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土下座男は偉そうにふんぞり返って、尚も続ける。
「なかなか見つからないから、やはり無理だったと怖気付いて逃げたのかと思ったが……」
そう言って麻里の周囲に視線を巡らせ、バカにしたようにニヤリと口の端を吊り上げた。
「ここにいるのがお前一人ということは、やはりアイツを変えることは出来なかったんだろう? まあ、当然と言えば当然だな。そう簡単に変わることが出来るのなら、とっくに変わっていただろうからな。そうやってずっと嫌なことから逃げ隠れて生きるのが、アイツにはお似合いだろうさ」
言い方こそ腹立たしいことこの上ないが、この男の言っていることは前回と同様、間違ってはいない。
少しだけ、この男に対する見る目が変わる。
セレンティーヌのことを本当に嫌っているならば、ここまで彼女のことを理解しているはずがない。
多分この男は気付いていないだろうが、セレンティーヌの事を憎からず思っているのだろう。
この賭けに勝ったら私を嫁にすると言った言葉も勢いで言ってしまっただけのような気がする。
なんたって、セレンティーヌを見かける度にわざわざ絡んでくるらしいし、それだけ執着していると言えるのでは?
ただ、言い方というものはあるし、やり方が激しく間違っている。
今までセレンティーヌを傷付けてきた分くらいは、キッチリ躾けてさしあげようじゃないの。
この男と違って悪意の塊でしかない取り巻きたちも一緒に、ね。
心の中で不敵に嗤う。
近くにいた使用人を呼んで空いた皿を渡すとスッと立ち上がった。
「まあ、それに関しては私も否定しないわ」
麻里が肯定の言葉を口にした事に土下座男達が怪訝な顔をするが、気にせず続ける。
「ただし、これまでのセレンなら、よ。私はいつまでも彼女に目を閉じて耳を塞いで嫌なものには蓋をする、なんて事をさせる気はないの。……本当に気付いてないみたいだけど、セレンならずっと私の隣にいるわよ?」
「「「えっ?」」」
麻里の隣にちょこんと腰掛けるセレンティーヌを、彼らが驚いたように目を見開いて凝視する。
この三カ月の間、セレンティーヌは麻里の指示のもと努力し、その甲斐あって目標を上回る十八キロの減量に成功したのだ。
余計な脂肪が落ちたことで顔も体もだいぶスッキリとし、そこに麻里の整形級メイクが施されることで、男ウケバッチリな清楚系美少女が出来上がった。
『前は太っていた』『前は可愛くなかった』なんて事は言えても、今の容姿を貶めることは出来ないはずだ。
ここまでの仕上がりになるとは正直麻里も思っていなかったが、結果オーライというやつだろう。
ただちょっと心配なのは、先ほどまでひっきりなしにダンスに誘われていたことでも分かるように、今後は色々な男性がセレンティーヌに近寄ってくるだろうこと。
麻里やサイラスが隣にいる時ならばいいが、もしセレンティーヌが一人でいる時に声を掛けられたなら……?
これからはそういった時の対処法を教える必要があると思ったところで、土下座男がポツリと呟くのが聞こえた。
「……本当に、本人、なのか?」
「ええ、正真正銘セレンティーヌよ。疑うなら公爵様かサイラス様に確認してもらってもいいわ」
「……確かにどことなくサイラス殿に似ているな」
顎に手を当てて考え込む土下座男の後ろで、取り巻きの令嬢達は『なぜ?』『どうやって?』などと悔しそうに顔を歪めている。
これでもう二度と、彼女達はセレンティーヌを傷付ける事は出来ないだろう。
元々あんな風に表立って公爵令嬢の悪口を言うこと自体、ありえないことだったのだ。
大事にしたくないとセレンティーヌが言うから、公爵家から抗議文を送られることがなかっただけで。
今やっと前を向いて歩き出そうとしているセレンティーヌの邪魔をしようとする者がいれば、公爵とサイラスからの報復を覚悟しなければならない。
――でもその前に、これまでの精算はしないとね。
麻里が満面の笑みを浮かべて言った。
「それじゃあ、土下座の用意はよろしくて?」




