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灰色の煙の中で  作者: 鈴埜


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30/30

30.岩灰の水面4

「四神相応って言葉を知ってるかな? まあ諸説あるけど、東の青龍、西の白虎、南の朱雀に北の玄武。四つの神を象徴するものがある地相のことだよ。平城京、平安京は中国の都を模して作られたけど、四神相応の都でもあった。そうなるように作ったんだ。まあ、何をもって四神とするかはここでは置いておいて、朝廷が作った、つまり、幕府にとって目の上の瘤である朝廷、天皇が作り上げた結界が京都にはある。結界は作るのも大変だし、壊して置き換えるのもまた大変だからね。それよりも自ら開拓した江戸に新たな結界を作った方が楽だろう?」

「目の上の瘤って、家康って日本で一番偉い人だったんじゃないんですか? その時代」

「そうだね。実質、一番偉い人だったんだと思うよ。政治的な部分には戦国時代からはほとんど関わってないからね。ただ、日本はあくまで天皇が、神がいた」

「天皇陛下って神様だったんですか!?」

「牧人! お前ちょっと黙ってろ。話が進まん」

 黒崎が笑う。

「まあ、せっかくだからちょっと歴史を見てみるのもいいんじゃないかな? 学校で詰め込まれて学ぶよりも、こうやって実生活に関わった状態で学ぶ方が面白いし身につくのも早いから。今ならネットで少し検索すれば面白い話もたくさん転がってる。とにかく、まあ、今の陛下は神ではないね。ただ、神の子孫が天皇になったという神話がある。初代の天皇にね。あくまでお話の世界。神だなんて今の世の中じゃ笑われるかもしれない。……だけど、確かに、天皇の血筋には力がある。事実だよ。絶対公表されない、事実だ」

 彼が淡々と語ると、ずいぶん大それた話だが、そうなのかと素直に受け入れてしまう。

「京都が四神相応の都なら、なんでずっと都が京都じゃなかったんですか?」

「時代の流れ、かな。どんなに優秀な結界でも、大きな時代の本流にはかなわなかった。と、いうことにしておこう。結界の方にもいろいろあったらしいが、それを話して良いかの判断はつけられない」

 つまり何か知っているということか。

 じっと見つめてみるがサングラスの奥の瞳は揺るがない。

「で、江戸だろ。江戸の結界」

 機嫌が悪いながらも黒崎の話が気になるらしい白川が先を促す。

「うん。家康は江戸に結界を張った。西の天皇の気を遮り、江戸が長らく繁栄するように、ってね。事実三百年近くの長い間徳川の支配は続いた。さて、明治時代だ。平安の世と同じ。いくら優秀な結界だといっても、時代の流れに抗うのは難しい。大政奉還から王政復古の大号令となる。そのとき、なぜ江戸に都を置いたと思う?」

「政治の中心が江戸にあったからですか?」

「白川は?」

「それ以前だろ。正式な遷都は当時されてない。あくまで東のみやこだろ」

「よく知ってるなぁ」

「常識だよ、じょーしき」

 そう言って深沢の頭を叩く。お前知らなかったろうというアピールだが、ご機嫌が治ってきたようなので甘んじて受けることにする。己のアホさを露呈するよりも先輩のご機嫌の方が優先だ。

「白川の言う通り、確かにその時点で東京は正式な都ではなかった。だけど、明治天皇を東京まで連れてきている。明治政府は、もう幕府の世ではない、天皇を中心とした新しい政治体制が作られると知らしめたかったのは確かだが、それでも、あくまで仮の都とするなら天皇まで移す必要はなかったはずだ。それに、最初は大阪にという話もあったんだよ。京都じゃ公家が口を出す。少し離れた大阪ならほどよい距離でいいだろうに。だって、江戸は幕府のお膝元。やりやすかったとは言い難い」

「江戸に天皇陛下を連れてこなければいけない理由があったってことですね」

「そう。新政府が作られるに当たって、様々な人や物が動いた。それを知る者たちにとっては、何よりも、江戸の結界を破壊することが急務だった」

「破壊!?」

「江戸の結界はあくまで江戸幕府の反映ってことっか」

 白川の言葉に、黒崎がうなずく。

「新政府は江戸の結界を破壊し、それ以上に強固な結界を作り上げる必要があったんだ。物理的な破壊はもちろん、神の気を江戸の中心部に取り入れ、内側からも崩壊させた。ただ、完全な誤算があった」

「誤算、ですか?」

「いや、予想はしていたんだけど、その予想以上の状態に新たな手を打たねばならなかったといったところかな。江戸は、家康がやってきた当時、低湿地帯だった。低湿地帯という場所にどんなイメージがある?」

「じめじめしてる感じ、ですかね」

「その通りだね。もちろん草木が生い茂る生命力溢れる場所といった見方も出来るけど、江戸は沼や河川が入り組んで、気が滞りやすかった。四神相応の地に、家康は作り上げた。だが、自然に出来上がったものではない。いわば、人工的に作り上げた四神相応だ。結界は外敵から守るために作られるが、それは外へもなかなか自然の流れで排出はされないということでね。どこかに歪みができる。歪み、よどみ、そういったものが都に集まってくる。人が増えればそれだけよどむ。新政府は、そのよどみを抑えるものが必要だと考えた。人口はこれからさらに増えて行くだろうと軽く予測できたから。それが、ここだよ」

「よどみを抑えるものが、池、ですか?」

「清浄な澄んだ水は、まがまがしいものを抑えるには最上なんだ。しかもその上には最上の気をもってきている。そこを中心として新しく結界を敷いた」

「……だからここの他に五カ所、か」

「本当によく知ってるな。専門でもないくせに」

「知識はあって損しない」

 二人の会話についていけない深沢は、先輩に助け船を求める。が、求める方を間違えた。

「鈍い!」

 切って捨てられる。助け船はやはり黒崎から差し伸べられた。

「結界というからわからないかな。五芒星は?」

「星形の?」

「そう。最近は安倍晴明で有名になったね。三角が結界を作るというのはその筋では常識なんだけど、その三角形が五芒星にはたくさんあるだろう? 優秀な結界の一つなんだ。つまり、ここに中心を置いた五芒星をこの東京に敷いた」

 五ヶ所と中心に黒崎たちが走る。

「そうやってずっとうちが管理しているんだけど、たまにね、結界が緩むことがあるんだ」

 結界が緩めば周囲が乱れる。そんな状態を長く放置など絶対にできない。そのために特別製の札があるという。

「その緩むってどうやってわかるんですか?」

「京都にね、うちの巫女が住んでいて――」

「巫女!?」

「齢八十の巫女だよ」

 途端に白川は興味を失う。だが、深沢には巫女の存在というのが新鮮だった。

「何か異変があると巫女が察知したりするんですね!」

「そうだね。ここだけじゃなく他にもちょくちょく。気まぐれだからここ以外は本当に気が向いたときにしか教えてくれないけどね」

 気が向いたときにしか危険を教えてくれない巫女は職務怠慢なのではないかと思うが、何か事情があるのだろう。あまり深く突っ込んでも申し訳ないので頷くに留めた。

「一度完全に壊れてしまえば、修復は不可能に近い。日頃から定期的に締めているし、こうやって予定外に緩んだとしても巫女がいち早く教えてくれるからほとんど大事には至らない」

「ほとんど?」

「……五年前に、危うくな事態があってね。まあ、なんとか間に合ったけど、二度とあんなことは御免だなぁ」

「こ、怖いですね」

「もし何かあったらそちらへも応援要請がいくかもしれないから宜しく」

 黒崎がサングラスの奥で笑う。

「えっ!? 何かあるんですか……?」

「ばーか、からかわれてんだよ。時間は?」

 白川が深沢の頭の後ろをはたく。

「そうだな、そろそろいいだろう。札、入れるかい?」

 ぶんぶんと首を横へ振ると、黒崎は笑って鳥居の先へ行き、水面に札を浮かべた。

 深沢と白川は、そんな彼の背を壁に寄りかかったまま見つめていた。

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