オオカミ少年
ため息が止まらなかった。教室、まもなく授業が始まろうとしているのに、どうしても気分が戻ることはなかった。
ごめん。
エミに言われたその言葉で、ここまで気落ちしようとは。
成長した、その証として生徒会長になれた。
だけど、多分俺の本質はまだあまり変わっていないのだろうと思わされた。自罰的な考えをしてしまって、更に気落ちしてしまっていた。
午前の授業は、そんな調子を延々と引き摺った。
そうして昼休み、教室が喧騒としだす中、俺は一人でいつも通り自席で昼ご飯にありつこうとしていた。
「なあ、ツヨシ」
弁当の一口目を口に入れようとした時、背後から一人の男子が俺に迫っていた。
彼の名前は会田誠。
端正な顔立ちをしているナイスガイだ。説明に中身がないと思ったかもしれないが、それもそのはず。
俺は彼と話した機会があまりない。
その割に彼は、随分と馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶ、と疑問に思ったかもしれない。
それはただ、彼が誰彼に対しても忖度なく話せる素晴らしい精神性の持ち主だから、というだけの話だ。
まあ、彼と仲良くないから、本当にそうなのかは知らないけど。
彼のことで知っていることと言えば……、コミュニケーション能力が高い、ということくらいだろうか。
本当に何も知らないな、彼のこと。アハハハハ。
「はい、何でしょう?」
「いやさ、風の噂の話なんだけどな?」
「うん」
「いやー、俺はそんなことないと思っているんだぜ? だけど、まあちょっと気になるじゃんか」
前置きが長い男だ。
今俺、凹んでいるんだから、早く本題に入って欲しい限りだ。
「お前、転校するの?」
「はあ? ないない。どうして俺が転校するんだよ。まったく」
会田君がおかしなことを言うもんだから、俺は呆れたように苦笑した。
俺が転校?
そんな話、一切ありはしない。いや本当、なんでそんな話が出てくるんだよ。
昨日、確かに京都旅行を京都への転校と早とちりしたことがあったが……あれは早とちりだったしなあ。
……ん?
「なんで知ってる?」
「おいおい! 本当に転校するのかよ!」
あ。
し、しまった!
そんなこと一切ないのに、これでは図星を言い当てられて驚いてしまっている奴みたいではないか!
おったまげた!
って、そうじゃないそうじゃない!
まずい。
これではエミだけでなく、クラス中から誤解されてしまう!
「えっ、ツヨシ君転校するの!?」
ほうら、クラスメイトが食いついてきた。
まずい。早く弁解しないと……!
「……そういえば」
弁解しようと慌てて立ち上がった時、何かを思い出したように語りだしたのは、吹部の浦原さんだった。
「吹部の朝練が終わった時、ツヨシ君エミ先輩に話しかけようとして避けられてた……!」
「エミ先輩って、ツヨシ君の好いている相手じゃない」
「えっ」
なんで知ってるの?
「いや、あれだけあからさまでわからないと思う方が無理がある」
俺、無理がある人種だったのか。
「ちょっと待ってちょっと待って。ツヨシ君ラブのエミ先輩がツヨシ君を避けた、ということは、二人に別れの時が近づいているんじゃないの?
別れが近づいているから、エミ先輩は耐えられなくなってツヨシ君を避けてしまった」
「それだっ!」
どれだ?
「……と、いうことは」
再び、クラスメイトの視線が俺に向かれた。
無言の中、会田君の右手が俺の肩に置かれた。
「ちょぅい! なんだよ、この手は!」
このままでは、転校しないのに転校することにさせられてしまう。
いつにもなく慌てながら、俺はようやく弁解を始めた。
「俺、転校しないから。卒業までずっと学校にいるから! この学校を卒業するからっ!」
「ツヨシ君」
近寄ってきたのは、浦原さんだった。
「……別れを切り出すのが辛いんだよね」
違います。
「最後は笑って別れたいから、そう言って嘘をついているんだよね」
まったく違います。
「あたし達を悲しませないようにしているんだよね……っ。うぅぅ……」
断じて違います。
断じて違うのに……どうして彼、彼女らは涙を流しているのだろう。
この空気、最早俺を転校させたいとしか思えない。
「達者でね」
「だから、転校しないって」
「いいの。わかってるから。まだ認めたくないって気持ち、わかってるから」
……これは、あれか。
オオカミ少年って奴か。
オオカミ少年は、町にオオカミが現れるとほらを吹き続けてきた。だから、本当にオオカミが来るとなった時、善意で声を出しているのに、町の住人は誰も信じてはくれなかった。
俺は今、オオカミ少年になっているわけだ。
……あれ、でも俺、嘘ついてないな。
悩んでいると、昼休みが終わる五分前の予鈴が響いた。机の上には、まだ口が付けられていない弁当箱が残されていた。
なんてフィクションみたいな展開だろう。




