逃げ場の消滅
――作者より一言――
権力というのは、欲しがる人間のところには来ないが、欲しくない人間のところにはしつこく来る、という法則が歴史には存在するようだ。本章はその法則の、最も純粋な実演である。
なお後世の歴史家がこの章を「秀忠の謙虚さと人徳の章」と称したことを、ここに記しておく。歴史家というのは、本当にそういう生き物である。
そして本章の出来事を最も熱心に「解釈」しようとした男が一人いる。その男の解釈は、毎回正しい方向に向かいながら、毎回微妙にずれていた。それでも彼は記録し続けた。
EP1 逃げ場の消滅
慶長八年、春。
関ヶ原から二年半が経っていた。
秀忠はその間、とくに目立ったことをしていなかった。目立たないようにしていたとも言えるし、ただそういう性分だったとも言える。猫と団子と昼寝を愛する日々が続いた。政務は「必要な時に呼んでください」と伝えてあったが、呼ばれた記憶はあまりない。
江戸の春は穏やかで、縁側から見る庭に桜が満開だった。
秀忠は布団を縁側まで引きずり出し、そこで団子を食べていた。
「いい天気ですね」
隣に正座している竹松が、律儀に返した。
「はい、まことに」
「こういう日に呼び出されるの、嫌じゃないですか」
竹松は一拍おいた。
「……なぜでございますか」
「だって天気がいいのに部屋に入らないといけないから」
「呼び出されているわけでは……」
「でもいずれ呼ばれる気がする」
竹松はそれ以上何も言えなかった。言えることが特になかった。
桜の花びらが一枚、ゆっくりと縁側に落ちた。
呼ばれたのは、それから四半刻後のことだった。
「家康様がお呼びでございます」
土井利勝が廊下に立っていた。秀忠は団子をもう一本取りながら言った。
「やっぱり」
「はい?」
「いや、なんとなく来ると思ってた」
「それは……先ほど竹松から……」
「違いますよ。なんか嫌な感じがするんです。お父さんに呼ばれる時、大体こういう感じがする」
土井は「はあ」と言った。表情は変えなかった。変えたくなかったわけではないが、変えることができなかった。
「なんの話ですか」
「……存じません」
嘘ではなかった。土井も詳しくは聞いていない。ただ、家康の顔を朝に見た時の、あの眼差しが気になっていた。何かを決意した人間の目だった。長年仕えてきた土井には、それがわかった。
秀忠は団子を食べ終えた。
「……行かないといけないですか」
「はい」
「行けばいいんでしょ」
「はい」
秀忠は布団から立ち上がり、着物の裾を直した。
桜の花びらがまた一枚、縁側に落ちた。
家康は、廊下に面した座敷で待っていた。
一人だった。正信も土井も呼んでいない。珍しいことだった。それ自体が、すでに何かを意味していた。
秀忠が入って座ると、家康はすぐに言った。
「秀忠。お前を次の将軍にする」
一言だった。
前置きも、枕もなかった。
秀忠は三秒、固まった。
そして言った。
「え゛ーーー!? やだやだやだ!! なんで僕が!?」
家康は表情を変えなかった。
長い生涯で様々な言葉を聞いてきたが、次期将軍の候補者から「え゛ーーー」と言われたのは初めてだった。しかし準備はできていた。この程度のことは想定の内だった。
「長男の信康はどうした!」
「死んだ」
一瞬の沈黙があった。
秀忠は気を取り直した。
「じゃあ次男は?」
「お前が次男だ」
また沈黙があった。今度は少し長かった。
「……秀康は?」
「あれは結城家にやった」
「……やったって」
「やった」
「人をやるとか言うんですか」
「言う。次は?」
「え、次って何ですか」
「お前の次の逃げ場の話をしておる。さっさと出せ」
秀忠の顔が引きつった。
「……なんかもう一人いなかったですか」
「忠吉か。あれも死んだ」
「……」
「以上だ」
「……以上って、何が」
「お前の兄弟が。他にはおらん」
秀忠は天井を仰いだ。
庭から鳥の声が聞こえた。桜が風に揺れていた。穏やかな春の日だった。この世のすべてが「いい天気だな」と言っているようで、なぜかそれが余計に腹立たしかった。
完全な詰み、という四文字が、額の裏にくっきりと浮かんでいた。
家康は表情一つ変えなかった。
この問答を、家康は三日前から準備していた。逃げ場を全部塞いでから呼ぶ。それが秀忠に何かを伝える唯一の方法だと、長年の経験で学んでいたからだ。家臣に先手を取られる前に、先手を打つ。それは戦場でも、息子の説得でも同じだった。
「……考えます」
秀忠はそれだけ言って、立ち上がった。
「考えるまでもない。決まったことだ」
「まだ決まっていないです」
「お前の中では決まっていなくとも、儂の中では決まっておる」
「……」
「以上だ」
秀忠は廊下に出た。足音が遠ざかっていった。
家康は庭を見た。桜が静かに散っていた。
秀忠は自室に戻り、布団を被った。
竹松が恐る恐る声をかけた。
「……殿、何か御用がありましたら」
返事はなかった。
布団の中から、くぐもった声だけが出てきた。
「やだ」
「はあ」
「やだやだやだ」
「……はあ」
「誰かもっと向いてる人がいるはずなんですよ。絶対に」
竹松はどう答えてよいかわからず、廊下に正座して待った。しばらくして「団子ありますか」という声が聞こえたので、取りに行った。それ以外に、できることが見当たらなかった。
秀忠は三日間、布団を被った。
外に出なかった。正式な場には顔を出さなかった。政務の確認も省いた。食事は「いつもより多めに」と注文し、団子の追加も忘れなかった。
布団の中で何をしていたかといえば、ぐうたらしていた。
以上である。
しかし、江戸の町に広まった噂はそうではなかった。
「徳川の若殿が、将軍の座を前にして三日間籠もられておるそうな」
「権力の重みを、一人で受け止めておられるのかもしれぬ」
「あのお方は権力すら欲しがらぬ……なんと恐ろしい御仁か」
どこから広まったのか、誰も知らなかった。ただ噂というのは、真実よりも聞こえのよい方向へ流れるものである。三日間布団に包まって団子を食べている青年の姿が、人々の口の中で「深い熟慮と覚悟」に変わっていった。
そういうものである。
家康は正信をこっそり呼んだ。
「正信。なぜそういう噂になるんだ」
「さあ……人は見たいものを見るのでございましょう」
「儂には、ただ部屋に籠もって団子を食っているようにしか見えんが」
「それが将軍の風格に見える者もいる、ということでございます」
「……この国は大丈夫か」
「天下泰平でございます」
家康は返事をしなかった。
窓の外に桜が見えた。散り始めていた。三日で散りかけている。
「……あれで本当に大丈夫なのか」
正信は少し間を置いた。間の置き方が、いつもより慎重だった。
「一つだけ、申し上げてもよろしいでしょうか」
「言え」
「関ヶ原の件を、今でも覚えておりますか」
「覚えておる。遅刻した」
「はい。遅刻しました。しかし真田を三日足止めした。本人は『足止めされた』と言っております。動機も意図も、今もって不明でございます」
「だから何だ」
「秀忠様は、狙ったわけではないが、毎回、結果だけは合っている」
家康はしばらく黙った。
「……それが何になるんだ」
「わかりかねます」
正信は静かに頭を下げた。
「ただ、今のところそういう御方である、ということだけが、確かなことでございます」
三日目の夜、お江が部屋に入った。
布団の端を捲って、中を覗いた。
「まだいるの」
「いますよ」
「おなかは」
「団子食べてます」
「ちゃんとした飯も食べなさい」
「さっき食べました」
「そう」
お江は少し考えて、布団の端に腰を下ろした。
秀忠は布団の中から言った。
「嫌なんですよ」
「知ってる」
「なんで僕なんですか」
「知らない。でも決まったことでしょ」
「決まってないです。まだ」
「あなたのお父さんが決まったって言ったら、決まったのよ」
「……それはそうかもしれないけど」
「でしょ」
しばらく沈黙があった。
お江はそこに座っていた。布団を取り上げるでも、立ち上がるでもなく、ただ座っていた。縁側の外で虫が鳴いていた。
「……嫌だって言ったら、本当に嫌なままになりますか」
「ならない」
「なんでわかるんですか」
「あなたのことは大体わかるから」
「何年一緒にいると思ってるんですか」
「嫌と言い続けても、最終的には動く人でしょ」
秀忠は返事をしなかった。
お江は続けた。
「嫌だと思うのは本当のことだから、嫌と言い続けていい。でも、その先が来た時に動ける人だということも、私は知ってる」
「……それ、励ましのつもりですか」
「そんなつもりはない。ただの話」
「……そうですか」
布団の中がしばらく黙った。
「……まだ嫌なので、今夜は寝ます」
「どうぞ」
お江は立ち上がり、布団をそっと直した。夫の顔は見えなかった。見なくてもよかった。
部屋を出る時、廊下で待っていた侍女のひさが小声で聞いた。
「奥方様、殿は……」
「大丈夫よ」
「どのようにご覧になって」
お江は少し間を置いた。
「あの人がそういう人だから、ということに気づいたの。いつの頃からか」
ひさは「……なるほど」と言ったが、何もわかっていなかった。わかろうとしたが、わからなかった。お江が答えないことが答えだと解釈し続けるのが、ひさの生き方だった。
その夜、本多正信は廊下を歩きながら手帳に書いた。
「第三章、開幕。秀忠様、将軍就任を拒否中。三日目。本人の言葉:『やだ』(連発)『向いてる人がいるはずなんですよ』。周囲の解釈:『深い熟慮』『権力を欲しがらぬ御人格』。解釈の乖離、これまでで最大。しかし毎回、そうである。動機不明、結果合致。この法則が今後も続くかどうかは、わかりかねる。ただ、記録しておく価値はある」
筆を止めて、正信は少し考えた。
「……向いてる人がいるはずなんですよ」
呟いて、また書いた。
「補記:秀忠様が『向いてる人』を探している間に、江戸は静かに動いている。これが何を意味するかは、わかりかねる。ただ、天下泰平、である」
◇後世の歴史家注◇
秀忠が将軍就任を三日間熟慮したことについて、「権力の重みを深く受け止めた証」とする説と、「後継者として万全の覚悟を固めるための沈思黙考」とする説がある。「団子の食べすぎで胃が重かっただけ」とする第三の説は、一次資料の発見により一時浮上したが、「資料の解釈に問題がある」として現在は否定されている。また、この時期の家康・秀忠の問答について詳細な記録は残っていない。「逃げ場の消滅」という表現が当時の記録に存在しないことは確かだが、複数の日記に「秀忠様、諦めておられた様子」という記述がある。これをどう解釈するかは、読者諸氏に委ねたい。




