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灰色の煙の中で  作者: 鈴埜


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20/30

20.深緋の痕7

 五月二十四日にまず初めの被害者が見つかっている。そして、その前後でこの三週間以上遺体が発見されなかった三番目に見つかった被害者が死んでいる。ニュースや新聞で、警察に遺体が発見されたと知ったら、普通次の遺棄は慎重になる。


 二番目に見つかった被害者は、埋められていなかった。公園の茂みに確かに見えにくいようになってはいたが、放置されていた。犯人に何かハプニングがあったのかもしれない。わざわざ遠くまで捨てに行く余裕がなかったのかも。それか、その前の被害者が発見されていなくて少し気が緩んだという可能性もある。


 今、警察には五番目の被害者の情報がない。松阪はこの少女も何か関与していると気づいているだろうが、それを口にすることはないだろう。よって、捜査方針に加えることもできない。だがこうやって並べてみると、本当に一週間ごとに犯行がなされているように思えた。


 誘拐して一週間後に殺す。それが生活の一部になっている。


 プリントアウトしたその表を、眺めながら、地図と見比べる。

 犯人居住地の範囲が広すぎる。犯行現場と居住地は一緒なのだろうか?

 わからない。もう五人も被害者が出て、そしてこの周期が守られているというならば、昨日か今日、新たな被害者が生まれている。


「ユキ、ユーキッ!」

 強い口調で名前を呼ばれ、同時に目の前に火花が散った。おでこが痛い。


「何、するんですか……」

 この年になってでこピンされるとは思わなかった。課長が右の眉を跳ね上げてこちらを睨んでいる。


「指でトントン机を叩くな。うるさい」

 手にはフィナンシェ。


「何をいらいらしてるんだ。甘いものでも食べて落ち着け」

「別にいらいらなんて……」

 白川の不満そうな顔に課長は眉をひそめた。


「自覚がないのか」

 ふん、と鼻を鳴らすと、二つのホワイトボードを見比べる。


「こんなプロファイリングなんて他のやつらでもできる」

 さらに、プリントアウトした表を取り上げてちらりと眺めて後ろへ捨てる。


「わかってますよ! でもきちんと手順踏んでやらないと提出できなくなるでしょう」

 あまりに普通とかけ離れた手段では受け入れてもらえない。どうしてその結論に至ったのか、過程を説明できなくては、信憑性が薄れる。答えを知っているのに、情報があるのに、それだけでは警察は動かないのだ。でっちあげだろうがなんだろうが、表面上証拠から導き出された答えにしなければならない。だからこそ、白川はわざわざプロファイリングを学んだ。


「それで? 答えは出たのか?」

「でません」

「ならばこんなところでくすぶってないでとっとと行け」

 ケーキを持っていない空いている方の手で追い払うしぐさをする。


「普通のプロファイリングは普通のやつらに任せておけ。お前はお前のできることをすればいい」

「……監察医務院行ってきます」

「電話を入れておいてやろう」

 資料を読んで状況はわかった。午前中に対面したあの遺体から情報を得れば新しい局面を迎えることができるかもしれない。


「送ろう」

「よろしく」

 今日はとことん付き合うと決めたらしい黒崎の運転する車に乗り込む。

 到着するまでぼんやりと外を眺めているつもりだったが、自分の指がまた動いてることに気づいた。


「なあ、俺、いらいらしてる?」

「……いらついているというよりは、焦ってるように見えていた」

「焦ってる?」

「だが仕方ないだろう。ああいった事件だ。早く見つけなければまた犠牲者が増える」


 イラついているというのにはピンとこなかったが、確かに言われてみれば焦っている。黒崎の言葉は、正しい。


 こういった事件は、過去に何度か見ている。だが、そのときこんな風に焦っていることなどあっただろうか? 無残な遺体。遺族のやりきれない叫びも聞いたことがある。しかし、プロファイリングをしているときは常に冷静であるように務めた。客観的に物事を眺める方がいろいろ見える。今回もそうしていたと、思っていた。


 こういったP304案件以外に関わるときは、自分はどちらかというと冷静に対処できるのだと思っていたのだが。

 黙りこんだ白川を見かねて、黒崎は続けた。


「せっかくの休日を台無しにして悪かったと思ってるよ」

「いや、それは別に関係ない。休日はあればラッキー程度にしか考えてないから」


 もちろん身体に休息は必要だが、もともと完全なプライベートなど自分たちにはないと思っている。一般人などにはなれない。所詮管理された手ごまでしかないのだ。


「何か見落としているのかも」

「見落とし?」

「気づいていることに気づかない。案外答えは足元にあるのかもしれない」

 両目をぐっと手のひらで押さえて、上を向く。

 けれど気付かない。わからない。

 取り返しがつかなくなる前に。


「もうすぐ着く」

 遺体を視て何か情報を得たい。

 こんな風に自分の能力を使いたいと思うことは、本当に稀だった。



 

 先ほどと同じ解剖台に、彼女は乗せられていた。


「いらっしゃい」

「お邪魔します」

 当然のことながらすでに松阪は帰っている。佐川が一人取り込み中だったようだ。


「ちょうど終わったところだ。あとは縫合するだけだから、好きなようにすればいい」

 触ってもよいとの許可だ。脇に置いてあった椅子をたぐりよせると、しっかりと座って右手を構えた。何も言わずに、黒崎は白川の後ろに立っている。

 深く息を吸って、吐く。


 ゆっくりと、触れるか触れないかの位置まで手を伸ばした。遺体のひんやりとした肌に触れる。そのたびにぞくりと背筋が寒くなる。一ヶ月前なら、この肌にはぬくもりがあった。それが、今はまったく感じられない。何度やってもこの感覚には慣れない。


 それでも普段とは違い、やらされているのではなく、自ら進んで能力の発動を促す。

 

 初めは、指先に静電気が走ったような痛みを覚えた。


 それが次第に電気の束となり、腕から記憶の渦が這い上がってくる。皮膚の中を何かが駆けのぼる。そして脳に、視神経に、痛みを伴ってそれは突き抜けた。

 

 おぼろげな男の顔。瞳は黒く、顔色暗く。見ているはずなのに視えないのは、視覚保持者の恐怖が邪魔をするからだ。痛みが、恐れが、それを映し出すことを拒否している。

 他には? ピアノ、しかも大きなピアノ。グランドピアノ。室内の広さは、どこまでも広く感じ、ひどく狭くも感じる。これも感覚が入ってしまっていた。だが、ピアノを置けるほどの場所。――窓がない。どこにもない。明かりは天井の蛍光灯。


 ――桜子?


 彼女が、誰かと。

 驚いて手を離す。


「黒崎、お前、触った?」

 白川が触るより先に触れていて、記憶が移るなんてことが、あれば――、


「遺体にか? いや」

 佐川は江藤を知らない。たぶん、きっと。自分は視る側なのでこの場合問題ない。ということは、あの銀座線でこの被害者と江藤が会っていたということか?


「違う。光量が同じだった。色味も」


 あの部屋だ。続きを見ていた。

 焦り。

 江藤は同じ制服の少女と話をしていた。こちらを見てはいなかった。他の少女の端が切れていて……そう、切れていた。不自然に、誰かの影になるのでもなく、右側の江藤と話している少女は端が切れていた。


「――写真だ」


 焦りの正体を知る。

 答えは、目の前に用意されていた。


「黒崎! 桜子ちゃんに連絡を!」

 鬼気迫る表情の白川に、黒崎はすぐに反応した。だが、繋がらない。


「もう補習授業は終わってるはずだが、気づかないのか――」


「顔だよ。それと接触地点。被害者はみんなかなり長い黒髪で身長百六十以下、あの五人の写真、みんな同じような感じがしないか? 小顔で、目が大きめで可愛らしい。でもどれもしっかりとした眉で気の強そうな笑み。それが犯人の好みなんだ。そして接触地点の銀座線。違う、それ以前に、幽霊だ。あの幽霊がどうしてあの場所に出るか。彼女があそこまで気になる理由」


 あの幽霊は、警告していたのだ。


「普段から危害を加えないものに対してはなるべく近づかないようにするんだろ? 今までそうやってきたのに、なぜ今回はこんなにも気になったのか。違うんだ。あの幽霊は桜子ちゃんのために出ていたんだ。彼女に、気をつけろといっていたんだよ!」

 次はお前だと。


「黒崎はコールし続けろ」

 自分は課長へ連絡を取る。


『どうした?』

「江藤桜子がこの犯人にさらわれたかもしれません。俺たちは今から学校の方へ向かいます」


『根拠は?』

「被害者が、監禁場所で彼女の写真を見ていた可能性があります」


『物色されてたのか。携帯は?』

「コールはするようですが繋がりません」


『番号を寄越せ。すぐに折り返し連絡を入れる。牧人もそちらへ向かわせる。何か他に情報は?』

「ピアノが、グランドピアノだと思います。あと、窓がない部屋でした」


『地下かもしれんな。そんなピアノがあるなら防音設備も整っているんだろうし、中で何しようが外へ声は漏れない。ここにある地図の円が犯人の居住地区だな? 江藤の学校付近から視ていこう』

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