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スローライフは手作りが基本!

その後の保母クレさんを。

 乳児院の台所で、白濁したトロミのある汁を小鍋にかけているクレリット。

 フワリと、独特の甘みのある香りが台所いっぱいに広がっている。


「ヤレリ、ヤレリ、ヤーレーリーィー!」


 年端もいかない幼子達が台所に駆け込んでくる、が 竈の前に立つ彼女には手の届かない位置で急停止する。

 そんな子供達の様子を見て、クレリットは優しく笑う。


「そうそう『危ないから、台所にいる人に抱きついたりしない』約束を守れて皆、偉いわね」


 褒められた幼子達は嬉しそうにしながらも、報告しなければならない事を思い出す。


「あのね、あのね、あの、おねーさんおきたよ」

「せんせいが、ヤレリにおくすりもってきてって」

「えと、えと、あかちゃんのミルクももってきてって」


 クレリットは温めていた小鍋と空のコップ、白い液体が入った二つのコップと温めの白湯を入れた水差しを台車(キッチンワゴン)に乗せると、幼児達に先導され乳児院の奥の間に足を運ぶ。

 奥の間手前で足を止めて幼児達の頭を撫でながら礼を言う。


「皆、知らせに来てくれてありがとうね。 この部屋には病人がいるから、皆は入っちゃダメよ」

「「「はーい」」」


 幼児達が立ち去るのを見送り、クレリットはドアをノックした。


「ヤレリです、薬をお持ちしました」

「お入りなさい」

「失礼します」


 年配女性の声に促され部屋に入れば、そこは白と清浄の世界。

 数床のベッドが並び、間はカーテンを引くと個室になるようになっていて、現代の一般病室のようだ。

 まぁこんな風に設えたのはクレリットなのだが。

 完全に仕切られている一角に向かい、カーテンを開ける。


「院長先生」

「ああ、ヤレリ、ようやく彼女が目覚めましたよ」

「お薬は、飲めそうですか?」


 ベッドに目を落とすと、痩せて満身創痍の女性がこっちを見ている。


「お水は飲めましたし噎せもしなかったから、飲食は大丈夫ですわ。 さっ、起きられますか」

「すみません、ありがとうございます」


 彼女は、とある捕り物で保護された女性だ。

 エルランス大公領は広大で、どうしても全てに目が行き届くという訳にはいかない。

 何処にも犯罪組織はあり、良からぬ事を仕出かす輩はいるのだ。

 酷く劣悪な環境で働かされていた女性達のうち一人は妊婦だった。

 保護された直後に産気づき何とか無事に出産できたものの、その女性には帰れる場所や家族もなく、体の状態や子供の今後を考えてこの村に連れて来られたのだ。


 点滴さえあればいくらでも寝かせておけるのだが、この世界ではどうしても経口摂取をしてもらうしかなく、女性が目を覚ますのを今か今かと待ち侘びていたのだ。

 院長が女性の背を支え起きるのを手助けしている間に、クレリットは小鍋の白濁したトロミのある汁をコップに移し女性に差し出す。


「熱くはないと思いますが、トロミと粒がありますので、ゆっくり噛むようにして飲んでください。 味が口に合わないようなら、白湯で薄めるなり口を漱ぐなりしてくださいね」

「あの、これは?」


 見た目はアレだが甘い香りがするのでそれほど忌避感はないが、今まで見たことのない得体の知れない飲み物に、女性は首を捻る。


「甘酒と言います」

「お酒、ですか?」

「酒といっても酒精はないんです。 体にいい飲み物ですから、どうぞ」

「はぁ」


 女性はコップに口をつけ、湯気の立つ甘酒を恐る恐る啜る。


「……甘い、それに温かくて美味しいです」


 その後もゆっくりとだが、甘酒を飲んでくれた。

 甘酒は人によって好みがわかれる飲み物なので、女性の口に合ったようで何よりだ。

 

 実際、この世界で甘酒は東方から伝わる、滋養のある貴重な飲み物とされている。

 王侯貴族だって、そうおいそれと手に入る物ではない。

 それが何故こんな小さな村で簡単に飲めるのかというと、体の弱いクレリットの母親(エルランス大公夫人)の為にクレリットの父親(エルランス大公)が態々東方から種麹とその職人ごと村に仕入れていたのだ。

 その技術はちゃんと継承され、魔石で温度管理されて洞窟の室に種麹は保管され、そこで米麹が作られ甘酒の元となる。

 麴に必要だからと、田んぼ一枚だがちゃんと稲作もしている。

 主食として米を食べるわけではなく、米麹にしたり、こうして甘酒にしたり、どちらかといえばいざという時の滋養食的扱いだ。

 子供の頃、寝込んだらよく甘酒を飲まされたが、一体何処で作っているのかと不思議に思っていた。

 残念ながら日本酒や味噌や醬油、それらの作り方は知らなかったので、所謂、大規模な食の改革(チート)はできないが、塩麴だけは作れたので肉や魚や野菜を日々漬け込んで子供達や村で地産地消している。


 さて取り敢えず母親の方はこれでいいとして、クレリットはベッド横にある新生児用かご型ベッド(バシネット)の中を見る。

 そこには、生まれて数日の男の赤ちゃんがいた。

 母親の状態がこれなのだから、丸々としたという訳にはいかないが、五体満足で健康状態に特に問題はなさそうだ。

 眠ってはおらず手足をウゴウゴさせながら、ふぇふぇと力なく泣いている。

 クレリットは赤ちゃんを布に包んで立て抱きにして椅子に座ると、台車(キッチンワゴン)から白い液体が入ったコップを手に取る。

 赤ちゃんの下唇にコップを当てるが、軽く傾けるだけで口内に液体を流し込む様子はない。

 飲ませるわけでもなく、暫くそのままにしているものだから、母親が不安そうに眺めている


「……あの」

「……やっぱり飲みませんね、山羊乳(やぎにゅう)は口に合わないみたい」

「え?」


 実は母親が目覚める前に一度は試していたのだが、その時もお腹が空いているだろうに山羊乳(やぎにゅう)は一口も飲んでくれなかった。

 ここは乳児院、だからといって母乳がいつも豊富にあるわけではない、いや寧ろある方が珍しいのだ。

 それは子供だけでなく、母親も同時に保護されている時だけの話なのだから。

 その母親も問題があるから保護している訳で、満足に母乳が出る保証なんてない。

 クレリットが誰かに仕込んでもらえれば二~三年は出続けるかもしれないが、前世の経緯もあって自信がないし、何よりその後のエルランス大公(お父様)のご機嫌の有無が怖い。

 ならばこの世界では、乳母か、貰い乳か、パン粥か、山羊乳(やぎにゅう)である。

 人に乳をもらえないなら、栄養的にも山羊乳が望ましい。

 この村には広い牧草地があるでもない、豊富な飼料があるでもないから、牛や羊を飼うには不向きな土地柄なのだ。

 なので、元々この村の家畜は山羊がメインで、肉は臭みは強いが食べられない事もないし、乳はそのまま飲む以外にも乾酪(チーズ)に加工できる。

 ただやはり肉同様、乳にも独特の臭いがあるので好みが結構別れるのだ。


 クレリットは山羊乳のコップを台車(キッチンワゴン)に戻すと、別のコップを手に取り同じように赤ちゃんの下唇に当てる。

 すると赤ちゃんは鼻をヒクヒクさせた後、ズズッズスッ、とその白い液体を啜り始めた。


「良かった、こっちは飲んでくれましたね」

「あの、それは?」

「これは重湯(おもゆ)です」

「重湯?」


 米があまり流通していないこの世界では、粥と言えばパン粥が当たり前だから、十分粥の上澄みである重湯の概念はないだろう。


「作り方は違いますけれど、貴女の飲んでいる甘酒と同じようなものです」

「これと同じ、お薬」

「お腹が慣れてきたら、もう少し濃い目の米乳(ライスミルク)にして、それに山羊乳を少しずつ混ぜて慣れてもらえるようにしたいですね」


 もっと本音を言えば母乳が一番なのだが、それは母親の体調を戻してからの話だ。

 クレリットは母親に色々と説明したり質問に答えたりしながらもコップの位置をそのままの状態に保ち、赤ちゃんが自分のタイミングで飲めるようにする。

 時々、休憩をはさみながら続け、赤ちゃんが満足そうに口を離したので一旦終了した。

 肩に担いで赤ちゃんの背中を擦ってゲップを出させていると、母親が感心したように息を吐く。


「とてもお上手で、手慣れてらっしゃるんですね」

「ふふ、大丈夫です、すぐに貴女もできるようになりますよ」


 この世界は基本、貴族の子育ては乳母任せが多い。

 中には自分で育てる貴族女性もいるだろうが、授乳し夜も面倒を見て、というのは少ないだろう。

 何故なら授乳している間は子を孕みにくい、しかも夜は夜でやる事があるからだ。

 貴族女性の一番求められる役割は、子供を産む事なのだから。

 平民は女家族や周囲の協力も得て、当然自分で育てる。

 幼い頃から兄弟姉妹と関わって、周囲の子供達と関わって、だからそれらの経験値は自分の過去によって大きく異なる。 

 情報収集する満足な手段がないこの世界では、技術云々よりも重大なのは経験則。

 コップ授乳(カップフィーディング)や重湯、甘酒、米乳(ライスミルク)は前世で身につけた知識。

 哺乳瓶を嫌がって飲まない子や、粉ミルクに飽きてしまう子もいたりしたから、それらは必然として様々な媒体から調べ上げたのは懐かしい記憶だ。


 ゆっくりでいい、こうやって少しずつ自分の技術と知識を伝えていこう。

 せめて、自分の手で掬える範囲だけでもいいから。

 一滴の水滴が、やがて大きな水紋になるかのように。


「……あの」

「はい?」

「院長先生から聞いたのですが、アナタは名前をつけるのが得意なんですね」

「得意というか、えぇ、まぁ、はい」

「じゃぁ、この子の名前もお願いします」


 今までクレリットが子供に名前をつけていたのは、必要に迫られたからだ。

 乳幼児ゆえに、保護者がいなければ名前は分からない。

 たまに産着に名前が刺繍してあることもあるが、本当に極稀にだ。

 母親が目の前にいるのにいいのだろうか?


「私は、ずっとあそこで働かされていたので、何かを学んだことがないんです。 だからいい名前を知らないから」

「分かりました」


 クレリットは赤ちゃんを母親に抱かせて、自分は指折り数え口の中で何事か呟いて、一つの名前を導き出す。


「……(ショウ)、なんてどうでしょうか?」

「ショウ」

「遠い東の国の言葉で『高く飛ぶ』という意味があります。 高く、高く、未来に向かって」

「ショウ。 えぇ、いいですねショウ。 ショウ、言葉に意味があるなんてなんて素敵な。 ヤレリさん、本当に名前をつけるのお上手ですね」


 嬉しそうに何度も赤ちゃんに「ショウ、ショウ」と語りかけているのを、クレリットも微笑ましげに見ている。

 クレリットが名前を付けるのにそれほど困らないのは、下地があるから。

 前世の母が「うちの家系は『いろは歌』順に名前を付ける」と語っていた。

 ただそれを脈々と続けている、世界が変わった今でも。

 前世の名は、前世の父につけてもらったのだという。

 一度も会えなかった前世の父だが、前世の母が恨み言など一言も口にせず楽しそうに思い出話をするものだから、まぁ色々と本人は納得していたのだろう。

 ただ、何となく、男の赤ちゃんに『ショウ』と名付けたかったのだ。

 

 そう、ただ、何となく、だ……。

「ざまぁはお任せ」完結です。


今世パパンには、麹無双をお願いw(いや、素人に種麹は無ー理ー)

そして普通の人は、酒や醤油や味噌の作り方って知らないと思うの。

甘酒や塩麴は、米麹があれば簡単だしねー。


『ういのおくやま……あさきゆめみし』

浮羽(うきは)純羽(いとは)、ノア、乙羽(おとは)、クレリット、ヤレリ……ショウ(ガw)

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