05.無茶言うな身元不詳の子供たち
昨日の非番をイマイチ休みとして過ごせなかったアレイク班長だが、勤務には一切影響がない。
王都軍第二師団第六大隊グレイズ小隊第五班は班長含め八名。本日の任務は王城正門の門衛、夜番だった班と簡単な引継ぎを交わし、門扉を開いて二名を門の外、一名を門の内側に立たせる。
残り五人で詰所に入り、休憩や所用で持ち場を離れる際の交代要員となる。
正門を通過して入城できるのは王侯貴族、諸外国からの賓客のみと定められており、王の特別の許しがない限り一般人は通ることはできない。日中は原則的に開放されているが、入って小庭を挟んですぐに内門があり、こちらは必要時以外固く閉ざされている。
正門を開放するのは、王はこのように心を開き民の声を聴くお心をお持ちである、と示すための形式美なのである。
ちなみに侵入者に対する警戒は内門周辺へ配備された第一師団の兵士が担っている。
よって第二師団の任務は、正門前を行き過ぎる人々を見守り、店への道や困りごとの訴え先などを訪ねる人々を導き、詰所待機の合間にいくつかの書類仕事をこなすことであった。
「班長には役不足じゃないですか、第二師団って」
詰所内での書類作業の最中、班で最年少の兵士がふと訊いてきた。アレイクは苦笑を禁じ得ない。
「……またえらく大きな括りで言ってくれるな」
「ですが、班長は師団長、第二どころか第一師団長との試合でもほぼ互角でいらっしゃる。
それだけの剣の腕をお持ちで、精鋭揃いとされる第一師団ではなく第二師団、それも班長職とは。勿体ないように思います」
「あ――…。買い被るな、師団長方は相当に手加減してくださっている。貴族集団の第一師団に庶民が属せないのは当然だし、班長位にあるのに不満はない」
庶民出身の一兵卒が師団長と手合せできる、という時点でかなり破格のことなのだがそこは敢えて口に出さない。
師団長の下、第一師団から第三師団に属する約二十名の大隊長に実力で拮抗。
齢二十二にして国一番の剣士との呼び名がありながら、軍の中ではほぼ一番下っ端辛うじて職位持ち。年上の部下とも軋轢を生じさせずに職務を全うする班長を慕う班員にとっては、微妙に納得がいかない待遇であるらしかった。
むう、と分かりやすく不満を表明する班員に、アレイクは苦笑を深くする。
と、詰所の入り口から笑い含みの声が飛んできた。
「物事には平衡感覚って大事なのさー。上の方ばっかりデキる人が集まってたんじゃ、下の方は使えない動けない連中の集まりで、軍として機能しなくなるからなー。な、班長」
開け放たれた入り口から笑顔だけを覗かせているのはアレイクの同年同期の班員だった。
「ディイ、いくら内側配置でもうろちょろするな」
「へいへい、アレイク班長殿はつくづくお真面目でいらっしゃる」
軽口を叩いてディイが引っ込んだ。
やれやれ、と書類に目を落とし直すが、今度は門の外から何やら押し問答が聞こえてきた。
班長はその職位を表す縹の手貫緒を下げた長剣を手に、詰所を出た。
◆◆◆
「結局、体当たりなんだよね。セインってさ」
小さく呟き、深い溜息とともにルドは眼前の光景を遠い目で眺める。
昨日はミシリーの起こしたゴタゴタに捲き込まれる形で城の付近から離れ、さらに延々とミシリーに付きまとわれて(「だって報復が怖いじゃん!」ミシリー談)、結局それ以上の行動には出られなかった。
よって今日は早々から城門を訪ねているのだが。
「――別に内部を荒らすつもりはない。必要なら監視を付けてくれていい」
「いや、だからな? つもりはなくても入れないから。特に正門からは絶対入れてやれないから。東南の門に回って申請してくれ?」
「だから。東南の門で追い払われてこっちに来てるっつってんだろ」
苛立ちを隠しもしないセインは、腰の物を辛うじて押さえ込んでいる――というか、一触即発で抜く寸前の風情、対応していた兵士も表情を険しくする。
「どうした」
「ああ、班長! この少年たちが、城に入りたいと言っておりまして。何度説明しても聞き入れません」
背後からかかった声に、兵士は背筋を伸ばして報告した。
兵士に「たち」と一括りにされたルドは微かに顔を顰めたが、それに気づく者は誰もいない。誰もかれもルドより頭二つ三つ以上も大きいのだから仕方がない。
セインが割って入ってきた男に目を向けると、男は軽く目を見開いていた。茶斑の入った緑の瞳がまっすぐにセインの目を射抜く。
「……お前、昨日の……?」
セインはルドを一瞥し、ルドが首を横に振るのを確認してから男に向き直った。
「悪いけど会った覚えはない。それよりここの責任者ならとっとと通して貰えないか?」
「正門は王侯貴族および国賓のみが通行を許可される。お前たちは通せない。
昨日、大通りで若い女に絡んだ破落戸を伸していただろう」
「…………伸してない」
「蹴り飛ばして逃げただけだよね」
ルドの余計な一言にセインが眉間に皺を刻み、男が表情を緩めた。
「俺はゼフィーア王国王都軍第二師団第六大隊グレイズ小隊第五班班長、アレイク・ダシルバだ。任務である以上、お前たちを通すことはできない。
が、話を聞くくらいはできるぞ?」
ん? とアレイクが面白がっているような顔でセインを見てくる。
不機嫌面でアレイクを睨みつけてから、「座るところはあるか」と妥協した。
詰所も一応門の内側、ということで部外者は立ち入り不可。
よって、昼休憩を先に取ると他の兵士に言い置いたアレイクに、セインとルドは正門から延びる大通りから少し外れた路地裏の飯屋に案内された。
席について注文を済ませてから、アレイクは改めて二人と向き合って名前と出身を検めてくる。
セインが口を開かないのを見てルドが先に名乗った。
「ルド・ギクスです。南のクラフィクター公国生まれ、です」
「よろしく、ルド」
ルドに柔らかく応えてセインを目で促すと、やや低く抑えた声が応えた。
「……セイン・ユークリッド。シルグルア王国の北、ヒペリオン領の生まれ」
「…………その頭でその姓かつ出身を名乗るのは無謀過ぎるだろう……」
アレイクは頭を抱えた。
シルグルア王国はゼフィーア王国と縁が深い。海を挟むとはいえ指呼の距離、靄っていなければ岸辺から互いの国土の影を見ることができる。
そのシルグルアの最北の領地、ヒペリオン領を治めるのがユークリッド家である。近年その一族は数を減らし断絶の危機にあるというが、その家格はシルグルア王家に次ぐ高位貴族に位置づけられる。
一兵士に過ぎないアレイクだが、近隣諸国の王家および主要な有力者の構成は頭に入れている。
――余談だが、剣の腕だけでなくそういう勤勉さもあって「第二師団の班長職では役不足」という評に繋がるのだが、その辺りの詳細を本人だけが理解していない。
また、ゼフィーアでは貴族はほぼ黒髪、平民も概ね濃い髪色になる。アレイクも例にもれず焦げ茶の髪をしている。そしてシルグルアの民はゼフィーアの民と同じく濃い髪色をしている。むしろ黒髪の率が平民でも高いという。
貴族であるユークリッド家の者が、セインのような淡い髪をしていることはまずありえない。
よってアレイクは頭を抱えた。
それでなくとも城に入りたがる挙動不審者。さらに身分詐称を堂々と。
だが、セインは至極冷静に説明を入れる。
「この髪だからユークリッドを名乗れるんだ。ユークリッドの始祖が何者だか知らないか?」
言ったセインの表情は複雑な陰を帯びていた。
言われたアレイクは大陸に知られる創世記といつくかの伝承を思い出し、その名を口にした。
「……神の子〈アスカ〉、およそ一千年前にシルグルアに降り立った、救世の魔術士」
数千年の昔。神はこの世界を創り、植物と獣と人とを置いた。
人は集落を造り、街を造り、やがて国を築いた。
長い平穏の時。しかしその平穏に、いつしか影が射す。
闇に住まう者、魔の物、人を喰らう者――いくつもの呼び名が差すそれは暗闇の影。
「魔物」の呼び名が定着した頃、人々はそれを恐れ、忌み嫌い、駆逐しようとした。
不毛な戦いは平穏の時よりも長く長く続いた。
人々は疲弊し、魔物はさらに増長した。
そうして今からおよそ一千年前。
人々の願いに応えるように降臨した神の子〈アスカ〉は、一切の暗闇を祓い、世界に再び安寧を齎した。
「――アスカは淡い髪と赤い瞳とを持っていた。その血を継ぐユークリッドの一族には稀に先祖返りをする者が出る……って、本気か?」
アレイクはまじまじとセインの顔を見る。やや翳りのある無感情な顔。
「班長さんをからかっても何の得にもならない。両親はシルグルア貴族らしい黒髪、父は琥珀色の、母は菫色の瞳だった」
顔立ちも両親のどちらにも似ていない、と低く付け足す。
アレイクが唸って腕を組んだところに頼んだ料理が出てきた。とりあえず熱い内にと食べ始める。
「まあ、素性はそういうことで聞いておく。悪いが確証を得られるまでは『そういうこと』扱いしか出来かねる。
……本当にシルグルア貴族のお方であればこの口の利き様はご不快でしょうが、何卒ご了承いただきたい」
「気持ち悪いから口調改めんな。こっちだって貴族喋りなんざ無理だし。国を出る時に貰った身分証を失くしたこっちにも落ち度がある」
綺麗な顔を心底嫌そうに歪めて料理を頬張るセインが妙に子供っぽい。
じゃあ今まで通りで、と笑って返したところで、はたと思い至る。
「待て、身分証がなくても国境で入国許可証は取っただろう? 虚偽申請で許可が下りたのか?」
基本的に旅人は身分証がないと国境を越えられない。国境で必ず身許改めを受け、身分証がない旅人には国境警備が入国許可書を発行する。
身許に不審あればそのまま国境に留置され更なる確認と追及がある。
難なく王都の検問も通過できる許可証が虚偽申請で発行されたとあっては大問題だ。
が、セインの回答はアレイクの懸念の斜め上をぶっ飛んだ。
「国境は山越えかつ森抜けして来たから許可書は貰ってない。
ちなみに王都外壁の検問は、人ごみに紛れつつルドの法術で目晦まししてすり抜けて入った。
あんまり長時間使える術じゃないから一定間隔で立ち番してる兵士の眼を掠めるのは難しい上に、城の術士が最低限の結界張ってたみたいなんで、城門は正面突破を狙ってみた」
「…………そろそろ本気で頭痛がしてきた……」
密入国の罪状確定。しかも王都にも不法侵入。
どうしようこの子供たち。
っていうか東南の門の奴ら、せめて身分証および許可書不所持ってのくらい確認しろ! そうすれば正門でごねられることもなかったんだ!
思わず心の中で同僚を罵倒せずにはいられなかったアレイク班長である。




