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徒花  作者: 似櫂 羽鳥
第二章
22/27

幕間 光の中で

 私は今、文の背中に背負われている。毒の回った体が少しずつ死へと向かっているのにも関わらず、私を闇の中に置いていけないという感情が、私の中にするりと入り込んでくる。優しさや暖かい文の想いが私の中に満たされていく。

 私が死んだのは、龍波が到着する前だった。手記を渡すことも出来ずに死んだ私は、たぶんだけど幽霊とかそういうものになったのだと思う。どうやらあの場所は本当に霊場的な要素があったみたいで、龍波はそれに感化されて私と話をしていたみたいだった。正直、龍波が私の頭を壁に叩きつけるまで、私自身も死んでいることに気が付かなかった。

 痛みが無くなっていた。それが唯一よかった事かもしれない。正直、あんな事をされていたら、痛みでどうにかなっていたかもしれない。あの場所は神聖な祭壇だった。でも、無念のうちに朽ちていった魂が集まり、一種の呪いのようになっていた。閉じ込められた魂が、龍波を、文を狂気に走らせていたのだと私にはわかったけれど、彼女達を止める手段は私には無かった。

 確かに、開いてはいけない場所だったのかもしれない。

 数え切れない程の罪と後悔が膿のように溜まり、混ざり、私もその一部になるはずだった。でも、今こうして文と一緒に外へ出ることができたのは、幸運としか言いようがなかった。

「ありがとう」

 何度も私は文に声をかけるけど、文に私の声は届かない。でも文は生前と同じように私に語りかけていてくれた。想いを告げてくれても良かったこと、告げたら告げたで辛い思いをしたかもしれないこと、学校帰りに立ち寄ったカキ氷屋さんのこと、たわいもない話の数々を、それこそ惜しむように文は私に語りかける。その全てが私にとっては暖かく、私はいつもと同じように文に言葉を返す。けっして交わらない会話。だけどもお互いが友情以上の、恋愛とも違った特別な絆で繋がっていることがわかる最後の会話だった。

 文は私を光の差し込む教室に横たえた。ご丁寧に机でベッドを作ってくれた。眠り姫の王女の様に横たえられた私は、文の最期の言葉を聞く。

「瑞樹。ありがとう」

「文、さよなら」

 遠い背中が扉の向こうに消えていった。

 見送った瞬間に私は、この光景を以前にも見たと理解した。それは遥か昔、私が私である前の話。

 双子の片割れを見送った時に、こんなやりとりをしたのではなかっただろうか?

 "私"は天照の御子に選ばれた。姉、妹の区別のつかない周囲の人間は、月読の儀で選ばれた月読に次の天照を選ばせた。選ばれたのが私だ。私も彼女も互いに想い人がいた。それ故にこの二つに一つの賭けに同じだけの想いを乗せていた。

 伝え聞いた話では、天照の御子が全てに絶望し、一族を追放した事になっている。でも今だからわかる。事実はそうではない。天照の御子は運命を受け入れた。自身の片割れを自分以上に愛していた。その想いはお互いに同じだった。だからこそ、別れ際に「ありがとう」と告げてくれたのだ。私も彼女の幸せを強く祈ったのだ。

 歪めたのは龍波の一族だ。私を幽閉し、目を潰し、舌を引き抜いた。闇の中で私は自分の家族が追放されたことを知った。耳だけ残されたのは、月読がいかにして私の一族を苦しめたかを聴かせるためだった。そして、全てを手中に収めた頃、私はボロ布を身にまとわされて、路傍に捨てられた。

 見えず、話せずの私はこのまま死ぬと覚悟した。しかし、そうはならなかった。こんな私を救ってくれた人がいた。そして、私は初めての自由をこの手にした。神事に関わることもなく、私は人並みの幸せを手に入れてしまった。

 私の一族が、片割れがどうなったかを知ることは無かった。それだけが、唯一の心残りだった。

 そして、私は子を産み、育て、死んだ。その子らの子孫が、文だった。

 私は片割れの一族に産まれ、文は私の一族に産まれた。これはどういう奇蹟なのだろう。そして文は、そう、私の片割れだ。ああ、そうだ。私は彼女を愛していた。当然だ。幸せをずっと願い続けていた彼女なのだから、愛してしまって当然だった。

 どうして人は、大切なことを失ったあとに気がつくのだろう。結局私は、あんなに愛しかった彼女をまた、地獄へと送り出すことしか出来ないのだから。

 残ったのは、文と綾。

 きっと文は綾と殺し合いをする。そうする事でしか、文は自分を許すことが出来ないのだから。

 終わりの刻は近づいている。願いが届くのならば、せめて、文に幸せな最後を与えてください。

 私は光の中で、自分が溶けていくのを感じた。

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