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紅の闇  作者: 水無神
第一章 ゼフィーア王国
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04.損だよね放っておけない真面目人


 ――こちらに来い。力を与えよう。

 

 暗闇に虚ろな声が響く。

 

 欲しい、と思う。

 一切を圧倒し薙ぎ払う絶大な力。

 大切で愛おしいすべてを護る力。

 

 ――すべてを委ねよ。こちらに来い。

 

 嫌だ、と思う。

 己のすべてを委ねられるのは、己にのみだ。

 誰かに委ねる物ではない。

 

 周囲を見渡す。

 どこまでも深く昏い、闇。

 声の主を探せば、黒一色の世界に、ぼんやりと赤い光が浮かんで見えた。

 ゆっくりとそれは近付いてくる。


 ――すべてを、委ねよ。




  ◆◆◆




 猪突猛進を旨とするセインは城門に詰め寄る前に場を離れ、大通り沿いにやや南に下った茶屋に落ち着いた。


「……別に入城の方法訊くくらいしてもよかっただろ、折角あそこまで行ったんだから」

 出されたお茶を注ぎ分けながらセインが不平を鳴らす。


 南北を貫く街の大通りにある茶屋は、お茶だけでも少々高くつくが、茶器からは香ばしい匂いが漂い、たまには贅沢もよいと思わせられる。

 セインが寄越す湯呑みを注意深く受け取りながら、ルドは真剣な顔で口を開いた。


「訊いて『城は観光施設じゃないので子供が用もなく入れません』って言われたらおとなしく退いた?」

「ああ。それなら他の手を考えるしかないだろ」

「へぇえええ~?」

 自分のお茶を口に含もうとしていたセインは、ルドのあんまりな反応に湯呑みから顔を上げた。

「…………なんだよ」


 すう、と一息吸い込むと、ルドは立て板に水そのままに言葉を紡いだ。


「神殿の祭壇にご神体と称して祀られてた石を神官さんが譲ってくれなかったから泥棒に入ろうとしたり、大富豪の商人さんがでっかい指輪に仕立てたヤツを法外な値段吹っかけられたからって指ごと切り落とそうとしたり、たまたま山の中に転がってるのを見つけたのを狐が咥えてった時は夕飯が豪勢になったり」


「最後の以外は未遂だろうが」

 綺麗な顔に不機嫌を貼り付けてセインが反論する。


 ちなみに最後の話は、狩りをしておいしく頂いたといえばそれだけ、旅人には珍しくもない食料調達の風景だ。だが、その追跡劇の最中にちょろちょろと出てきた野兎や山鼠には目もくれず、狐だけを結構執拗に追い回した挙句の晩御飯だったとあれば話は別になる。

 ルドがセインと出会ってまだ少ししか経っていないの頃のことで、その一件でセインの性質をある程度把握してしまったルドとしては、やはり外せない思い出深い逸話だ。


 そして確かに、侵入窃盗も強盗傷害も、辛うじて未遂である。深夜の祈りを捧げていた神官がセインの剣呑な雰囲気に泣く泣くご神体の装飾としていた石を譲ってくれ、抜身の剣を突き付けられて肝をつぶした富豪が慌てて指輪を放り捨ててくれたからである。


 ただしどちらも、ルドが制止に入るという隙がなければ、実力行使は完了していた間合いだった。


 じとりと睨んでくるセインをさらりと無視してルドはお茶を啜る。すう、と鼻に抜ける芳香が堪らない。

 ほう、と満足の吐息とともに少し遠い目をする。幼い子供の仕草としては老成し過ぎであるが、妙に様になっている。


「とにかく、お役人さんでも兵士さんでもいいから、それなりの人とお知り合いになれると手っ取り早いんだろうけどねぇ」

「お前の発想は結構腹黒いよな……」

「世渡り上手と言ってくれる? 何せ愛想もなければ駆け引きなんて知ったこっちゃないって保護者と一緒にいるとね、いかに揉め事を少なく目的達成するかって割と重要だから」


 さらに一口、と湯呑みを持ち上げたところで大通りから派手な音がした。




  ◆◆◆




 ゼフィーア王国王都軍、第二師団第六大隊グレイズ小隊第五班の班長アレイクはその日、非番であった。

 非番ながら夜明け前には起き出して習慣となっている鍛錬をこなし、身支度と朝食を済ませてから支給品ではない自前の長剣を佩いて兵舎を後にした。


 まずは無沙汰をしていた両親への挨拶をと街の西へ足を運んで一服し、さて買い物をしようと市街中央の大通りに出たところでその騒ぎを聞きつけた。

 根っからの真面目人であるアレイク班長は、非番であることなど頓着せず、まっすぐにその騒ぎの方へ足を向けた。



「あんたみたいなのが気安く触れる女じゃないの、あたしは! オノレの顔と図体と性格とをよぉおおっく弁えて出直しといで!」


 大通りから生えている路地の一つから、威勢のいい女の声が響く。

 派手な音は、路地から転がり出た体格のいい男が、路地と大通りの角にあった水桶の小山やら箒の束やら――ちなみに大通りの清掃用に周辺の店舗から提供されている共有資材――に勢いよく突っ込んだことで発生したらしい。


 厳つい兄ちゃんは悪態をきながら身を起こし、路地の陰を睨み据える。

「ってめぇ、小娘が一丁前気取るじゃねぇか! 冗談も通じねえお子様に声掛けちまって悪かったなぁ、お嬢ちゃん!」


 立ち上がった男の着ている物は、遠目にも明らかに上等ではないと知れる。意匠デザインもお世辞にも品があるとは言えない。

 つまりは破落戸ごろつき風の兄ちゃんだ。

 対して路地から姿を現したのは若い娘。艶のある黒髪は、濃い髪色の民が多いゼフィーアでも目を引くほど美しい。肩にもかからない程に短いのが勿体ないくらいだ。

 全体の器量もそれなりに良い。簡素で動きやすそうな服に身を包んだその姿は、お忍び中の貴族の娘とも取れるかもしれない。

 だが。


「あぁら、『かわいらしいお嬢さん、一緒にお茶でも』のステキなお言葉は取り消し? 自分の言動に責任持てないなんてホントご立派だわあ」

 はんっ! と鼻で笑って破落戸と渡り合う様は決して高貴な娘ではありえない。むしろ破落戸と同等の生活水準の暮らしの者と知れる。


 というか兄ちゃん、かなり死んだ言い回しで引っ掛けようとしたな。


 思わず苦笑して足の止まったアレイクの視線の先で、娘の顔が路地の隣の茶屋に向けられた。

 刹那。

「――あああー! セインさぁん! ルドくぅん! こんなとこで偶然~!」


 ……どっからどうやって出すんだろう、女のああいう声って。


 ふっと遠い目になりかけ、アレイクは慌てて意識を娘と破落戸の兄ちゃんの方へ戻した。

 娘が嬌声を上げて寄って行ったのは、茶屋にいたらしい少年のもとだった。


 少年の傍らに茶色い毛玉が見える。どうやら幼い子供の頭のようだが姿は見えない。

 遠目からでは長い前髪に邪魔され少年の顔もよく見えない。ごく軽装の旅衣、娘より背は高いが線は細い。姿勢はよく、帯剣しているらしいことが外套の上からもわかった。

 陽光に照らされた金とも銀ともつかない髪が、諸外国の人間が溢れる王都でも珍しいと思う程度だ。


 少年の顔はよく見えないが、娘は少年にきゃっきゃと話しかけているところを見るとおそらく整った顔立ちをしているのだろう。あっさりと無視された破落戸兄ちゃんが顔を盛大に顰めているのは判別できた。


 まあ、気持ちは解らんでもない……。


 自分がちょっかいを出した女が黄色い声を上げて寄って行った先に優男。線の細いガキが一丁前に帯剣している。まとわりつく女を煩わしそうにあしらっている。

 いい気はしない。というか自分はそんなガキより格下かと憤りたくなる。

 何より煩わしそうにするのが気に食わない。


 そんなところだろう、兄ちゃんは標的を少年に変えて絡みだした。

 少年は心底面倒臭そうに娘を差し出すような仕草をする。ちょっとヒドイ。

 娘は慌てて少年の横に回る。茶色い毛玉を抱き込むようにしてやや後退り、少年を盾にする。


 兄ちゃんが少年の襟首を捩じ上げようとした瞬間、少年は身を沈めて破落戸の鳩尾みぞおちに、いつの間にやら中程まで抜いた剣の柄尻を勢いよく叩き込んだ。

 剣を鞘に戻しながら一歩斜めに踏み出してさらに身を沈め、怯んだ破落戸の膝裏に足払いの要領で踵を叩き込む。膝をついた兄ちゃんの側頭部に、回し蹴りで足の甲を打ち込み大通りに転がした。

 周囲で傍観を決め込んでいた茶屋の客や通りすがりたちが、おお、と歓声を上げる。


 破落戸が立ち上がるより先に少年は走り出す。娘に抱き込まれていたはずの子供もいつの間にかその束縛から逃げ出しており、少年に遅れず駆け出していた。

 一拍遅れて娘がその後を追い、通りには頭を押さえて呻きながら起き上がる、哀れな破落戸兄ちゃんだけが残された。


 少年の流れるような攻撃と、打ち合わせなしに逃げ出した子供との呼吸の合い方に感心しつつ、アレイクは溜息を零した。


 ……自分が被害者だ、とか言いそうだな、コレ。


 だが気が荒れているところを放っておけば、またぞろ騒ぎを起こしかねない。

 市街の平穏を守るのが第二師団所属の自分の責務である。

 詰所に持って行って、簡単な報告を上げても昼には片付く。

 買い物はそれからでも門限までには兵舎へ帰りつける。

 よし。


 アレイクは破落戸に声をかけ、案の定喧嘩を吹っかけてきたところを軽く捻じ伏せて兵士詰所へと持って行った。



 ゼフィーア王国王都軍、第二師団第六大隊グレイズ小隊第五班の班長アレイクは、自覚はないが他の誰もが認める仕事人間ワーカホリックであった。



2014.10.10 一部修正

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