第十一話:おとぎ話と夢物語(その2)
2016年。私が9才から10才のときのことである。
我らが秘密結社 《新中野・ナティーボス》は、そのあまりにも悲惨な前シーズンの戦績や、いつまで経っても野球のルールを覚えようとしてくれない若年メンバーへの憤り、そしてなにより、運命の女神さまだか時の女神さまだかのさまざまなご配慮を真摯に受け止めた結果――等などとは実はまったく関係なく、ただただ、その場の流れと勢いに押されるかたちで、創設以来のルールを破り、女の子の――おとなの女の子の、入団を認めることになったのだが…………今日は、そんな時代のお話である。
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私が彼女――我らが強力な5番バッターにして見事な肩を持つ外野手だったあの女性――の存在を初めて知ったのは、ナティーボス初代リーダーの駆るオンボロ軽自動車 (多分、2代目トゥデイ)の後部座席でのことであった。
このオンボロ車のオーナーであり、《新中野・ナティーボス》の補佐役・世話役・管理責任者であった初代リーダーは、ノサキ・ケイタという名前の、中野と新高円寺の合いの子のような、二十五か六ぐらいの、たいそうなはにかみ屋の、たいそうこころ優しき青年であった。
彼は奈仁賀支大学大学院の物理学部の院生で、我々の親たちとの間にどのような金銭的約定があったのかは不明だが、下は5才3ヶ月から上は13才1ヶ月というナマイキかつハナタレを絵で描いたような年ごろの我らがナティーボスたちをひとつにまとめ上げてくれた恩人・人格者であった。
もちろん。
ここで彼の偉業や功績をいちいち書き連ねることも可能ではあるが――『杉山公園ブルースブラザーズ事変』における調停役とか、『ピエロのチャーリー失踪事件』におけるシャーロックホームズさながらの名探偵ぶりとか――それを始めてしまえば『戦争と平和』さながらの長編小説が出来上がってしまうので今回は割愛することにしたい。
が、要は、われわれ新中野の不良少年たちは、どいつもこいつも、5才3ヶ月のハナタレから13才1ヶ月のナマイキ小僧まで、ひとり残らず、この初代リーダーを愛していたし、尊敬もしていたということである。――話をオンボロ軽自動車に戻そう。
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「あの女性はどなたですか?」と、そう訊いたのは、この年のこの月に11才になったばかりの、歯列矯正のブラケットも板に付いて来た、イノウエ・ケンという7番セカンドだった。
彼は、この日の買い出しにおいて、公平公正かつ神聖な“バルカン式4次元ジャンケン”の結果、崇高栄光なるリーダーのとなりの席――オンボロ軽自動車の助手席――を占領せしめていたのだが、『スーパータイガース』の駐車場で荷物を詰め込んでいる最中、ダッシュボードのうえでメールの着信を伝えたリーダーのスマートフォンの画面に、その女性の写真を見付けたわけである。
リーダーのオンボロ軽自動車は――というか我らが 《新中野・ナティーボス》は――全体的に男子一色の空気がただよっていたので、女性の写真というのはいかにも不釣り合いなものであった。
であったからしてわたしは、飲みものの大量に入ったエコバックを後部座席に押し込むと、いったい、その女性は誰なのか?と、リーダーに訊いた。
彼は最初、ことばをにごし続けていたのだが、われわれのあまりにしつこい追及にいよいよ折れたのだろう、ほかのメンバーたちには内緒にすることを条件に、その女性がリーダーの“おんなともだち”であることを認め、いつものあのはにかんだ笑顔をわれわれに向けたのであった。
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「なまえは?」その一時間後、そうリーダーに訊いたのは、買い出しには付いて来ていなかったハズのウオ・ロクハという当時7才のヤンチャ小僧であった。「その女に、なまえはあるのですか?」
この“ロクハ”は、女のような顔をしていたのだが、わたしのことを「兄貴!兄貴!!」と、劉玄徳を慕う関雲長か張益徳の如くに慕ってくれており、わたしもわたしで彼のことを、桃園川緑道で桃園の誓いでも結びそうないきおいで好ましく想っていた。――が、なるほど。
これはここだけの話だぞというわたしの言葉に、「オーケー、兄貴」と返したこいつの口約ほど、意味をなさないものもないようである。――話をグラウンドのリーダーとロクハに戻そう。
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「なに?なんだって?」と、リーダーが訊き、
「その“おんなともだち”とやらになまえはあるのですか?」と、金属バット片手のロクハが訊いた。「みなが知りたがっています」
まあもちろん。わたしがリーダーの“おんなともだち”のことを漏らしたのはロクハに対してだけだったので、“みなが”というのはロクハ特有の方便か、あるいは、わたし以外の誰かがチーム全体に言いふらしたのだろう。――リーダーのまわりにナティーボスたちがワラワラと集まって来ていた。
さて。
もしこの時、ナティーボスたちの平均年齢なり平均身長なりがもう少し高かったならば、
『これからオヤジ狩りでも始まるのだろうか?』
と、心配してくれた近隣住民のだれかが最寄りの交番なり派出所まで警察官を呼びに行っていたかも知れないが、それでもやはり我々は皆がみな愛くるしい笑顔のワンパク連である。そんな国家権力の助力は得ずとも、我々の笑顔とシュプレヒコールと都合4本あった金属バットのおかげで、しまいにリーダーは、
「ツボイ・トウコ……さんだ」
と、ためらいがちにその“おんなともだち”の名前を教えてくれたのであった。
(続く)




