避けられている……!
翌日、昨日よりも一層うだつの上がらない気持ちで学校へ向かった。学校に着くと、校舎からトランペットの音色が聞こえていた。
「エミの音色だ」
妙に耳に馴染むその音を鳴らす主が誰なのか。そんなこと最早聞かれるまでもなく、すぐにわかった。
あの音色を鳴らす人。
それは昨日、俺が告白し、そして早とちりの末涙ながらに足早に逃げさせてもらったエミだった。
胃が少し痛くなった。昨日してしまったあやまちを、思い出すのが辛かった。
……と、とにかく。
早く誤解を解かねば。
昨日のあれは、俺の早とちりだった、と。
伝えるチャンスがこれっきりだと思ったから、君へのかつてからの想いを赤裸々に告白した、と。
……それ、二重に恥を掻くやつじゃん。
言い出しづらい……! とても言い出しづらい……!
……えぇい!
恥は掻き捨てろ! これ多分、放っておいたほうが後々余計辛くなるパターンのやつだから!
そう思ったものの、エミの鳴らす音色を聞いている内に、再び俺は逡巡してしまった。
彼女は吹奏楽部でエースと呼ばれる実力者だ。
その彼女の音色を、いつも傍で聞いてきた。半分なし崩し的だったが、とにかく聞いてきたのだ。
今、彼女の鳴らすトランペットの音色に違和感を覚えた。彼女がいつも響かす、まるで向日葵のような快活な音色と、今の彼女の音色はあまりに乖離していたのだ。
もしかして、嫌なことでもあったのだろうか?
まったく、彼女に嫌な思いをさせよう奴がいるだなんて、とても許してやれる気がしないごめんなさい。
……少しだけ、嬉しかった。
早とちりとは言え、転校すると思い、後悔を残さないように彼女に全てを告白した。
彼女への想いとまもなく俺が転校すること(勘違い)を告白した。
今彼女の音色が暗いのは、多分俺のせいだ。
つまり彼女は、少なくとも多少は俺のことを想っていてくれていた、ということ。
俺からの告白のせいなのか、もしくはもうまもなく俺がいなくなること(勘違い)からなのか。
とにかくどちらにせよ、それは俺のことを少しでも想っていてくれていたことの証明だった。
証明だったから、嬉しかった。
校舎に入り、音楽室に向かうと、丁度吹奏楽部の朝練が終わったところらしい。
「あ、会長」
俺の存在に気付き声をかけてきたのは、同じクラスの浦原美園さんだった。
「おはよう御座います」
丁寧に一礼すると、
「おはよっ。どうしたの、朝から吹部に何か用? あ、もしかして今度の生徒総会に向けての話? 部長呼ぶ?」
「違う違う。そんなんじゃないから」
「じゃあ、何?」
「何って……」
告白したこととか、色々弁明したいからエミと話がしたいだけなんだけど、とはとても言えなかった。彼女に言ったら、また要らぬ誤解を生みそうだ。
と、逡巡しているタイミングで、浮かない顔でトランペットを持つエミが教室を後にしようとこちらに寄ってきた。
「あ」
待ち人の出現に、俺から間抜けな声が漏れた。
エミは俺の顔を見て、何かを思い出したのか……、
「ごめん」
小さく謝って、その場を後にした。
残された俺は、しばらく何が起きたのか理解できず、理解した後は強いショックに襲われるのだった。
さ、避けられている……!
昨日のあれは、彼女の気持ちを多少は揺さぶったのだろう。それが少しだけ嬉しかった。
想われていたことの証明だから、嬉しかった。
だけど、いきなりのあんな宣言、困惑して当然じゃないか。
困惑するあまり、俺を避けたくなることだって考えられたじゃないか。
「……うぅぅ」
「ド、ドンマイ」
泣きそうで俯いていたら、何かを察した浦原さんに肩を叩かれた。
今はその優しさが、余計辛かった。