Case28. 叙述廻戦
「やれやれ。呪われた場所だって言うからてっきり幽霊でもいるのかと思ったら、正体はススキの穂だったんだよね」
ある日のこと。真実が事務所で『ドカベン』の続きを読んでいると、売れない探偵・上尾藍が仕事から帰ってきた。今宵はどうやら、曰く付き物件の調査依頼だったらしい。真実は漫画本から目を離すことなく、生返事で次のページをめくった。グワァラゴワガキィーン!
「いやぁ、先入観って怖いなぁ」
「お前が勝手に勘違いしただけだろうがよ」
草臥れた様子で椅子に腰掛けた藍を、真実が適当にあしらった。無名萌真実は、上尾探偵事務所でアルバイトをしている女子大生である。仕事が無い時はこうして事務所のソファに寝っ転がって、漫画を読んでいる。最近じゃたまに仕事がある時も、やっぱり漫画を読んでいたりする。どうも最近の漫画はどれもこれも長期連載が過ぎて、読んでも読んでも終わりが見えないのだから仕方ない。
「ま、僕は最初からそうじゃないかってずっと思ってたんだ。幽霊だとか呪いだとか、あまりに非科学的だからね」
藍が大げさに肩をすくめてみせた。
「せっかく用意したお清めの塩も解呪のお札も厄除けのお守りも、すっかり無駄になっちゃったよ、はっはっは!」
「何お前、まさか幽霊が怖いの?」
「別に怖くなんて無いさ」
何だかニヤニヤしている真実に、藍がムキになって反論してきた。
「こう見えて学生の頃はオカルト研究会に所属していたしね。そっち系の高専に通っていたし、何を隠そう、裏社会ではそれなりに名の知れた呪術師なんだよ、僕ぁ」
「それってもしかして、『呪術廻戦』のパク……」
「パクリじゃない! オマージュだ!」
『さすがです、先生♪』
すると、床から3DホログラムのAI少女がキノコみたいに生えてきて、藍を盲目的に褒め称えた。この少女の名は、和音。美少女へと化生したAIアシスタントである。どんな相談だろうが必ず藍を全肯定してくれるという、無自覚な悪意みたいな存在で、見た目からして初音ミクのオマージュである。
『膨大な情報が溢れかえるこの現代社会で、完全なオリジナルなど存在しない……我々は巨人の肩に乗った小市民、はたまた先人たちの轍を踏む凡夫に過ぎない……と、そういうことですね♪』
「ありがとう、和音君。僕も今そう言おうと思ってた」
「嘘つけ」
「僕も叙述トリックがやりたい」
藍がいつもの如く、唐突に思いつきで話し始めた。
「女だと思ったら実は男でしたー、みたいな……みんなが驚く奇想天外な叙述トリックを鮮やかに披露して、一躍有名になりたい」
「無茶言うな」
「和音君。何か僕にも解けそうな叙述トリック事件を生せ……検索してみてよ」
「今『生成』って言ったか?」
『かしこまりました、先生♪』
和音が笑顔でそう言った途端、事務所の黒電話が鳴り出した。事件の依頼だ。漫画本から顔を上げ、真実がジロリとAI少女を睨んだ。
「……やっぱりテメーが事件を捏造ってるんじゃねーだろうな?」
『何のことですか?』
きょとんと首をかしげる和音をよそに、藍が探偵コートを羽織り、意気揚々と現場に出かけて行った。
「行こう! これは特級叙物の予感がするね!」
「特級呪物みたいに言ってんじゃねぇ」
真実はため息を吐いた。漫画の続きも気になったが、一応バイト代はもらっているので、真実は仕方なく彼の後を追った。
◻︎
事件は都内のグラウンドで起きていた。
草野球の交流試合中、被害者は最終打席でホームランを打ったのだが、ダイヤモンドを一周している間に突然苦しみ出し、その場で死亡した。
「……そして被害者の背中には、血文字で『オマージュ禁止』と書かれていた」
「ダメじゃないか!」
「ダメなのはお前だよ」
『だけど、これがどうして殺人事件なんでしょうか?』
藍のスマホの中から、和音が至極真っ当な疑問を口にした。野球選手が試合中にグラウンドで死亡。側から見たら、病気か怪我の悪化で亡くなったとしか思えないのだが。
「これは『呪い』じゃよ……」
「え?」
すると、藍の背後から80歳くらいの皺くちゃの老婆が現れ、ひひひ、と気味の悪い笑みを浮かべて言った。
「『呪い』?」
「ひひ。『黄金バットの呪い』じゃ。彼奴が手にしていたのは、一本ホームランを打つたびに寿命を吸い取る、呪いの叩き棒だったんじゃ。彼奴はそのせいで死んだんじゃよ。いや、殺されたのじゃ。ひひ、ひひひ……!」
「どんな呪いやねん」
「お婆さんは?」
「わぁしか? わぁしは4番・キャッチャー山田じゃ」
「4番・キャッチャー山田!」
何処からか聞いたことのあるようなBGMが流れ出し、藍たちは驚いて飛び上がった。
「てっきり部外者かと」
「選手だったのかよ。大丈夫か? バアさんの方が死ぬんじゃね?」
「人を見かけで判断しないことじゃ。こう見えてもわぁしゃ、今でも弁当を人の2倍3倍は食うわい!」
「傑物だ」
『すっかり騙されましたね』
「どんな叙述トリックやねん」
「よし。真相が分かったところで、関係者たちを集めよう」
「何も分かってねぇよ。何も」
真実の制止を振り切り、藍が関係者たちをグラウンドに呼び寄せた。これから『呪いのバット』一本勝負で、推理を披露しようと言うのである。
「皆さん……皆さんは『呪い』って信じますか?」
集まった関係者たちを見渡し、探偵が静かに語り始めた。
「被害者が手にしていたバット。実はこれに強力な呪いがかけられていて……」
「まさか呪いで殺されたなんて言い出すんじゃないだろうね?」
二塁手が呆れて肩をすくめた。
「馬鹿馬鹿しい、そんなものどう信じろと言うのだ」
「そもそも黄金でも何でもないじゃない」
「それがトリック……叙述トリックだったんです」
「え?」
藍がメガネを光らせた。探偵はメガネを光らせるものだからである。
「叙述トリックって言うのはね、書いてあることを疑うんじゃない。書いてないことを信じ込ませる技術なんですよ。これはAIからの引用ですが」
「はぁ」
「『黄金』と書かれると、皆『黄金』をイメージする」
「当たり前だろ」
「だけどこのバットは本物の黄金じゃない……金メッキです。そのメッキに、毒が塗り込められていたのです。フルスイングで巻き上げられた空気が、毒を被害者の口に運び……」
「いくらなんでもメチャクチャ過ぎる」
真実が頭を抱えた。案の定、グラウンドはツッコミの嵐となった。
「だったらバットの近くにいたキャッチャーも審判も、死んでないとおかしいじゃない」
「ええ。それも叙述トリックだったんですよ」
「何?」
「実はキャッチャーも審判も、死んでるんです」
「何だって!?」
突如死を宣告されたキャッチャーと審判が、驚いて目を丸くした。
「良く読み返してみてください。被害者は一人だとは何処にも書いてない」
「そりゃそうだけど……」
「死んでないし」
「バットに近づいた6人は死亡しています。グラウンドは元々死体の山だった、存在しない記憶だったのです」
「勝手なこと言うなよ」
「存在しないオマージュて」
「後から『実はこうでした』なんて、そんなの卑怯すぎる。情報はフェアに開示してくれないと」
非難轟轟の中、探偵が関係者たちを見渡して不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ。皆さん……何故僕が、さっきからペラペラとトリックを喋ったか分かりますか?」
「何?」
「推理中にあえてトリックを開示することで、探偵としての力……探偵力が強化される」
「トリックは開示しろよ」
「探偵力って何やねん」
「犯人は田中さん……あなただ!」
探偵力が強化された藍が、容疑者の一人を指差して宣言した。指名打者の田中が、冷や汗を拭った。
「バカな……何を根拠に……」
「『どんな事件も犯人は田中に収束する』……それが僕の念能力だ」
「オマージュ元を間違えるんじゃない!」
「間違えた……『卍解』」
「この野郎。手当たり次第オマージュしやがってテメーは」
「犯人はた〜なか」
「”や〜まだ"みたいに言うな」
AIが情報を精査した結果、犯人は田中だった。もちろん藍の言うようなトンチキ推理が真相ではなかったのだが。被害者は元々毒を盛られていたのだった。ホームランを打つなど、興奮してアドレナリンが出た際、遅効性の毒が急激に全身に回ったのだった。夕陽が沈む。パトカーで犯人が運ばれる中、土手に並び、藍と真実がその様子を見守った。
『……何やってるんですか? 先生?』
「分からない? ムンクの『叫び』のオマージュだよ」
「そんな黙って顔芸されても……小説なんだから文章で説明してもらわないと」
「やっぱり『呪い』って本当にあるんだねぇ」
「ケッ。馬鹿馬鹿しい、言ったもん勝ちじゃねーかよあんなもん」
『うふふ。確かに荒唐無稽で非論理的かも知れませんが、でも一考の余地はあると思いますよ』
「そう言えば領域展開してなかったな」
「もう良いから!」
やがて藍がフラフラと夕陽に向かって走り出し、この物語は終わった。




