第十一話:おとぎ話と夢物語(その3)
2015年のおわりから2017年のはじめにかけて、我々 《新中野・ナティーボス》には大きく分けてふたつの派閥が存在したのだが、それはつまり、《薄幸のキム少女に恋をする》派と 《堅忍不抜の蒼海君にあこがれる》派とである。
夕方近く、「ごはんができたよ」と叫ぶご婦人方の声が聞こえはじめ、ボールが見えなくなった子どもたちが帰り支度を始めるころ、彼女たちヒロインは、我々ナティーボスたちのまえに――おもにリーダーの口をとおして――現れてくれた。
グラウンドや公園や町のはずれの電信柱にリーダーが立つと、黄昏に気付きはじめた彼ら彼女らもその灯かりを彼のうえへと振りかける。
ボールやミットや金属バットのひしめき合う音が止み、我らナティーボスたちもリーダーの下へと集まって行く。
「それでは――どこまで話したっけ?」と、とぼけた口調でリーダーが訊き、
「前回はなしたところまで!」そう我々は答える。
「水晶で出来た山のはなし?」と、いままで出て来たこともない場所が示され、
「ちがう!」と、我々はどなり返す。
「砂嵐の化物のはなしはしたんだっけ?」と、いままで出て来たこともない怪物について訊ねられ、
「それもちがう!」と、ここでも我々はどなり返す。
すると、
「ああ、ごめんごめん」と、リーダーはワザとらしく頭を掻くと――彼に言わせると、この頭を掻く仕草は 《堅忍不抜の蒼海君》のものにそっくりということだったが――彼は、「前回は○○のところまではなしたんだったな――」と言って、やっと我らがヒロインたちの旅の続きを話してくれるのであった。
リーダーの語る 《キム少女と蒼海君の旅の物語》は、我々ナティーボスたちにはうってつけのお話であり、且つ、古典的名作が持つ風格をも備えていた――と、いまも私は確信している。
それは例えば、拡げればどこまでも拡がっていきそうな物語でありながら、それでいていつでも自分の胸ポケットに持ち込み可能な形質をも備えているような物語で、それは例えば、夕食の席で彼女たちの活躍を想い浮かべながらキッチンの天井を見上げるわたしを、「おにいちゃん、キモイ」と2つ下の妹がたしなめる類いのものでもあった。
*
キム少女の出身は、広大なユーラシア大陸の東のはずれの更に東のはずれにある小国で、彼女の家は古くからの大金持ちであったのだが、彼女がまだ幼かったころ、天から降って湧いたある厄災のため故郷は焦土と化し、彼女ら一家も大勢の同郷人たちとともにそこを追われることになったのである。
そうして、その旅路の途上、まずは少女の父が、続いてその母と三才下の弟君がこの世を去った。――先祖代々の土地家屋を失くし、あてどない旅へと出た父母は、その不安に耐え切れなくなったのである。
ただ、さいわいにして少女には、父の遺してくれた貯えがあったので、慎ましやかな生活を送るのであれば、彼女ひとり生きて行くことはそれほど難しいことではなかった。――のであるが、彼女はそのような型にはまるような人間でもなかった。
彼女は、もうもどることの出来ない故郷や帰ってくることのない父母、そうしてなにより愛しい弟君の仇を取るため、死ぬと分っていながら、復讐の旅へと――彼女の故郷をうばった帝国並びにそこに君臨する皇帝を倒す旅へと――出発することになるのである。
*
我々ナティーボスの笑顔とシュプレヒコールと都合4本あった金属バットのおかげで、我らがリーダーの“おんなともだち”の名前が「ツボイ・トウコ」であることが分かってから二週間、彼女の話題は――どこかに雲散霧消するようなこともなく――我々ロクデナシどもの日常に自然と溶け込んで行き、学校の女生徒や呆けた顔のリーダーをからかったりするときに時折り顔をのぞかせるようになっていた。
一部の例外としては、例のウオ・ロクハが、アイツにしてはめずらしく、ことある毎にリーダーに彼女のことを訊ねたりしていたのだが、それでも、
「どうやらリーダーより年上らしいですぜ」とか、
「ビワコ?とかいうミズウミ?の生まれらしいデスよ」とか、
「シャシンじゃよくわかんなかったっスけど、おっぱいが大きいらしいです」とか、
そういう愚にも付かぬ情報しか得られなかったようである。
そこでわたしは、いっしゅんだけ見た彼女の写真を想い出すと、テレビかなにかに出ているひとではないのか?という旨の質問をロクハにしたのだが、
「いや、なんか本とかつくる仕事らしいっスよ」そうアイツは答えた。「その仕事のかんけい?で“お近付きになった”って言ってました」
*
それからまた一週間ばかりが過ぎて、例によって例の如く崇高栄光なるオンボロ車の助手席を占領せんがための“バルカン式4次元ジャンケン”を始めたわたしの頭をリーダーがくしゃくしゃとかき回したことがあった。
「今日はついでがあるんで、買い出しにはオマエとロクハだけ付いて来てくれ」
そういうと彼は、どこから持って来たのだろうか、自動車用の小型掃除機を取り出すと、入念に助手席のあたりを掃除し始め、あらかた終わったところでわたしとロクハにその掃除機をわたしながら、
「『タイガース』に着くまでに、うしろもキレイにしといてくれ」
と、言ったのだった。
(続く)




