
と、皆にそちらを向くよう指示を出した。
そうして、テーブルの一同がふり向いたその先。青い出口扉の前には、純白のウェディングドレスに身を包んだひとりの少女が、氷種黒曜石の瞳も鋭く、こちらを向いて立っているのであった。
(次回作 (注11)に続く)
(注1)
ただ、そうは言っても泰仁くんなので、その半分以上を寝て過ごしていました。
(注2)
このお話の第一話を確認のこと。
いやあ、花嫁姿の真琴くんが麗しかったですね。
(注3)
ボーナス・トラック“その12”の (注4)を確認のこと。
要はタイムパトロールの制服に戻ったということだが、こういう時のための制服変更でもあったことがよく分かりますね。――スタトレ (オリジナル版)のミニスカだと出歩けないもん。
(注4)
幕間 (1回目の方)の“その7”を確認のこと。
ちなみに、女神さまはまだ『人誅編』を読み終えていない模様。
(注5)
この人のキッタないニセ関西弁とあちらの京ことばを一緒にしたら関西の人に怒られるかも知れませんが、ま、他の土地のもんからしたら、どれもこれも似たようなもんに聞こえるんですな、これが。
(注6)
ちょっと待ってよ坪井さん。僕、そんな巨乳好きってワケではないですよ?
(注7)
第六話“その8”を確認のこと。
絡まれ逃げ出したもう一人の久保田先生とは違い、こちらはちゃんとアポを取って取材に行った模様。えらいよね。
(注8)
第五話“その14”を確認のこと。
ただし、このときの女神さまが、“消えてしまう”という言葉をどういう意味で使っていたかは不明。
(注9)
第七話“その11”を確認のこと。
あそこで詢子は「事前に申し合わせていたかのように」と言ったが、実際、彼女たちオオツタハコバツバメバチの一群は、事前に申し合わせていたのである。
(注10)
タイムパトロール本部科学部門の責任者“キム=アイスオブシディアン”のこと。
彼女について詳しく知りたい方は拙作『川崎、生田、1969』『夢物語の痕跡と、おとぎ話の物語』その他をご確認下さい。
(注11)
現在鋭意連載中の『時空の涯の物語』のこと。
https://ncode.syosetu.com/n3983hx/




