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徒花  作者: 似櫂 羽鳥
第一章
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幕間 祈り

 自分の気持ちをどう整理したらいいのかわからない。文はただうなだれるように、廊下を歩いていた。一人殺したら、後は何人殺しても同じだと思っていた。でも、現実は違った。命を摘み取るとき、そこにあるのはただどうしようもないほどの絶望だけ。そこにあったはずの笑顔も、未来も、なにもかもを根こそぎ奪い取るだけのこと。

 あの人は、同じ思いを抱えているのだろうか。出来るなら、同じ思いを抱えて欲しくない。一刻も早くあの人を見つけなくては、手遅れになる前に。

 文はうなだれた顔を表にあげ、背筋を正した。父との会話が頭によぎる。

『文、姿勢を正しなさい。気持ちは立ち姿に出るものだ。言うなれば、立ち姿を正している内は気持ちは振れないものだ』

 そう。もう迷わない。次にその時が来たら、私は平静のまま人を殺す。

「文?」

 後ろから声をかけらた瞬間、懐かしさに胸を打たれた。

「瑞樹?」

 そこには親友の姿があった。常に冷静で物静かな雰囲気は変わらないまま、私が行き過ぎるときは必ず心を鎮めてくれる代え難い友人。それが瑞樹だった。

「よかった。無事だったんだね」

「うん。ちょっとしんどいけどね」

「もう何人か?」

 殺したの?という言葉は瑞樹の口からは溢れなかったが、意味することはわかった。

「一人だけ。瑞樹は?」

「私はまだ。辛かったでしょ?」

「まあね。でも仕方ないよ。そういうルールだから」

「本当ね。こんな馬鹿げたもの終わりにしなくちゃ」

「終わりに?」

「ええ。こんなもの月読祭なんかじゃないのよ」

「訳ありみたいね」

「うん。私、招かれざる客だから」

「どういう意味?」

「待って」

 不意に聞こえた足音に二人は注意を払った。

「ああ、これはこれは文さんに姫宮さんじゃないですか?」

「面倒なのが来たわね」

「そうね」

「どうかされましたか?」

 貼り付けたような笑みを浮かべる少年は同級生の「鵜葦龍波(うがや たつなみ)」だった。月守町で一番の地主の息子。幼少期から英才教育を受け、月守高校での成績はトップクラスだった。人を常に見下しているように見える態度は、恐らく親譲りなのだろうと文は思っていた。

「なんでもないわ龍波君」

「そうですか。しかし文さんが無事でよかった。いきなり殺し合いをしろとか言われたから僕も驚いていたんですよ」

「そうね」

「でも、これも月読の大祭の儀式の一環なんですよ。知ってましたか? 月詠様は強き者がなるんです」

「強き者、ね」

 吐き捨てるように言った瑞樹の言葉に眉をひそめる龍波は言を強くした。

「そうですよ。ただ体が強いだけでは意味がない。そこには強い知性も必要になってくる。渡り廊下で陣取って来る敵来る敵をなぎ払う天ヶ井(あまがい)のような馬鹿は、いずれ死ぬ。そういう奴は放っておけばいいんです」

 最後に生き残るのは自分だと言いたげな口調に、文は苛立ちながらも、彼の言葉に引っ掛かりを覚えた。

「渡り廊下?」

「そうですよ。この学校は新校舎と旧校舎の二つに分かれている。今僕らがいるのが新校舎。渡り廊下を挟んで向かい側が旧校舎なんです。向こうでも殺し合いをしているんだと思いますよ」

「あの人は、旧校舎にいるかもしれない」

「文さん、今旧校舎に行くのは危険ですよ。奴が道を塞いでますから」

「だったら押し通るまでよ」

「文、待ちなさいったら。相手は天ヶ井先輩でしょ? 今行っても危ないだけ」

 咄嗟に手を掴まれた文はゆっくりと瑞樹の手をほどいた。

「ごめん。瑞樹。私行かなくちゃ」

「そう。これは何を言っても無駄ね。死なないでね」

「わかってる」

 文は笑顔を返すと、そのまま渡り廊下へと駆けていった。




 一人残された瑞樹は龍波を半眼で見つめていた。

「で、私に何か用?」

 明らかな敵意がその瞳には込められていた。

「用事ですか? はい。ありますよ。よくわかりましたね」

「文をこの場から遠ざけたのは、私に用事がある以外に理由が考えられないわ」

「ええ、文さんの性格からして必ず動くと思ってました」

「文を危険な目に合わせる必要があったの?」

 瑞樹はこの男が文に恋心を抱いているのを知っていた。幸か不幸か文自身はその事に気がついていないけれど、瑞樹から見れば一目瞭然だった。

「大丈夫ですよ。今戦っているのは綾くんですから」

「つまり、文と綾の二人で先輩を殺させるってつもりかしら?」

「ご明察。まあ、奴は強敵ですが、二人相手には勝つことはできないでしょう。そんなことより姫宮さん。僕から一つ提案があるのですが」

「提案?」

「はい。率直に言いますと、協力しませんか? 姫宮さんはこの殺し合いを止めたいと思っているようですし、僕としてもこんな殺し合いに興味はありません」

「そうね。最後まで生き残るなら貴方は文を殺さなくてはならない」

「はい。願いを叶えるために、願いそのものを殺してしまっては意味がないのです」

「それで?」

「姫宮さんの家に伝わる伝承を教えていただければと思いましてね」

「協力というからには見返りがもらえるのかしら?」

「はは、さっそく交渉ですか? 何が欲しいんですか? 大抵のものは差し上げられますよ」

 彼は月守町の大地主の息子である。その気になれば彼の言うとおり大抵のものは手に入る。

 二人の間に沈黙が降りる。不意に瑞樹が視線を外した。その様子を龍波は見逃さなかった。こいつは落ちた。昔から飼っている使用人の家族と同じ目をした。ガキには菓子を、親には金を。餌を目の前にチラつかせた時の、愚者たちの表情を龍波はよく知っていた。自然と口元が笑みの形を取る。

「そうですね、姫宮さんの場合はご家族の保護というのはどうでしょう? ずっと不便にされていたでしょう?」

 ビクリと瑞樹の肩がこわばった。瑞樹の家族は月守町で忌み嫌われている。呪われた一族、そう忌み嫌われてきたのが瑞樹の一族だ。それに引き換え、自分は月守町一番の地主の家系。町長はもちろんのこと、ここら一帯の農家にも、企業にも顔が効く。瑞樹の家の地位を確立し、保護することなど造作もないことだった。

「なんなら、君のお父上をうちの会社に入れてあげてもいい。僕の父に頼めばそれぐらいはしてくれる。君にとっては十分に意味のあることじゃないのかな?」

 龍波は瑞樹の表情が徐々に崩れていくのが見て取れた。瞳の奥に揺れる何かが手に取るようにわかる。異常なほど町民から嫌われた一族。しかし彼らはただ黙したまま、自らの秘伝を守り通していた。父から言われていたのは、瑞樹から秘伝を奪うこと。龍波自身はそのことに興味は覚えなかったが、全ては自分の計画のためには必要な材料のひとつ。

「どうかな? 伝承を聞かせてくれないかな?」

 落ちる瞬間は目の前だった。さあ、頷け。跪け。

「ダメね。交渉決裂」

 瑞樹は無表情に龍波を見つめていた。彼女の中にあったはずの葛藤は何一つなかった。彼女が考えていたことはただ一つ。いかにして文を救うか、自分の探し物を探し当てるか。この二点につきた。新校舎には何もないであろうことは、龍波の口ぶりからわかった。彼女にしてみればそれこそが重要だった。

「な、何を言っているんだ? 君の家族が月守町で生きていくには、僕の家の保護が必要なはずだ」

「そうでもないわ。それじゃ、さよなら。無事に生き延びていたらまた会いましょう」

 瑞樹はそのまま一度も振り返ることなく、文のもとへと歩いていった。残された龍波は奥歯を噛み締めながら、その後ろ姿をギリリと睨みつけていた。

「なんなんだよアイツ。僕の事を……」

 初めて感じる屈辱に龍波は壁を殴りつけた。普段の彼の姿からは想像もできないほど、その表情は赤く染まっていた。

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