06.一族のツケを払うは我が義務と
夜、安宿で夕食を摂る。結局、今夜まではこの宿に泊まることにした。
なぜかミシリーが同席しているが、狭い食堂のことと一先ず無視。
料理をきれいに平らげて一息入れたところに客が来た。
「セイン、ルド。食事は……済んだところみたいだな、丁度良かった」
現れたのは制服を私服に改めたアレイクだ。剣の柄尻には縹の手貫緒。支給の剣を提げている以上、私服であっても仕事として訪れていることが知れる。
その後ろにゴツイ五十がらみのおっさんがいた。アレイクもがっしりとした体躯をしているが、おっさんは輪をかけて厳つい。アレイク同様、簡素な形をしているものの、腰にはやはり剣を提げている。手貫緒の色は蘇芳だろう、やや紫を帯びた赤。
その手貫緒を目敏く認めたミシリーが顔を引き攣らせて固まった。
「げ……、位色が赤系って相当上位の存在じゃん」
「ほう! 嬢ちゃん目敏いな~。まあ取って食いやしないから安心しな」
呵呵と笑っておっさんは空いていたミシリーの隣の椅子にさっさと座る。
セインたちの着いていた卓子には椅子が四脚しかなかったので、隣の卓子から一脚失敬してアレイクも腰掛ける。
「で、まず確認だが。そっちの黒髪の子はセインの恋人でいいのか?」
「冗談じゃない! 相部屋になっただけの赤の他人だ!!」
アレイクの問いに、噛み付く勢いでセインが反駁する。その隣でルドが爆笑し、さらに隣でミシリーが「そんなキッパリひどぉい」と口を尖らせた。
「はは、容赦ないな、セイン。じゃあ俺のことは話してないな? 下っ端兵士のアレイクという。よろしく、お嬢さん」
軽く笑いながらミシリーに名乗る。精悍な顔付きが緩和され、人当たりの良い雰囲気に変わる。
セインみたいな女顔のキレイ系美形もいいけど、きりっとお堅い大人の男も悪くない、と思いつつ、ミシリーもへらっと笑みを返す。
「下町の花、ミシリーでぇす。目下セインさんと仲良くなろうと奮闘中~」
「失せれ」
速攻でセインが斬りに行くが、ミシリーは動じない。
「いいじゃないですかセインさ~ん。もうちょっと笑顔を見たいと思うくらいいいじゃないですか~」
ルドを挟んだ向こうのセインを覗き込むように甘えた声をかける。
くすくすと笑うルドとは対照的に、セインは大量の苦虫を噛み潰したような凶悪な顔になっている。美形なだけに迫力が凄まじい。
口を挟まず眺めていたおっさんが、うんうん、と何を納得したのか身を乗り出して口を開いた。
「微笑ましいの~。俺も混ぜてくれ。
王都軍第二師団師団長、アルフレッド・ノーマンだ」
『師団長!?』
アレイク以外の三人の声が被った。ミシリーは椅子からやや腰を浮かせて、逃げ出す寸前の体だ。
「うむ。一班長の手には負えんということで俺のところまで話が上がった」
言ってちらりとアレイクに目を遣る。心得ているアレイクは頷いて後を引き取る。
「セイン、昼の繰り返しになるが話を。……と、ミシリーに聞かせて問題は?」
「ある。悪いが外してくれ」
即断してミシリーに退席を促す。ただし視線は向けない。ルドが「セイン、失礼だよ」とつつくが聞く耳持たない。いい加減相手をするのに疲れているのだ。
ミシリーもさすがに絡み過ぎたと思っているのか、あっさりと了承した。
「はぁい。部屋で待ってるね」
「…………むしろとっとと寝ててくれ」
返事が来ただけ良し、と、軽やかなお辞儀を残してミシリーが席を離れる。
そしてようやく、セインは姿勢を正して師団長に向き合った。
「良い眼つきだの~。綺麗な顔と相まって、うっかり視線で人を殺せそうだな~」
緊張感のない喋りように、却ってセインは緊張する。
のらりくらりと話すうちに、いつの間にか重要な言質を取っていくような人種だ。油断ができない。
「ああ、貴君らの密入国云々についての追及は一先ず保留とする。堅物班長が為人を保証したのでね」
ニヤリ、と笑んでアレイクを一瞥する。
日中、アレイクに事情を話したところ、とりあえず宿で待機するよう指示された。
アレイクはセインのどこをどう見て何を判断したのか、密入国の罪状での即刻捕縛はせず、居所を明らかにし後の沙汰を待てとだけ指示して解放したのだ。
目を向けられたアレイクは苦笑するしかない。
「まあ、そこまで根性が捻くれている風でもありませんでしたし。入城に拘っていたところから、唯一の伝手を放棄もしないだろうと」
実際には自分でもなぜこの子供たちを解放する気になったのかよく解らない。
ただ何となく、大丈夫だと思えただけである。
アレイクのそんな様子を、ノーマンはニヤリ笑顔をさらに深めて意地の悪い笑顔で眺める。
そしてセインに向き直ると、笑みを消して厳しい眼をした。
「堅物班長の人を見る目には定評がある故、こうして軍上層まで簡単に動くのだよ。私もそう悪い目はしていないつもりだが、アレイクの目に見えたものがまだ見えんな。
――ユークリッド家のお子という、確信が欲しい。彼の家筋はほぼ絶えたと聞いている。貴君の知る限りのユークリッド家の状況と、今に至る経緯を、極力詳細にお伺いしたい」
言葉遣いは丁重。見えない、と言いつつも、セインが名乗る通りの人物であることをノーマンもほぼ疑ってはいないらしかった。
ただ、無条件に信じ、希望を容れるには障害が多すぎるのだ。
高位の軍人、齢五十過ぎと思われる強面の師団長を相手に、セインも表情を引き締めて頷いた。
「私は、正しくはセイン・フォル・アスカ・ユークリッドと申します」
余程のことがなければ名乗らない本名。長ったらしい上に、そこに込められた思いや責任が重くて、普段は忘れた振りをしている。
だが、今はその重さを証明することが求められている。
妙に皮肉に感じながら、表情は努めて冷静に言葉を紡ぐ。
「私の両親は、結婚後長く子に恵まれなかったそうで、二十年ほど前に一族傍流の末裔の男児を養子として迎えたと言います。その二年後、ユークリッド家の長子として私は生を享けました。両親は養子を私の兄として手元に残し、ともに育ててくれました。
ユークリッド家の者は生来多少なりと魔力を保持していますが、義兄は傍流に生まれたとは思えないほどに強く、……あるいは両親は私の伴侶にと考えたのかもしれません」
魔力は、ルドの持つ法力とは別物である。天恵の力であることに変わりはないが、法力は神が与え、魔力は魔から奪ったと言われる。
魔物からその力を奪い、世界を救ったとされる神の子〈アスカ〉。
すなわち、魔力の有無が彼の者の血を継ぐ者であるか否かの基準となる。
決して饒舌ではないセインが淡々と語る。
高過ぎず低過ぎない、中性的な声からは感情が削ぎ落とされている。
「私は直系として恥じぬだけの魔力を具えて生まれたと聞きましたが、年を重ねるごとにその力は内に籠り、使えないモノになっていきました。今現在、私は自力では一切の術が扱えません。この体に、魔力はあるが、それを外に出すことができない。
神の子〈アスカ〉の姿を映しておきながら、術士としてはできそこない――それが、私という子供の評価でした」
知らず握りしめていた両手を開く。小さく細く、大人になりきれていない手。
「十三年前に母が事故で、十一年前に当時の領主でユークリッド家当主であった父が病で没しました。子は実子である私と、養子である義兄のみ。実子であることを重視した王の命により家督は私が継ぎ、義兄がまだ十代であったことから領主には王国派遣の代理人が就きました。
父は私に一族の義務を果たせと遺しました。神の子〈アスカ〉の亡き後、その絶大な魔力を誤った方向に使い、災厄を撒いた一族の後始末をせよ、と」
血の気の抜けた白い指先で、首にかけていた紅玉に触れる。
「この石は、一族が作り出した闇の石。手元に長く置けばやがて闇に心を喰われ、暴虐の限りを尽くし狂気の内に死に至る。周囲の者をも狂気に捲き込み、それは時に国同士の争いにまで発展した。
本来は術力の強化や増幅を主眼として術道具を研究していた一族が、どこでどう間違えたのか作り出してしまった、人を狂わせる石。
大陸全土に散ったこの石を回収するため、十年前、義兄とともにシルグルアを発ちました」
紅玉から手を放して息を吐く。
「ふむ。その、義兄上殿は、今……?」
ちらりとルドに視線を向けてノーマンが口を挟んだ。
「……亡くなり、ました。ルドはその後に知り合った子です。諸事情から孤児院等には預けずに連れまわしています」
その『諸事情』は今は関係ない、とセインは口を閉ざした。
「で、その石が、城にある、と?」
ノーマンはルドのことはそれ以上追及せず、セインの胸元の紅玉を顎で指して訊いてきた。鋭い眼を見つめ返す赤土色の瞳は、声と同様に感情が消えていた。
「私には“石”の気配が分かります。王都の方角に引かれて訪れてみたところ、気配は北の区画から感じられた。
昨日一日、城壁に沿ってその位置を特定しようとしましたが、どう考えても城の最奥、居城の辺りから感じられるとしか言えない。あとは中に入って探索するしかないので、入城を求めました」
言って眼を伏せる。柳眉が顰められ、ようやく感情がその面に現れる。
「見ての通り“石”は宝飾として通用します。宝物庫に埋もれているなら問題ないが、人の手にあればその方の心身の安全を脅かす。一朝一夕に狂うことはないが、引き離すのは少しでも早い方が良いでしょう。
――ましてや、この国の最も貴き方々の手にあるのであれば、猶予はないかと」
セインの暗い言葉に、ノーマンは「ううむ」と唸って腕を組み――思い出したように、
「事情は一先ず承知した。が、素性の方でもう一点、確認しておかねばならん」
そして発せられた問いに、それまでの重い空気も忘れてルドは卓子に突っ伏して笑った。
アレイクは困惑したようにノーマンとセインとを交互に見るしかできない。師団長は何を言い出したのか、という顔である。
その気の抜けた雰囲気にセインは何かを諦めたような顔をして、ノーマンの問いに回答した。




